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カミサキ語り(小説)/まりえ

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カミサキ語り



 コツーン。コツーン。

 およそ現代に響くことない規則的かつ硬い足の音。
 夜は深く、他に人影はおろか街頭の光すら微か。

 コツーン。コツーン。

 それは真後ろ。そう遠くない。
 ふと頭によぎる妄想が恐怖を駆り立てる。
 夏に定番の心霊特番。それは一笑にふすような陳腐な内容のものばかりだ。
 だがそれはこうした状況のおいて麻痺した脳には強烈に突き刺さる。
 理性はそれを気のせいと安心させようとするが、本能はどうもそうはいかない。
 ふぅ、と彼はため息をついた。
 本能を理性の支配下におくためゆっくりと振り向く。
 あぁ、そうだ。ただ単に同じ道を帰る人が歩いているだけだ。
 そう思い彼は目を向けた。

 そこにあったのは。
 相貌の無い、山伏の、姿。




「おーい。知ってるか?」
「なにをさ。」
「ミサキ様。」
 いつもの通学路。いつものように馬鹿な友人と馬鹿話をしながら道を歩く。
 隣を歩く太った友人がいつものごとく放り投げたのは地元民なら知ってる心霊ネタというスクリューボールだ。
「あほらし。」
 彼は言って頭を抱えてため息をつく。
 彼の名は三橋正道。
 伸ばしているというわけではないが多少伸び気味に見える髪と、コレといって特徴の無い中肉中背。
 気だるそうにしているのは友人の話に呆れてるだけでなく素の姿がこれなだけ。
 軽く着崩したシャツは、それでいて不良に見えるようにしてないあたり絶妙である。
 こうして隣を歩く馬鹿友人の馬鹿話を律儀に聞くあたり根は素直。
「この科学の時代、幽霊もクソもないだろ。」
「何を言ってるんだ。まだまだ科学では証明できないことはたくさんあるだろ。」
「例えば。」
「この俺の存在。」
「あぁ、確かにこの馬鹿の存在は科学では究明できない奇跡だな。」
「そこは否定しろよッ!」
 バシッと胸に突っ込みの手を入れる友人。
 丁度水月という急所に当たり割と痛かったのかウッという呻きと共にさりげなく胸に手を当てる三橋。
「とは言えだな……」
 三橋は軽く咳き込みながら冷汗をたらし言葉を続ける。
 それを見て友人は悪いと笑いながら頭を下げた。
「言うに事欠いてミサキ様も何も無いと思うんだがな。
 アレだ、地元民ならみんな知ってるちゃちなオカルト話だろ?
 いまさら知ってるかもクソも無いと思うっていうのが俺の考えなんだが。」
「それが、だ。」
 友人はニヤァといやらしく笑いながら顔を近づける。
 三橋はたまらずのけぞってしまう。
「隣町の行方不明、それらしいぜ。」
「馬鹿も休み休み言え。寝言は寝て言え。俺とお前、IQ20以上違ったか?」
「おまえ、ひどいぞ。」
 言って三橋はすたすたと早足で歩き始める。
「遅刻するぞ高峰。早くしろ。」
「待て、待ってってば!」
 高峰と呼ばれた太めの男子高校生は三橋に追いつくよう走り出した。



「ねぇ、知ってる?行方不明事件!」
「ミサキ様だってさー。うそ臭。」
「家出じゃないのー?」
 教室でも数日前起こった行方不明の事件……ミサキ様に関するそれのうわさで持ちきりだった。
 正直勘弁してくれ。席に座る三橋は外に目を向けながらそう思った。

 行方不明事件。
 隣町に住む男性が忽然と姿を消したという。
 男性はその日も残業で帰りが深夜になったという。
 駅にいる姿は目撃されているので、恐らく電車から降りて家にまで歩くその間に消えたのだろうということ。
 確かに不可解な事件だが、だからといって何でもかんでも幽霊だとか妖怪のせいにされては困る。

