◆ボルトリックの迷宮 B?F 5日目
そこには凶悪モンスターはいなかった。
海底を思わせる、静寂と柔らかな光の世界。
身体が軽くなったと錯覚する程に穏やかな光景が広がっていた。
「あれ……?」
立ち止まった私に、皆が追いつく。
「フッ……これは……?」
彼らも景色の変化に驚いている様子だ。
今も耳に残る、あの凄まじい悲鳴も消えている。
肺腑の奥から絞り出すような、呻きと喘ぎと叫びが合わさったような、あの悲鳴が……。
かの有名なマンドラゴラを引き抜いた時には、きっとあんな声を上げるに違いない。
チリリ……と項に予感が走り、バッ!と壁に向き直った。
「……」
生物の腸を思わせる色調の、脈動する壁。
そこには、顔があった。
人の顔が。
3つ。
心臓が跳ね上がった。
「ケー…ゴ? ガザ…ミ? モブナル……ド……?」
そう、三人の顔が著名人のデスマスク展示のように壁に浮かんでいる。
生気を感じさせない無表情をしている。
これが彼ら本人だというのか。
心臓を氷の指で掴まれた気がした。掴まれた心臓が止まったかと思った。
震える指を伸ばす。
「触ってはいけません、お姉さん」
ホワイト・ハットが杖を出し、私の手を遮った。
「ハギス・アンドゥイエットです……」
それは、脈動迷宮と呼ばれる。
意思をもつかのように地脈を移動し、手頃なダンジョンを見つけて接合するのだ。
現界と幽界のはざまにあると言われたり、魔界と繋がっていると言われたりもする。
人の悪しき心に反応するが故に、盗掘犯人等がよく迷い込むと聞く……。
私が蟻の巣穴に怯え、音を探知したときに聞いた鼓動音の正体は、これだったのだ。
「この生きた迷宮は、訪れる者を捉え、養分としているのです……御覧なさい」
ゆっくりと脈動していた壁が、蠕動運動を始める。
振動が足元から身体に伝わる。
そして、私から見て一番右の顔、モブナルドが目を剥き、ブルブルと小刻みに震えながら、鼻から鼻息だけでなく漿液性の体液を流し、口を広げて泡を吹き始める。
「うほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
間近で発せられた叫びに、悲鳴を上げて耳を抑えた。
フォーゲンとガモがドン引きして泥の洞窟まで引き返している。
それは、一度見ただけで一生夢に出てきそうな凄惨さだった。
全身を硬直させ、筋肉や腱、表在性の血管全てを浮き上がらせたモブナルドが、地鳴りを伴って壁からせり出してくる。
その肌が謎の液体によって滑るように輝いている。
腰から下が露になると、真っ赤に充血し、所々紫色に内出血をしているペニスを怒張させている事が分かった。
亀男達の所で見た、ケーゴよりもミニなそれではなく。
あの時の何倍にも見える程に、グロテスクに肥大して、ボロンとだらしなく垂れ下がり、精を床に漏らしている。
その精を、床がまるで喉を鳴らして飲むが如くに吸い込むのだ。
命を絞り取られている。それが一目でわかった。
「しっかり……!」
「迂闊に触れれば、お姉さんも取り込まれます」
「~っっ!!」
身体が硬直する。
そして理解した。
モブナルドがなんらかのヘマをして壁に囚われ、果敢に助けようとした二人もまた引き込まれたのだ。
フォーゲンとガモに視線で助けを求めるが、成人男性二人は、揃ってモブナルドの振動に負けないほど細かく速く首を横に振っている。
次いで、ケーゴがカッと目を開いた。
ガクガクと筋痙攣を超えた振動を始めて、白目を剥き、その口はだらしなく開かれ涎を垂らし始める。
とてつもない性的な快感に全身を支配されているのだ。
「ケーゴ!堪えて!!!」
そんな彼を見たくない、それは当然の乙女心だった。
「うわあああああああああああ!!うあぁあああああああああああああっ!!!」
