◆ボルトリックの迷宮 B?F 最下層パルス・ゴア
「ボルトリック……!?」
「おい。これはボルトリックさんではないぞ……」
ガモが低い声で告げる。ツーシンキなる機械をこちらに向けた。
『ワイやないで!そいつは真っ赤な偽物や!顔とかよう見てみぃ!』
ん?何か違和感が……。
よく見てみろ……?
改めて見れば、眼の前のボルトリックの眼窩には目玉がなく黒紫の魔力が広がるのみ。具現化していると言っても、その外形が時に揺らいでいたりと、作り込みがいささか甘い。
邪念が彼の形を模しただけで、彼ではないのは一目瞭然だ。
「じゃあなんで迷宮の精神がアンタの形になるの!!」
『知るかいな!ここがワイが作っ……見つけた迷宮だからとちがうんか!?』
「この脈動迷宮は……人間共の欲望が大好きなのだ。その男の大きな欲望が、ハギスを呼び寄せ、ここに根を張わせたのだ」
馬男が解説を始める、そこまでで「褒美」という事か。
「解説どうも。不意打ちの馬男さん」
「馬男ではない。俺こそは獣神将が一人。ロスマルトよ!」
凄そうな名前だが、聞いたことがない……。
「ホワイト・ハット。知ってる……?」
『知らぬ。おそらくは新興勢力であろう』
「つまり、自分たちで勝手にそう名乗ってるわけか。フリオの「正義の軍団」みたいなものね」
改めて獣神将・ロスマルトを見る。
「この迷宮を見つけた、最初の人間が、あの欲深いドスケベブサイクのボルトリックだったから、この迷宮が彼の……色欲に触発されて、こんな形に育ったと?」
『全部聞こえてるでぇ!!!』
「そこから先はハギスに聞くがいい。ハギスよ!お前が求めるもの!お前が欲するものを奴等に教えてやれ!」
再び獣神将が斧に殺気を籠め、全身に力を漲らせ始める。
高笑いと共に「そして奴等に恐怖と絶望を与えよ!」と叫んだ。
「来るぞ!!!」
最前衛でガザミが構える。
ボルトリックの影が短い手足を動かし、突き出た腹をゆすり、馬男と共闘する構えを見せた。
「ドエライエロが欲しい……」
「ハハハ……え?」
私達が聞き返すまでもなく、ロスマルトが聞き返してくれた。
「新たなエロが!世界を席巻する新感覚の「見るエロ」が必要なのだ!!冒険者のねーちゃんが!ダンジョンで!魔物に犯されて泣き喚き!!スケベな罠で喘ぎ!自ら慰めて乱れ!ちんちんを求めて股を濡らす!!!」
ズバッ!と裸になる偽ボルトリック。
「そこまではいい!だが!用意したダンジョンは壊れ!本番行為がないままに探索が終わろうとしているのが許せんのだぁああああ!!!!」
「……だ、そうだ」
「言ってやれ!」と言った手前か、苦しそうに馬男が〆る。
しかし、偽物とは言えボルトリックが空気を読むわけがない。
司会進行役が見苦しかろうと思って畳んだ会見を続行する。
「主演女優が!前から後ろから敵から味方からズッコンバッコンいかれて、潮吹いて卑猥な言葉を叫びながら快楽に堕ち!アへ顔を晒してWピースしてぶっ壊れる処までをお茶の間に届けないで、「見るエロ」が終われるものかあぁああああああああああああ!!!」
偽ボルトリックは臭そうな唾と汗を飛ばしながら「お前らもそう思うだろう!!」と男性陣(馬男含む)に熱弁を振るう。
まったく話について行けないが、全身に悪寒が走り、一人でも頷くものがいるかどうか皆の顔を確認した。
誰一人同調している者はいない。ちょっと安心する。ロスマルトにも親近感が湧いた。
これが、迷宮が同調したという、ボルトリックの望みなのか?