「ミサキ様、ねぇ……」
 はぁ、と三橋はため息をついた。
 妖怪の類にしては名前が普通すぎる。
 それこそクラスメートに一人くらいはいそうだ。
 サッカー部のミサキ君。得意なのはヘディング。しかし足が無いのでドリブルが出来ない。
 そこまで想像して三橋はプッと噴出した。
「何笑ってるんだよ。」
 声がした方向を見ると、たるんだ腹肉。
 ぐぃっと顔を上げると高峰の姿があった。
「よう、ミサキ君。」
「ミサキ君じゃねーよ。」
 ミサキ君、もとい高峰の拳骨が三橋に襲い掛かった。
 ちょうど頭の百会と呼ばれる急所に当たってしまったために強烈なダメージを受けてしまったようだ。
 痛みで頭をかかえる三橋に高峰は悪いと軽く謝った。
「何かうわさになってるな。」
「思った以上に広まってる。こりゃひょっとするとひょっとするか?」
「馬鹿言え。」
 三橋はにべもなく言い放つ。
「そもそも俺、幽霊とか見たことねーもん。」
「この唯物論信者め。」
「っていうかミサキ様ってなんだよ。近所のおばちゃんかよ。
 スーパーの安売りにどこからともなくやってきて血走った目で買いあさる奴か?アホか。」
「……まさか知らないのか?」
「全く知らないわけじゃない。
 ガキのころは悪さするたびにミサキ様が連れ去りに来るぞって脅されたからな。」
 そこまで聞いて高峰ははぁとため息をついた。
「このあたりに伝承される物の怪みたいなもんだ。
 なんだか『カミサキ』がなまってミサキになったとかなんだとか。
 カミサキ、つまり神……精神を引き裂いて自分の仲間に引き入れるんだよ。」
「引き入れてどうするんだよ。」
「自分が成仏すんだよ。だから身代わり探してるみたいなもんだろうな。」
 にたぁと高峰は身を乗り出し笑う。
 だが三橋は話の不気味さというより不気味に笑う高峰の顔の気持ち悪さに顔をしかめた。
 あとなんか息が臭かった。
「いじめられっこが他の生贄差し出して自分だけ避難するようなもんか。」
「例えは悪いがそんな感じ。」
「最悪だな、そいつ。」
 そこまで話してカーンカーンとチャイムが鳴る。
 聞くや否や一斉に他の生徒たちは自分の席に向かう。
 どうやらHRの時間になったようだ。こちらへ来る教師の足音が聞こえる。
「そうだ。」
 高峰も自分の席に向かおうときびすを返したすぐ後、何かを思い出したようにまた三橋に向き直る。
「ミサキ様はブツブツ何かをつぶやいてるそうだぜ。
 うわさによると自分を成仏させるおまじないをずっとしてるようだ。」
「そうか。なら人を巻き込まず自分で解決しろよと説教してやりたいね。
 そら、さっさと帰れ。先公が来るぞ。」
 高峰のオカルト好きにも困ったもんだ。
 しっしっと手で友人を追い払うと椅子を引き姿勢を正した。


 夕暮れ時。
 長く伸びる影がどこか哀愁を漂わせる。
 部活動に入っていない三橋は本来ここまで遅い時間に帰ることは無いのだが、文化祭の準備でこうなってしまった。
 人通りのない路地。あるのは電柱くらいのものか。
 三橋は鼻歌を歌いながら赤い夕日に照らされた道を行く。
 ……歩きながら、ふと昼間に高峰の言った話を思い出す。
 ミサキ様。
「……あほらし。」
 そんなことはない。そう思い軽くため息をついたそのときだった。
「……?」
 路地の途中。壊れた地蔵がそこにあった。
 首がもげ地面に転がり、石の錫杖がはぜわれ、何も持たないもう片腕はその存在すら見当たらない。
 信心薄いとはいえ三橋にもその姿は見ていて気持ちの良いものではなかった。
 明らかに人為的にこうされたものに見えた。
「誰がこんなことしたんだろ……」
 とはいえそれをどうにかする術があるわけでもない。
 一瞥だけしてまた歩みを進め始めた。恐らく次の日には存在すら忘れているだろう。
 ……本来なら。