ケーゴもまたせり出し始める。
全裸だ。子供特有の、細くてどこか頼りないけれど、しなやかさと強さがある身体だ。全身を硬直させ、ブルブルと震わせていて、今でも魔法剣をしっかりと握りしめている。
壁が彼をしゃぶり、舐って唾液を付けているのか、粘性の強い液体に塗れた体が滑って光り、その凹凸と素肌の張りをハッキリと視認させてくる。
そして、腰部が露出する。
つい今しがたまで、壁によって嬲られ続けてていたであろうペニスは、痛々しいくらい赤く腫れあがっていた。
ピンとそそり立つケーゴのそれは、モブナルドよりもずっと強い勢いで、私の身体まで届くほど遠くに濃い白濁を飛ばした。
まるで馬の射精だ。
ケーゴが苦しそうに哭く。
「この迷宮のコアを破壊するしか、止める手立てはないように思えます……」
彼が撒き散らした大量の精の上にがっくりと尻餅をつく。
そして、今度はガザミの表情筋が動いた。
「あー!あァ!?う!くっ!あうう!あん……お!おおぅ!う!?おぅう!?あ!あーっ!ひあぁん!!!」
二人よりも甲高く、息を弾ませ、より喘ぎに近い。
その絶頂を迎えたオーガズム顔は、目を吊り上げ、鼻を上向かせ、舌を大きく突き出したものだった。
喉の奥まで痙攣し、まるでペニスを咥えこんでるみたいに唇を動かして、喉を鳴らして涎を飲み込んでいる。
誰かのそれを夢中でしゃぶっている、そんな幻想の中にいるのだ。
凛とした面影は何処にもない。
二人してローパーに捕まったときも似たようなものを見た気がするが、あの時より数段トンでる。
フォーゲンとガモがやや前進して来ている。
ガザミの身体がせり出し始める。
腰部の外骨格を開き、よりヒトとしての部分を露出させている。
外骨格に守られたおかげか腕が痙攣せずに動いているが、その腕は抵抗の為ではなく、自らの陰部を、じゅぶじゅぶと激しく掻き乱す為に動かされていた。
フォーゲンとガモはすぐ隣まで前進して来ている。
「あっち向け!バカ!」
諸共に怒鳴り、殴り、フォーゲンのコートを剥ぎ取って広げ、目隠しにする。
コートの向こう、喘ぎともにガザミが愛液を潮と吹き上げ、まき散らしているのがわかる。
3人の絶叫を聞く。
私も頭がおかしくなりそうだ。
私が寝ている間に、全ての責任を負って先行した二人が、こんな目にあっている。
「コアはどこに……?」
「最深層です……この様な危険な壁が存在するのは深層の証ですが……コアが何処にあるのかまでは明言できません」
「この状態のまま、先に進めって……?」
「そうする他ありません……早ければ半日。遅くとも一日以内にはたどり着くでしょう」
「フッ……ならば向かおうではないか。そのコアとやらを斬りにな……」
「……私はここに残る」
このままにしてはおけない。
「お姉さん。ここに残っても出来ることはありません……コアの破壊はパーティーが総力を挙げても不可能かもしれない。ここに人を残す余裕はないのです……」
ホワイト・ハットの言うことのほうが正しい。
今成すべきはコアなるものの破壊。
ここを離れられないのは、私の感傷だ。
いるだけで何かケーゴ達の支えになれるかもしれないという自己満足だ。
再び蠕動が始まり、モブナルドが笑いながら壁に飲み込まれていく。
そして、ケーゴもまた引き込まれ始めた。
彼は腰まで飲み込まれ、ペニスへ再び刺激を受け始めたのか、大きく身を仰け反らせる。
ケーゴの悲鳴が一段と大きくなった。
壁に怒りが湧き、プッツンきて叫んだ。
「やってみなさい……」
もうコレ以上辛い思いはさせられない。
引き込まれるケーゴの両脇に腕を差し込んで抱きしめ、力の限り引っ張った。
「やってみろ!私にも!同じように!」