「ちょっとガモ!どーゆーことなの!?」
「し、しらん!俺は何も知らんぞ!怪しげな魔物がボルトリックさんの真似をして訳の分からん事を言ってるだけだ!」
「ほんとにぃ~?!」
私の中では全てが繋がった気がしたんだけど。
ただ、私をダンジョンで乱れさせたとして、それがボルトリックになんの利益をもたらすというのか、そこがまるで見えてこない。
皆への報酬を考えても、そのお金をかければ、色街で王様にだってなれるでしょうに。
まだ何か、私が知らない事がある。帰ったらガモをとっちめないといけない!
「ハギスよ。もういいかな……?」
「こんだけ男がおって!誰一人!あそこのメス豚にちんこを突っ込まないとか!ホントどーなっとんのや!食事に媚薬もぎょーさん混ぜた!エロい気分になる植物も植えた!スケベモンスターも配置した!そこのお前ーーーーぇえ!!」
怒り心頭の偽ボルトリックは馬男を無視してケーゴを指さした。
「え!?俺!?」
「そう!お前やお前!」
「な、なんだよ!?」
「どういう了見じゃ!あああん!?お前幾つや?」
「じ、14だけど……」
「おま、アレやんか!朝勃ちバリバリの性欲MAX世代やんけ!それが!目の前で!あんなのがまんこからスケベ汁漏らしてケツ振っとんのに!なにをボサーっとしとるんや!」
ケーゴは見る間に真っ赤になった。
あんなのってどーゆ意味!?
変なこと思い出させないで!
寝た子を起こさないで!
……しかし、この会話をずっと聞いていたいような気もして、魔胆石を掴み寄せつつ、場を乱さずに見守った。
「ね、ねーちゃんはモノじゃねーんだよ!罠に掛かって弱ってる所を襲うなんて考えもしねーよ!」
「ホンマにか?」
「お、おう!」
「ホンマのホンマにか?」
「お、オゥ!」
「そんな事いって実はちんちんに来てたんとちがうんか!?」
「う、うるせーよ!」
「まだるっこしいんじゃこの童貞ボーイが!何もしないなら帰れ!」
「どどど、童貞ちゃうわ!」
「このヘタレが!多少好みじゃないねーちゃんでもな!勢いで抱けなくてどうする!そのちんちんは飾りか!?ああん!?」
ケーゴは言葉に詰まっている。
え?なんでそこで詰まるのケーゴ!!
「でもわかるわぁ。そこのねーちゃんブッサイクやもんなぁ~?おっぱいもおケツも垂れよるし、腹肉が踊りよるし。そうか!まんこも臭かったんやな!?おこちゃまにはちょいキッツイかもしれんなぁ!」
「ちょ……!!!」
怒りのあまり宝珠を握りつぶしそうになった。
ケーゴが否定してくれないので、ちょっと涙がでる。
「まあええわ!ワイの力で理性なんぞ吹き飛ばしてやる!感謝しぃや!」
偽ボルトリックは、無意味なカンフーアクションをした後、その口から、桃色の濃い魔素を吐き出し始める。
身の毛もよだつような口臭を予想したが、周囲に立ち込めるのは、陶酔を誘う甘い香り!
私の周囲で、静電気のような極微な火花が散っている。
破邪の魔法が破られようとしているのだ。
こんな最後の最後に皆の前で本番行為とか、じょーだんじゃない!
「とめて!それをとめてっ!!!」
焦り叫ぶ!
ケーゴが魔法の斬撃を雨と穿つ!
それらを全て受け止め、弾く馬男。
広範囲への陶酔攻撃で私達が全滅するまで、偽ボルトリックを守る構えだ。
これは不味い……!
ガザミが正面から馬男に立ち向かう!
「テメーの相手はアタシだよ!!」
ガモが偽ボルトリックに矢を放つ!
ロスマルトはガザミの打撃とガモの狙撃を同時に捌く技の冴えを見せる。
手ごわい!!
しかし、こちらにはフォーゲンとホワイト・ハットもいる。
戦力を計算する。うん、負けることはない!