「……カカ……エイ……ワカ……」

 くぐもった声。
 薄気味悪い低い声。
 同時にコツンコツンと硬い音がする。
 少し寒気がした三橋だが気のせいだろうと思い更に歩みを進める。
 ……が。

「……カカカ……イ……ワカ……」

 確かに聞こえた。今度は聞き間違いではない。
 コツンコツンと音が聞こえる。
 その硬い音の正体が一本歯の下駄だと分かったのは、目の前に男が現れたからだ。
 時代錯誤の山伏姿。うつむき姿で、しかしゆっくりと歩きながらこちらに向かってくる。
 ……気味が悪い。
 三橋はきびすを返し別の道から帰ることにした。
 嫌なものをこれ以上見たくはないと思わんばかりに無意識と小走りになる。
 人気のない路地。
 十字路を曲がると……そこには山伏姿の男の姿。

「オン カカカ ミサンマエイ ソワカ。」

 男は顔を上げる。目と鼻が無く、異様に大きい口だけがギパァと牙をむき出しにして笑みを浮かべる。
 今度ははっきりと、何を言っているのか聞こえた。
「うわぁぁぁあああああああッ!!!」
 三橋は男を蹴り飛ばし今度は全速力で駆け出す。
 山伏男は尻餅をつくが、けしてひるんだ様子はない。
 駆け出す三橋を異様な笑みで、目鼻は無いのではあるがずっと顔を向けるだけである。
 三橋は本能で悟った。コレが高峰の言っていたミサキ様であると。
 高峰は何て言っていた!?生贄!?身代わり!?俺が!?
 よりによって俺が!?
 息を荒げながらも駆ける三橋だが、コツンコツンと下駄の音が聞こえる。
 コツンコツン。コツンコツン。
 自分は走っているのに、どうして歩く下駄の音が真後ろから聞こえる!?

「はぁ……はぁ、はぁ……」
 命からがら、といった様子で家に駆け込む。
 だが安心は出来なかった。
 聞こえるのだ。家の中に聞こえるよう。
 あの謎の言葉が。
「オン カカカ ミサンマエイ ソワカ。オン カカカ ミサンマエイ ソワカ。」
 まるで壊れたレコードのように何度も何度も。
 成仏のおまじないとかいったな!?しろよ、勝手に!俺を巻き込むな!!
 どうすれば良い、どうすれば良い!!
 頭をがりがり両手でかきむしると、何かをひらめいたのか台所へ駆け込む。
 取り出したのは、塩。
「ちくしょおおおおおお!!!」
 無理やり塩の袋を破るとあたりかまわず思い切り振りまいた。
 それでなんとか聞こえてくる声は落ち着いた。
 そこでようやく三橋は土足で家に上がりこんでいたことに気づくのであった。
「くそったれが……」
 思わず額を腕でぬぐう。びっしょりとぬれていた。
 全身たまのような汗が吹き出ていたようだ。


 オンカカカミサンマエイソワカ。
 元サンスクリット語で発音や区切りなど揺れが有る。
 地蔵菩薩の真言……呪文のようなもの。
 ネットで調べる限りその程度の情報しかない。
 肝心のミサキ様については地域の怪奇現象にしか過ぎないため情報がゼロ。
「使えねぇ……!」
 ドンッと机を叩き怒りをあらわにする。
 本棚、机、小さいころに買ってもらった土産用の木刀、ベッド。
 その程度しかもののないどこか殺風景な部屋の中、パソコンを前に今の今まで起きていた怪奇現象について調べる三橋。
 元々こういうオカルトに興味のない三橋ではあるのだが、こうして目の前の現実として起こったのなら話は別だ。
 特に今回は何故かは知らないがへんなものに目をつけられてしまっている。

 父は大阪へ三ヶ月の単身赴任、母はそれについていった。
 三橋はそれについていかず、コレは好機と自由気ままな生活を手に入れた。
 手に入れた、はずだった。
 今はその両親がとても恋しい。
 どうして両親についていかなかったのだろうか。とても悔やまれる。
 そうしていればこういうことにも巻き込まれずにすんだろうに。
「はぁ……」
 疲れたといわんばかりに椅子へもたれかかり天を仰ぐ。
 調べても何一つ期待する答えが出ない。
 ……もうこれ以上は無駄だ。
 そう思いパソコンの電源を切り、ベッドにダイブする。
 一期一会の心霊体験かもしれない。
 そうだ、そうに違いない。
 そう無理やり言い聞かせ何とか平静を取り戻す。
 取り戻した、はずだった。
 三橋がぐるりと寝転がり仰向けになる。