壁から細い大量の触手が飛び出してくる。
それは繭のように私を包みだす。
「くぅ!」
金属鎧未着用の胸部。触手は衣類の中にいともたやすく潜り込んでくる。
ケーゴを引いてるのか、縋りついてるだけなのか、一瞬にして立ち位置を見失う。
踏ん張りがきかない。
少しも引き戻せない。
ケーゴはもう胸まで飲み込まれている。
股下から潜り込んできた触手が下着を降ろして、淫裂を弄り、陰核に殺到し、膣を押し広げた。
「あぉ!?ひあ!あ!あっ……はぁぁ!あひ!ひい!あぅうんんっ!!!」
股を閉じて身を守る事も出来ず、寧ろ足を広げてしまう。お尻を振ってしまう。
ケーゴの精溜まりの上に、私も愛液を雨と漏らす。
膝が抜ける。腰が砕ける。
その頭を抱え込む。
ケーゴを守るための腕を解いて、自慰を始めてしまいたくなる。
お尻をおもいっきり掴んで左右に広げて、すぐ後ろのフォーゲンやガモに挿入をお強請りしたくなる。
「はぁう!はうう~~っ!!!」
外骨格で守られたガザミをあそこまで壊してしまう快感に、私が抗えるはずもないのだ。
そんな事は百も承知だ。
しかし、絶望も諦めもしなかった。
決意と怒りがあった。
私はこの触手を、この壁を、この迷宮を……そのフザケた存在を少しも許す気はなかった。
なんとしても助けたい少年の頭をぎゅっと抱きしめる。
「離せ──っっ!!!」
感情が爆発する。
そして、眼前に謎の光が現れる。
壁の一箇所が光っている!?
ちがう。
これは飲み込まれていったケーゴの腕が握っていた魔法剣からの光だ。
ケーゴに触れた私の感情が、使い手の体を通して魔法剣に流れ込んだのか。
私までもを飲み込ませまいと、ケーゴが力を振り絞ったのか。
魔法剣が持ち主を守ろうと隠された力を発揮したのか。
本当の所はわからない。
壁の侵食を許さなかった魔法剣が強く輝く。
迷宮の魔壁はその光を嫌うように委縮して……自由になったケーゴが私の胸に倒れこみ、そしてガザミが、モブナルドが、ばしゃんと体液の海に崩れ落ちた。
◆ボルトリックの迷宮 B?F キャンプ 6日目。
幸い、ホワイト・ハットの状態異常解除の魔法により、ケーゴ達は無事に意識を取り戻した。
だが、衰弱著しいモブナルドは要介護老人と言っても過言ではないレベルにあり。
ガザミとケーゴはテントに引き籠ってしまった。
勿論疲労もあるだろう。
筋や神経に負ったダメージもあるだろう。
しかし、精神的なダメージが最も大きかったに違いない。
丸一日経っても、二人は姿をせようとしなかった。
ガザミには取り合えず肉と酒を……と物資を漁って、大変なことに気付いた。
食料が尽きかけている。
このダンジョン攻略の物資は、その都度輸送犬が運んできていた。
それを頼みに、非常食や保存食を殆持ち込んでいなかった。
迂闊だった。
私は、迷宮脱出の話をするために、ホワイト・ハットを傍らに呼んだ。
ぴょんぴょんとやってきた少年に耳打ちをする。
「例えばの話なんだけど。また……母乳を飲めたりしたら、帰還の魔法とかで帰れたりするのかな?」
「……空間が歪んでいます。最深部のコアを破壊するか、停止させないと、帰還の魔力は正常に働かないでしょう。ボクもハギスについては伝承知識しかないのです。ですが、コア停止後、帰るには帰還の魔法が必要になるでしょう……」
甘い予想だった。
イザとなれば、恥ずかしいだのなんだの子供の教育に悪いだのと言わず、また母乳を与えて脱出をと思っていた。
腕を組み考え込む……。
「つまりどの道、母乳の補充は必須になります……」
安全策はない。
じりじり引き延ばせば疲弊するだけだ。
ドカンと食事をとって、しっかり休んで、明日、一発勝負をバシッと決める他ない。
「お姉さん聞いてますか。母乳必須ですよ……?」