『娘よ。この戦場を見ているものがいる。悪いがそちらに集中させてもらうぞ』
「大丈夫!なんとかなりそう!」
ココに来るまでの魔法の援護で随分と助けられた。さっきも命を救われたばかり。あとは帰りの魔法をおねがいね!とウィンクを投げる。
「ハギスよ!我らも賢く戦わねば勝てぬようだ!あの淫乱を狙え!」
「ちょ……っ!!!」
体の周りの火花が尚一層激しくなって、甘い香りがより強く身体を取り巻き、肌から浸透を始める。
「この……っ!!!」
こちらにとっての勝利条件は、馬男や偽ボルトリックを倒す事ではない。全員が帰還する事だ。
この魔胆石を引き抜けば、それが叶う。
催淫の魔力に屈するのが先か、石を取り出すのが先か。
私は負けない!
突如、腰に抱き着いてくる者があった。
「!?」
振り向けば、はぁはぁと荒い息をした全裸の貧弱な成人男性がお尻に張り付いている……。
モブナルドが催淫の魔力に屈してるぅううう!!!!
「モブナルド……やめ…っ!」
お尻にキスの雨が降ってきて、魔胆石を掴む手から力が抜けそうになった。
◆ケーゴ
「だああああああああっ!!!」
魔法剣を振り回し、力の限り斬撃を飛ばしていく。
俺の腕でも、100発打てば1発くらいは偽ボルトリックに当たるはずだ。
前衛のガザミのおかげで安全に攻撃ができる。腕が千切れるまで打ち続けてやる!!!
共に遠距離から攻撃しているガモの弓は、ガザミの攻撃に呼吸を合わせて放たれ、偽ボルトリックを狙うと見せかけ馬男へと飛び、また馬男を狙うと見せかけて偽ボルトリックを射抜く。
なるほど!そうやって戦うのか!
3人がかりの攻撃を捌いている敵の力量も凄まじいが、それでも負ける気がしない!
「アッ!あ……ああっ!!!」
ねーちゃんの悲鳴が聞こえた。
今にも崩れ落ちそうな声音だ。
「ケーゴ!ここは私とガモでやる!お前はシャーロットの所へ行け!」
え?俺が!?
「わ、わかった!」
「アタシに薬くれた時の事、おぼえてるか?!」
馬男の一撃を掻い潜りながら、ガザミは言う。
「あれ、やってやれ!」
なんだっけか?ガザミに薬を渡して、そうだ、エゴイストでいいんだと、もしねーちゃんがダンジョン探索を打ち切って帰ると言い出した時は……って話だ。
──「お前……イザとなったらコレ使ってあの馬鹿メロメロにしてさ、俺が欲しかったら最下層までイケー、とか、帰ったら気持ちいいことしてやるから俺の言うこと聞けとか、何とか言ってやれ」──
俺は、ねーちゃんの腰にしがみ付いてヘコヘコと腰を空振っているモブナルドを蹴り飛ばした。
ねーちゃんは、何とか魔胆石を握ってこそいるものの、はだけた胸元と、太腿半ばまで下ろされた下着を治す素振りもないまま全身を震わせている。
ダンジョンに潜ってからというもの、何度も目にした痴態だが、見慣れたとはいいがたい。
あっという間に勃起してしまった。
これは俺がスケベなんじゃない!男としての当然の生理的な反応だ!
ちょっと悪戯したくなってしまう。
これは俺がスケベなんじゃない!男としての正常な性への探究心だ!
「……」
お尻肉に人差し指をぷに!と埋め込んだ。
「あっは!あぅん!!!」
これだけで汗と愛液を飛び散らすように腰を振り始める。
男としての本能か何かが満たされる。
よーし、次はもっと凄い所を責めちゃうぞー!
ってアホか──!!!?
催淫に侵されつつあったのか、湧きあがり止まらないエロ思考を抑え込む。
ばきょ!と音を立てて自分を殴った。
これがラストチャンスだ!
ヘマやって迷惑かけて助けられてきた俺の為に用意された、雪辱の機会だ!
そうだ。俺がねーちゃんを、皆を助けるんだ!!
「ねーちゃん!!!」
崩れそうになっていた身体を腰を抱えるように抱きしめる。
汗に濡れた肌がもっちりと手に吸い付いてくる。
甘い香りがした。
「……」
無意識のうち。いや、数瞬の間前後不覚となって、ズボン越しに勃起したペニスを3回、パンパンパンと突き上げていた。
こっちの動きに合わせて、ねーちゃんもお尻を突き出して擦り付けてくる。
き、きもちいい。何かが少し出た感覚。
よーし、次はもっと凄い事をやっちゃうぞー!