 ……いた。

 窓から、こちらを、覗いていた。
 目も鼻もない、その男は、自分のほうに顔を向けていた。
 三橋の部屋は二階だった。
 なのに男は、どうやってか、こちらを覗いていた。
「うわああああああ!!!!!!」
 三橋は木刀を手に取り急いで窓を開けると男の顔面にフルスイングする。
 肉がひしゃげる嫌な感触と共に男は吹っ飛ぶ。
 どうすれば良い、どうすれば良い!
 ターゲットにされた!狙いは俺だ!
 殺される!!殺される!!!
 三橋は木刀を持って台所に急いで向かい、他に塩と金だけ持って外へ走り出した。



「おい、三橋!いるんだろ、どうした!」
 担任の教師が三橋の家の玄関を叩く。
 インターホンを鳴らしたが反応はない。
 だが生活臭がないわけでないので三橋がいるだろうと思っての行動である。
「おい、おい!!三橋!!」
 再度叩く。
 ……すると、ゆっくりと扉が開く。
 中から出てきたのはげっそりとやつれた三橋の姿。
「み、三橋、どうしたそんな……」
「あんた、先公か……?」
 教師は三橋の姿を見て驚くが、玄関から見える家の中の様子を見てその異様さに再度驚く。
 壁という壁にべたべたと御札が貼られている。
 それだけでなく何かが暴れたかのように所々損壊している。
 どういうことだろうかと思ったその時に気づいた。
 三橋の手には木刀が握られている。これもまた御札だらけになっているではないか。
「あんた本物か?ミサキ様じゃないのか?ミサキさまなんだろ?
 もうやめてくれよ!もうたくさんだ!!どうして俺をこうも苦しめるんだ!やめてくれよ!」
「どうした三は……」
 教師が三橋に手を伸ばそうとしたときだった。
 三橋が叫びながら木刀を振り回す。
「やめろ、近づくな!!よしてくれ!!!もう俺にかまわないでくれ!!!
 狙うなら他の奴にしろよ!!!本当、頼むよ!!!」
「やめろ三橋!!」
「うあああああ!!!!」
 なおも木刀を振り回す三橋。
 教師はそれを見て彼を家から出すのをあきらめたのであった。

 三橋はあの日以後、ミサキ様の怪に悩まされ続けていた。
 ずっと聞こえ来る地蔵真言、ギパァと笑うその姿。
 追い出しても追い出しても、またその姿を現す。
 塩や御札は一応効きはするものの、所詮は一時しのぎ。
 時にはその木刀で叩きのめして何とかしていたのだ。
 もちろん学校になんて恐ろしくて行けやしない。
 誰にも相談できず、誰にも頼れず、そうして三橋は段々と磨り減っていった。



「今回は短期の入院となります。」
「えぇ、申し訳ありません。」
「心の病気は多くの方が患う病です。ご心配なさらず。」
 白い部屋の中。看護師と医師が三橋とその両親と同席する。

 あの後、彼の様子がおかしいということで教師が両親に連絡をした。
 そして一時帰宅した両親は家の様子を見て驚愕する。
 破壊されゴミなどが散乱し、壁中が御札だらけ。
 これは尋常ではないということで両親が即精神科に彼を連れて行ったのだ。
 診断は統合失調症。結果入院ということになった。
「今回の入院はあくまで合うお薬を調べるための入院です。
 隔離するとかそういったことではないですし、お薬が見つかればすぐに退院できますので。」
「先生、よろしくお願いします。」
 両親は医師に向かい深々と頭を下げた。
 とうの本人は意気消沈したといった感じでうつむいている。
 こうなることを予見していなかったわけでもない。
 そういうわけではないのだが、だがそうしなければ迫る身の危険に対処できなかった。

