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南みれぃ

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南みれぃ

 遅くなるから先食べといて。妻にメールする。仕事終わり。喫茶店にて。コーヒーはブラックで飲み始めて砂糖を入れるようになってミルクを入れて気が付けばまたブラックで飲むようになった。甘いのが好きだったけど、甘いだけじゃない人生に甘すぎるそれは耐えがたくなったんだ。
 「おかえりぷり」
家に帰るとパジャマ姿の娘が出迎えてくれた。妻に聞くと最近お気に入りのアニメキャラの語尾らしい。
「最近全然一緒にご飯食べれてないね」
「忙しくてね」
僕は嘘をついた。一人で晩飯を食った後、妻とは別の寝室で娘が好きだというキャラクターを調べる。南みれぃ。裏表のあるぶりっ子キャラらしい。
「裏表か」
そう呟いた僕はスマホの画面を消した。
 よく晴れた休日の公園。娘と二人きり。妻は用事があって友人宅へ。信じきってはいないけれど、もう疑うのも面倒だからやめにしている。娘は砂場をステージにアニメの中のアイドルになりきっていた。観客として座らされた僕は踊る彼女をただ見ていた。
 僕がそれを始めて知ったのは妻の実家で、昼寝をしていたとき。本棚の最下段にある分厚い表紙の本を取った。ページをめくってそれが妻の日記だと知った。娘は僕の子なのか酔った勢いによる過ちの子なのか分からない。妻の苦悩が延々と綴られていた。元の場所に日記帳を戻した僕は見なかったふりを今も続けている。
 目の前で踊り続ける娘。娘は何一つ変わっていない。言ってしまえば妻だって何も変わっていない。変わったのは僕の心だけだ。僕は娘を愛しているのだろうか。もし愛せなければ、それは許されないことなのだろうか。ふと顔をあげると娘はそこにいなかった。どこだ。立ち上がって周りを見渡してもいない。名前を呼ぶ。どこだ。遊具の中にはいない。公園を出たところに駄菓子屋がある。そこには? いた!
「駄目じゃないか!」
娘を見つけた僕は大声を出した。急に怒鳴られた娘は涙目になりながら
「ごめんなさいぷり」
と言った。安心した僕は涙ぐんでしまった。それを見た娘は困惑しながら泣いた。僕は何に安心したんだ。きっと娘が見つかったからだけじゃない。娘がいなくなって血の気が引いた自分に安心したんだ。裏表だらけの自分が許せなかった。
「ごめんなさいぷり」
娘に謝ると
「いいぷりよ」
と涙ながらに許してくれた。僕も妻も裏表を抱えたまま生きていく。でも、娘がいればその苦しさにも耐えていける。裏も裏で僕らの人生の一部だ。苦くたって表情に出さなきゃいいだけ。
「甘いお菓子でも買ってお母さんと三人で食べよう」
娘を抱きかかえた僕は駄菓子屋に入っていった。
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