ってだからぁアアアアアアアアアアアア!!?
そうじゃないだろ!ケェゴォオオオオ!!!!!!!
ガザミも!ガモも!あの恐ろし気な馬男を前に一歩も引いてない!
ホワイト・ハットも魔法の準備を進めている!
フォーゲンは動かずに後方に位置している。戦局を見守っているのか…!?
モブナルドは俺がKOしたんだった。
俺が最初に勝つんだ!そして皆を助ける!
でも、どうやって勝つんだ……!?
正直、凄い敵だ。
さっきあの偽ボルトリックが、ねーちゃんを色々と貶した。
全部全然的外れだ。
きれーなねーちゃんなんだよ!!!
あーそうだよ!!!
はじめて酒場で見かけた時からエロいと思ってみてたよ!!!
催淫の魔力があってもなくても、こんな姿見せられて、正気じゃいられねーよ!!!
でも、この冒険でいっぱい世話になったんだよ!!!
「頼りにしてる」って言ってくれたんだ!!!
「ねーちゃん!!!」
その腰のくびれに腕を回し、力いっぱい抱きしめる。
びく!とその柔らかい身体がはねて、淫らな腰使いが止まった。
俺はやる!
俺は今、年上ハンター・イケメンボーイ・スーパーケーゴになる!!!
宴会芸をやった時のガザミを参考に……。
耳元に囁く。
「俺が欲しいだろ…?」
ねーちゃんは声を上げて身を仰け反らせ、その股からお漏らしかと思えるほど潮を吹いた。
立ち昇る雌の香りに、いやが上にも身体が反応する。
「帰ったら存分に虐めてやるからさ……」
俺もギリギリだ。次なる言葉を最後のトドメにすべく息継ぎをした。
一拍置く。力を貯める。
「魔胆石を取り出して見せてくれ……!」
愛の力が起こした奇跡か。
絆の力が起こした奇跡か。
もっと根源的な、雄が雌に与える力が起こした必然か。
「やあああああああっっ!!!」
気合の声を上げたねーちゃんが魔の結晶を掴んだ腕をコアから引き抜いた。
その拳の中の宝珠が輝き出し、夜闇を切り裂く太陽光のように邪気を薙ぎ祓う!
「ぎゃああああああああああああああああああ!!!!」
偽ボルトリックが苦痛に悲鳴を上げて身を捩った。
「消えなさい……迷宮の邪気よ!!」
ねーちゃんは尚も宝珠を翳す。
偽ボルトリックは人が型を保てなくなり、異形奇形となって転げまわる。
この光を、俺は知っている。
そう、あの壁に囚われて、自我が消えゆく恐怖の中、俺を救った光だ。
気が付けば俺の魔法剣も同じ輝きを放っていた。
剣を掲げる。
「消えちまえ!!!偽ボルトリック!!!」
二つの光が相乗効果を生み、場を支配する。
「させんぞ!!!」
馬男が叫び、その斧の柄で地面を突くと、ズン!とした衝撃波が広がり、ガザミとガモが見えない何かに押さえつけられるように倒れこんだ。
「ぐ!?な、なんだ……身体が重い!?」
「地面に縫い付けられる…!?」
二人を魔力で無力化し、馬男が突進してくる。
「魔胆石は渡さん!!!」
振り上げられたポール・アックスがギラリと光る。
足に来てるねーちゃんはアレを躱せない。
俺が受けるしかない。
咄嗟に前にでて、剣を構えた。
「小癪な小僧め!!死にたくなくばどけ!!!」
「うおおおおおおおおおおお!!!」
すごい圧力だ。向き合ってるだけで崩されそうになる。
目を開けているだけでも、体力を消耗するみたいだ。
「……力の向きを逸らすのだ……」
フォーゲンの声がした。
二人のすぐ後ろに立ち、居合に構えている。
彼もポール・アックスの斬撃上に位置していた。
お前に任せると、言っているのだ。
お前ならできるはずだと。
敵の攻撃を防いだその後は任せろと。
(頼りにしてるからね)
(やってやれ!)