変に余力を残したり、撤退を盛り込んだプランにすれば、最初のアタックをピークにして、攻略力は落ちていく。
全ての力を初回につぎ込むのだ。
個人的には大の苦手な、背水の陣というヤツ。
そのためには、ガザミとケーゴにはしっかりしてもらわないといけない。
今夜は最後の晩餐となる。
「はい。肉!そして酒!薬!落ち込んでる暇なんて無い!」
ガザミには変な気を回す必要が無かった。
テントに押しかけ、毛布を頭まで被ってタヌキ寝入りしてるその枕元に、肉と酒をどん!と並べる。
「明日の朝を最終キャンプとして、帰還します。準備しておいて」
詳細は説明しない。
「それで相談なんだけど」
ガザミが聞いてるのは分かっているので、私は返事を待たずに用件だけを伝えていく。
「帰るのにはホワイト・ハットの魔法に頼る必要があるわけ。そこで、今晩中にホワイト・ハットにたっぷり母乳を飲ませてあげてね!はい!話は以上!おわり!」
沈黙は承諾と同じである。
テントから立ち去ろうとする私の足を、毛布の下から伸びたガザミの腕が掴んだ。
「……母乳はお前がやれ……」
「私はこれから、ケーゴのケアから、残りのメンバーへの最終アタックの説明から、その準備から、色々忙しいの。引き籠りさんがやってくれないと困っちゃう」
ガザミは毛布を跳ね上げた。予想以上に真っ赤な顔をしていた。
そのガザミにウィンクウィンク投げキッス。
「だ・か・ら、お願い」
「お、お前なー!これ以上アタシに恥をかかさすな!!!」
「あーら。恥と知りつつ、それを私に丸投げっていうのも卑怯じゃありません?それならそれで、誠意を見せていただかないと!」
ガザミは言葉を失い、小さく呻く。
「……最終アタックの説明と準備は、アタシがやる……」
「そう。じゃあホワイト・ハットに話を聞いて、ケーゴ以外と相談して細かいところを詰めて」
「りょーかい……」
ガザミは不貞腐れ半分に、ボサボサの頭をバリバリと掻く。
私はテントの敷居を跨いでから振り返った。
「そんな訳だから、夕餉は豪華にお願いね」
さて、こちらはどう攻めて社会復帰させるべきか。
ケーゴのテント前に立ち止まり方策を練る。
優しく包み込む作戦か。
最初にスゴイの打ち込んで、こっちのペースに引き込もう作戦か。
行き当たりばったり作戦か。
「ケーゴ。スープ作ってきたから飲みなさい」
バッ!と垂れ幕を跳ね上げて強襲する。
彼は入り口に背を向ける形で身を横たえていた。
枕元には、手付かずの冷めたスープが置いてある。
私はそのまま腰を下ろし、温かいスープを置き、冷めたスープを手に取り、自分の夕食にする。
うん。私が作ったから今回は塩辛くない。
そうして居座り、彼の返事を待つ。
スープをすする音だけがテントに響く。
「食べたくないんだ……」
顔こそ合わせないものの、やっと返事が帰ってくる。
彼の心情は察する事は出来ても、正確には分からない。
あんな目にあった心の傷や、醜態を見られた相手に合わせる顔がない、そんな男の子のプライドなのか。
確かに、あの馬並みのアレは、私の瞼に焼き付いてしまっているけれど、それで彼を笑ったりはしない。
「時間があれば、もう少し一人にしてあげれたんだけどね」
「……」
「今、結構ヤバい。正直参ってる」
「……」
「ケーゴにも、皆にも。謝らなくちゃいけないかな─って考えてる」
ピクリと彼の肩が動いた。
「食料が尽きかけてる。切り詰めてもあと3日分くらい」
「……」
「ホワイト・ハットに母乳をあげて、帰還の魔法で帰れたら、とか思ったんだけど、ここは生きた魔物の腹の中みたいな迷宮の深層で、魔法が邪魔されるみたい。最深部にある迷宮の心臓をなんとかしない限り出ることはできないって、ホワイト・ハットは言ってる。私もなんとなく実感してる」
