@線文字O-003_毒たけのこ
「あなたの胸に、毒たけのこが生えかけています。」
80歳近いであろう、よぼよぼの医者は嗄れ声で私にそう説明した。医者は途中休憩を挟みながら、唾を飛ばしつつ、淡々と説明を続ける。
「あなたの胸の中はもう何もなくなっています。何故無くなったかはわかりません。いや、そんな困った顔をされてもこちらが困ります。無いものは無いのです。何故無くなったかは胸の中が知っているでしょうが、その胸の中が無くなってしまったのですからどうしようもないじゃありませんか。医学の限界です・・・。ともかく、毒たけのこが生えたのはそれのせいでしょうな。あれはわずかなスペースがあればどこにでも生えやがる。そこらの土手、コンクリートの上、海底火山、そしてあなたの胸の中。もう!あなたが悪いんじゃあありませんか。あなたが胸を中を無くすというへまをやらかしたから毒たけのこはここぞとばかりに生えてしまったのですよ。まあ、生えてしまったのは仕方がない、さっそく胸を開いて毒たけのこを取り出しましょう。」
私はその言葉を聞いて、いくらか安堵した。良かった。この毒たけのこは私を脅かすことなくこの老医師によって取り除かれるのだ。
「でも、あなた胸の中が無いんでしょう?」突然、老医師は不快そうな顔で、不快そうな口調で私に言った。「胸の中には何があります?肺、心臓、食道、気道?違う違う!一番大事なものがあるでしょう。それは心です。つまり今のあなたは『心ない人』であるのでしょう?そんな奴の手術をするなんか、まっぴら御免だ!」
そして私は突如として現れた屈強な看護師に病院から引きずり出された。保険証や私の荷物を返してもらっていない。だが、そんなものはもう、どうでもいいだろう。私の胸の中の毒たけのこが取ることができない以上、私が待つのは「死」のみである。ああ、胸の中からメキメキ、メキメキと鈍い音が単調に聞こえてくる。毒たけのこの野郎が成長していっているのだ。多分その原動力は私の血液中に含まれている栄養を使っているのだろう。不愉快だった。ギブアンドテイクが全くない。栄養を持ってかれていくだけで私は何も得やしないではないか。いや、違うな。ギブアンドテイクの関係ではある。私は栄養を毒たけのこに与え、毒たけのこはその見返りに「死」を提供する。まったくありがたくもない見返りだ。むしろ毒たけのこの方も同じことを考えているかもしれない。私は竹なんかになりたくない、たけのこのままでありたいのにコイツは私に要りもしない栄養をどんどん流してくる・・・。ああ、共倒れじゃあないか。
その時、私はあることを思いついた。そうだ、私が栄養を絶てばいいのだ。どの道私を待っているのは「死」だけなのだから、せめて毒たけのこの「成長したくない」という意思だけは尊重しなければならない。①私は今まで通り、栄養を摂取する。すると胸の中の毒たけのこも必然的に栄養を摂取することになり、メキメキと成長する。その結果、成長した毒たけのこによって私に「死」が提供される。②私は一切栄養を摂取しない。その結果、私は死ぬが毒たけのこは成長することなく、ずっと私の胸の中で毒たけのこであり続ける。さあ、どっちが不幸なものが多いだろうかと考えたとき、もちろん前者の方は不幸なものが多い。後者であれば不幸なのは私だけで済むのだ。
それから私は絶食を続けた。予想通り毒たけのこは成長しなかった。メキメキという忌まわしい音も全くならない。私は苦しかった。しかし、これでいいのだ。私の死によって1つの毒たけのこは救われるのだ。
私の命が風前の灯となったころ、あの老医師が私の家に訪ねて来てこう言った。「自らの命を奪おうとするタケノコに対するやさしさ!自己犠牲の精神!すばらしい。あなたを心のない人間などと罵倒したことを申し訳なく思う。あなたはそこらの人間に比べてはるかに心がある人間です!」『はるかに心がある』なんて変な表現だ。1人の人間には1つの心だけがあるのだ。複数ある奴は、それは多重人格者ではないだろうか。「さあ、一刻も早く手術をしましょう!早くしないと毒たけのこがあなたを殺してしまいます。」
必死に抵抗した。毒たけのこが殺されてしまう。なんのために絶食してきたのだ。しかし栄養失調状態の私には老医師の腕を振りほどく力さえも無かった。ベッドの上に寝かされ、麻酔を打たれる。
胸の中から毒たけのこの叫び声が聞こえた。
「死にたくない!」