ねーちゃんもガザミも、俺を頼っている。
その時、俺の中で何かが噛み合った。
聡明薬を使っていないのに、視界が広がり、敵の斧の装飾さえ見ることができた。
全てがスローに見える。
わかる。
敵の斧に込められた力の向きと大きさが。
見える。
その受け方と力の逃がし方が。
自分の命は勿論、ねーちゃんとフォーゲンの命も預かっているのに、恐怖をまるで感じない。
確信があった。成功の未来が見ているかのようだった。
斧と魔法剣が散らした火花の向こう、馬男と目が合う。奴の口が動く。
「見 事 だ ! !」
逸らした馬男の斧が床に打ち込まれるのと同時に、フォーゲンは刀を抜き放っていた。
◆ボルトリックの迷宮 B?F 最下層 パルス・ゴア
勝敗は決した。
取り出した魔胆石が輝き、迷宮の邪気を消し去った。
そして今、獣神将・ロスマルトは山が崩れるような迫力で仰向けに倒れ込んでいく。
その胴にはくっきりとした斬撃痕があった。
斬ってはいない。
しかし衝撃が物凄いのだろう。ショック状態寸前と成った馬男は、苦しそうに呼吸をしながら震える首をあげ、フォーゲンを見た。
「……なぜだ」
「フッ……お前は一人…だが我等は五人だ」
納刀したフォーゲンが小さく笑い、背を向けて数歩下がっていく。
「……それに、お前を斬ると刀が痛みそうなのでな」
嘘だ。
亀男すらも切り裂いた刀が、馬男を斬れないはずがない。
彼は感じたのだ、ロスマルトもまた、何かの為に戦う者であると。
亀男を斬った虚しさが、彼を躊躇させたのかもしれない。
言葉の通じる相手というのは、難しいものだ。
ガザミ達と戦う間に、あの怪しげな魔法を使わずにいた所も評価ポイントなのだろうか?
「敵の情けは受けん。殺せ!」
ソレが多対一の戦いであっても、敗北は彼にとってはかなりの屈辱なのだろう。
フォーゲンは無言のまま腰を下ろす。あああ、また眠ろうとしてる。
そう言えば今回は最初からスイッチが入っていた様子だった。
そう、皆を眠りに誘う、あの白霧の海の上を歩いている時から……。
最終戦に向けて、自ら気持ちを切り替えていたのだろうか?
兎に角、私が代わりに諭すしか無いでしょう。
「馬鹿。フォーゲンはアンタが結構まともな武人だから殺さなかったって言ってるの。だいたいね、生殺与奪権は勝った方の私達が握るのがたり前。負け馬は大人しくしょげてなさい」
「男同士の会話に入るな!淫乱!」
ピクリと肩が震える。
淫乱と呼ばれたのは二回目だ。忘れてない。「あの淫乱を狙え!」とか言っていた。
私は彼に笑顔を向ける。
「そう言えば……二回も言ったよね?それ」
「ん?」
「とう!」
そのまま股間をつま先で蹴り飛ばした。
ズン!とプレートグリーブが彼の股間の高なりにめり込む。
「うごおおおおおおおおおおお!!?」
ちんちんキックにより悶絶するロスマルト。エビのように腰からピチピチと跳ねる。
大きから実に蹴り甲斐があったりした。
「二回言われたので二回蹴りまーす!」
「やめ……!!」
馬男はビクビクと腰を浮かせながら、自由の効かない腕で必死にガードしようとする。
私は一切の躊躇をせず、ガチーン!と股間を蹴り上げた。
「げぼおおおおおおおおお!!!」
ロスマルトは泡を吹いて失禁し、沈黙した。
「だれが淫乱だ。だれがっ」
聞こえていないだろうけど、言っておく。
まあいい。これで殺せだの何だの絡まれる心配はなくなった。めでたしめでたし。
やや引いてる皆に気付いて、爽やかに笑ってみせた。
「さあ、帰りましょうか」
手の中でまだ仄かに輝く魔胆石を見る。
意図せずコレが輝き、この脈動迷宮のエネルギーを浄化した。
壁や床の鼓動はどんどん弱くか細くなってきている。もう空間の歪みとやらは解消されたに違いない。
手順は異なったが、これで帰還の魔法も使えるだろう。
『娘よ。お前にはどうやら魔導の才能があるらしい』
「へ?」
『少年の魔法剣を発動させた時に、そうではないかと思っていた』
未だ輝きを放つ魔胆石を見る。
この光は、私が……?