「……」
「口に出すと笑われそうだから黙っていたけど、この迷宮をずっと変だと思ってた。『最初の迷宮とは違う何処かに迷い込んだみたいだ』『この迷宮が私達を欺いて危険な所に誘おうとしてる』……って」
「……」
私はケーゴの隣に身を横たえる。
「それなのに攻略続投を決めた。ごめん……私のミスだ。ここに着て、帰れるかどうかは一か八かの賭け、みたいな作戦になっちゃった」
「……」
ケーゴが何かを言おうとした気配があった。
「時間が経てば疲弊するだけだから、明日勝負をかける事にきめたの」
「……」
「迷宮の心臓には半日程で到達する。泣いても笑っても、明日半日の一発勝負」
「……」
「だから、今日が最後の晩餐になる。そこにケーゴがいないなんて寂しいから、起きてよ」
ケーゴはゆっくりと起き上がり、何かに深く恥じ入ってる表情のまま、私を見下ろした。
「見たんだろ?俺が、壁に飲まれてさ……」
「うん……」
「……すげー……みっともなかっただろ……?」
「……私も、木馬の時ひどかったじゃない。おアイコでしょ?」
「あー……アレ酷かったよね」
ちょっと!そこは否定するトコロじゃないのー!?
赤面させられてしまい、思わずケーゴの腕を叩いていた。二発、三発。バシバシいく。
「痛っ。痛っ。俺さ……起きないねーちゃんを見て、後悔したんだ。我儘言わずに、あの時引き返せばよかったってさ」
「だから、それを決めたのはリーダーの私だから」
「ガザミにも言われた。でも、後悔しても仕方ないからさ、ねーちゃんが言ってたように、パーティーの無事を考えて、全員を無事に返すために頑張るんだって思ってさ」
彼の声は震えだしていた。
「まだまだ新米なのはわかってるけどさ、今の俺の全部で、それをしようと思ったんだ。なのに……またヘマやって、またガザミやねーちゃんを危険に晒して、助けられた。自分が情けなくてさ……顔合わせられなかったんだ……ごめん……」
しゃくりあげたケーゴはそのまま涙を落とす。
男の子が泣いている。
涙の訳は、私が予想したような「恥ずかしい所を晒してしまってバツが悪い」なんて安いものじゃなかった。
抱きしめてあげるべきか?
「ねぇ。ケーゴ。あの時の続き、しよっか?」
自然と唇が動いて、とんでもない事を言ってしまった。
理屈をつけるなら、子供扱いではなく、男扱いして慰めるべきかと思ったからでしょう。
ボロボロに涙を流していた彼が、予期せぬ物音に驚いた猫みたいな顔でこちらを見た。
頬が赤く染まっていく。
つられて私も火照り出す。
服を脱ぎだすでもなく、覆いかぶさってくるでもなく、「わかった!やろう!」みたいな返事もないので、速やかに際どい話題を引っ込めて、話を戻す。
「私達はねー、そんな簡単に成長できないから。何度も失敗して、いろんな経験して、ちょっとずつマシになるのが関の山」
よいしょ、と言いながら立ち上がった。
「だから私は、明日、皆をそれはもう馬車馬みたいにコキ使って、死線の上を全力疾走させるような最低なリーダーをするけど、次の仕事もまた次も、平気な顔して皆を誘うと思う」
もうすっかり涙が止まっている男の子を見下ろして、微笑む。
「ケーゴは、私からの誘いがあったら、断る?もうコリゴリだー……って」
顔をこすり、涙の痕を拭って、ケーゴもニヤリと笑い立ち上がった。
「……行くさ」
「頼りにしてるからね!」
手を繋いで、共に塒(ねぐら)を出る。
焚火の前には、全員が集まっていた。
ガザミ、フォーゲン、ホワイト・ハット、ガモ、そしてつっかえ棒されたモブナルドが座っている。
彼らの前にあるのは、残りの食材を殆どありったけつぎ込んだ、今度の冒険で一番豪華な夕餉だ。
私は、ケーゴと一緒に仲間の輪に加わった。