考えてもみなかった、私にそんな力があったなんて。
悪い気分ではなかった。
「そうだ。ホワイト・ハット、これを」
私は昨夜見つけて拾っておいたハチチ酒の木筒を取り出し、手渡す。
「イザって時に!と思ったけど、必要なかったみたい」
喜び受け取ると思っていたホワイト・ハットは明後日の方を見て、強い口調で喋りだした。
『……今回はお前たちの負けだ』
『そのようだな』
返答が帰ってくる。姿は見えない。
『彼女たちに感謝するんだな。部下の命は奪わずにおくらしい』
『素直に礼を言っておこう』
そうか、ここを見ている奴とは、ロスマルトが言っていた、彼の主人「ニコラウス」だ。
『……君たちは中々に面白い』
迷宮の脈動は更に弱々しくなり、周囲を照らしていた淡い燐光も小さくなっていく。
『間もなくハギスは消滅し、芽へと戻る。脱出すると良い』
「……行きましょう」
攻撃の意志は感じない。
不安定な帰還魔法の最中を狙ってくるような相手でもなさそうだ。
モブナルドの足首を引きずり、座して寝ているフォーゲンを囲むように集う。
迷宮の鼓動は完全に停止し、その輝きも残光のみとなる。
闇が広がっていく。
帰還の魔力が発動し、周囲の景色が霞の中に消えた──。
◆ボルトリックの迷宮 入り口前 キャラバン
私達は無事に帰還し、6日間の冒険を終えた。
久しぶりに味わう太陽の光と、緑薫る風と、澄んだ空気だ。
「やれやれ……ま、おつかれさん」
ガザミは伸びを一つして、早速食料を詰んだ馬車へと歩き出す。
狙いは勿論、肉。そして酒。
「あーっ。リーダーがまだ攻略終了宣言してないのに」
「総括とかいらねーから」
まったくガザミは。
私は他のメンバーへと視線を移した。
傍らに佇んでいるケーゴの顔を覗き込む。すこし放心状態のようだ。
望みの冒険を最後まで終えた実感を反芻しているのだろうか。
フォーゲンは寝ている。
ホワイト・ハットは肉体的な限界が着ているのか、うつらうつらと、その場で海藻のように揺れていた。
ガモは機材資材の搬入作業を行っていた。一番タフなのは彼かもしれない。
風がそよぎ、どこからか飛んできた木の葉が、全裸でひっくり返っているモブナルドの股間を隠した。
確かに、総括とかいらない状況だった。
皆も疲れているだろうし、さっさと報酬を受け取り、街まで送ってもらうことにしましょう。
その前に温泉地に寄りたい、などと考えながらボルトリックが寝泊まりしている馬車の幌を叩く。
「ボルトリックー!?」
「ちょいまち!今大事なお客さんが来てるんや!!」
こんな所にお客さん?
商売熱心なことで。
私も疲労感は結構強く、その場に座って待つことにした。
ボルトリックと共に馬車から降りてきたのは、甲皇国の軍服を着た男性だった。
その年令や雰囲気、そしてボルトリックの謙り方から、指揮官クラスと推測される。
その鼻を覆う装具。おそらくは戦場での負傷を隠す目的のものであろうそれが目を引く。
不気味な男だ、と思った。
その彼が、こちらをチラリと見て、意味ありげに笑った。
嫌な目付き。
私はボロボロの衣装から覗いていた肌を隠すように自分を抱き、プイと視線を外す。
性的な視線ではあったが、そこに引っかかるものがあった。
私がこんな格好だったから哂ったのではない。
私を知っていて嗤ったような、そんな嫌な感じだった。
彼を見送ったボルトリックが、短い足をバタバタさせてこちらに戻ってくる。
「いやー!ご苦労さんご苦労さん!皆よーやってくれた!約束の報酬もちゃんと用意してありまっせ!」
ニッコニコ、いえ、ニッマニマの上機嫌だ。
「報酬は街に戻って受け取ります。それでなんだけど、出来たら近くの温泉地に寄ってくれない?」
「おお、そりゃ良いですな!よっしゃ!慰労を兼ねてワイが用立てしましょ!温泉地で大宴会や!」
ボルトリックは何故か驚いたような表情を見せた後、ポンと手を叩いて、温泉費用まで受け持つと申し出てきた。
妙に気前がいい。
私達が潜ってる間に、何か良いことがあったのだろうか?
例えば、さっきの甲皇国軍人さんと、デカイ商談が纏まった、とか。
わからないことと言えば、そうだ。
今回の依頼の真意を聞き出さなければ……。
『そこまではいい!だが!用意したダンジョンは壊れ!本番行為がないままに探索が終わろうとしているのが許せんのだぁああああ!!!!』
『主演女優が!前から後ろから敵から味方からズッコンバッコンいかれて、潮吹いて卑猥な言葉を叫びながら快楽に堕ち!アへ顔を晒してWピースしてぶっ壊れる処までをお茶の間に届けないで、「見るエロ」が終われるものかあぁああああああああああああ!!!』
『こんだけ男がおって!誰一人!あそこのメス豚にちんこを突っ込まないとか!ホントどーなっとんのや!食事に媚薬もぎょーさん混ぜた!エロい気分になる植物も植えた!スケベモンスターも配置した!そこのお前ーーーーぇえ!!』
『ワイやないで!そいつは真っ赤な偽物や!顔とかよう見てみぃ!』
ボルトリックの邪念に同調した迷宮が漏らした台詞の数々は、そのまま読むなら「私にスケベなことをする目的でダンジョンを作り、潜り込ませたのに本番行為をするに至っていない」と解釈する以外にない。
そして、ボルトリックには私達と同じ光景が見えていた。
私にエッチな罠を仕掛け、それに罹って晒した痴態を、ボルトリックが見ていたのは間違いない。
私のそんな姿が見たいのなら、皆に払う日当分全部を支払って頼んでくれれば良いのだが(それでも見せない気がする)、やはり大掛かりすぎてピンとこない。
テキパキと温泉地への撤収を支持しているボルトリックの邪魔をする気にも慣れず、後で良いやと思い直した。
宴会の後、ガモ共々とっちめてやりましょう。
それぞれ荷物をまとめ、攻略メンバー待機用の馬車に乗り込む。
ずっと地下に潜っていたために、馬車の堅い木床を暖かく感じた。
真新しい毛布の上に座ると、睡魔が襲ってくる……。
今回のダンジョン攻略で予想以上に神経がすり減っていたらしい。
ボルトリックがやってきて、間もなく出発すること、夜までには到着することを告げる。
彼はモブナルトを引きずり下ろし、日当である300YENを渡すと、商隊の移動開始を宣言した。
馬車が動き出す。
「モブナルドー!気をつけて帰ってねー!」
手を振る。
モブナルドも必死に手を振り返している。
馬車を追いかけようとしているように見えるが、その姿はどんどん小さくなっていった。
うん。彼はダンジョンアタックメンバーじゃないから仕方がない。
お尻にキスされたのも忘れてはいません。
「みんな。あっちに着いたら宴会もやるから、今のうちに寝ておきましょう」
フォーゲンとホワイト・ハットは寝ている所を皆で引っ張り上げたのだし、ガザミも酒瓶を抱いて寝ているので、今のセリフはケーゴとガモに言ったものだ。
「なんか、興奮してるのかな?疲れてるんだけど、寝れないんだ」
ケーゴは胡座をかきながら、魔法剣を握りしめ、その刀身を見つめている。
凛々しい顔をしていた。
彼の「宝物」は手に入っただろうか。
宴会中に寝たら、皆でイタズラするからね、とだけ脅しておく。
ガモはまだあの機材を抱えて座ってる。
「ガモも働き尽くめでしょ。今のうちに寝ちゃいましょうよ」
「ああ……」
流石に眠そうな返事が帰ってきた。
私もちょっと寝る、とだけ伝えて、毛布の上に身を横たえる。
今寝たらスゴイ婬夢を見てしまいそうだと心配しつつも、寸毫の間もなく夢の中へと落ちていった。