 案内された部屋は自分の元いた部屋以上に殺風景なところだった。
 白で塗りつぶされた部屋にベッドと机があるだけ。
 他に荷物は何も無く、もてあました時間をどう潰すかも検討がつかない。
 ひも状のものはだめ、鋭利なものもだめ、持ち込むものにも制限が多く両親も何を用いれれば良いのか悩むほどだった。
 実際にそれらは自殺防止のために禁止されている。
 だが三橋は死を免れんがために行動を起こしていたので、そういう制限かけられてもなと内心思った。
「はぁ……」
 とはいえここまで厳重ならば自分も安全かもしれない、そうも思った。

 夜。
 声が聞こえる。
 いつものあの声。地蔵真言。
 三橋は部屋の隅でがたがたと震える。
 今夜は大丈夫だと自分に言い聞かせる。
 精神病棟は自分が思った以上に厳重だ。トイレのときまで監視される。
 外側から部屋に鍵をかけられて内側からは決してあけられない。
 そもそも病棟に入るにしても二重にロックがかかりカードキーでしか空けられない上に中に鉄格子で敷居までされている。

 コツーン。コツーン。

 だから。
 大丈夫なはずだ。

「オン カカカ ミサンマエイ ソワカ。」

 絶対に。
 大丈夫なはずだ。

 コツーン。コツーン。

 入る術はない。
 だから、絶対に。
 部外者は立ち入れない。
 だから、絶対に。

 音も無く。ドアが開く。
 三橋はぎょっと顔を上げた。
 誰もいない。
 走ってドアから出て周りを見渡す。
 何もない。
 どういうことだ。
 何でドアが開いた。
 今は真夜中のはずだ。
 そういえば下駄の音が聞こえない。どういうことだ。
 どういうことだ。

 そして、彼の真後ろから、一言だけ、聞こえた。

「オン カカカ ミサンマエイ ソワカ。」





「ねぇ、知ってる?」
「何さー。」
「亡くなったんだって。」
「亡くなったって、誰が?」
「ほら、隣のクラスの三橋正道くん。」
「えーと、誰だっけ?」
「アレだよ、あのー、ちょっと気だるげにしてる……」
「あ、思い出した思い出した。何か入院したとかどうとか言ってた男子ね。……で、何で?」
「それがさー、超ホラー。
 病院で顔面かきむしって失血死。怖いねー。」
「……、ねぇ奈津。それ、朝からする話?」
「やだもー、そういう顔しないでよ、ゆずー。」

 朝の通学路。少女たちの会話。
 その壮絶な死に様も噂話の種にしかならない。
 苦悩も何も人に話すことが出来ず、いや出来たとしてもホラ話としか思われ無かっただろう。
 そうして少年は短い生涯を終えることとなった。
「噂じゃミサキ様の仕業だってさ。」
 眼鏡をかけた女子が、うんざりした様子の友人を気にせず目を輝かせながら話を続ける。
「ミサキ様?」
 怪我をしているのか頬に絆創膏をした少女が眼鏡の友人に問い返す。
 すると話題に乗ってくれたのがうれしかったのか眼鏡の少女は意気揚々と語り始めた。
「そう、ミサキ様!
 カミサキってのがなまったって言うのが由来らしくてね!
 地蔵菩薩真言ってのを唱えながら獲物を狙ってじわじわと嬲り殺すらしいよ!」
「じわじわって、どういう風に?」
「少しずつ恐怖を与えて精神崩壊させるんだって。
 それでボロッボロにした後に自分の呪いを移してそいつを仲間に引き入れるんだよ。
 で、呪いが解かれた自分はそのまま成仏出来るんだって。」
 それを聞いて絆創膏の少女はうへぇーと心底嫌そうな顔をする。
「やっぱり朝する話じゃないよ……」
「そっかなー。」
「そーだよ。」
 絆創膏の少女はふぅとため息をついた。
 それを覗き込みながら眼鏡の少女は楽しげに問う。
「ねぇ、ゆず。私がそういうのに取り憑かれたらどうする?」
「うーん、そうだねー……」
 口元に手を当てて空を仰ぎ見て数秒だけ考え込む。
 そして腕まくりをしてガッツポーズし笑いながらこう答えた。
「ゆずりはちゃんナックルを叩き込んで除霊するかな!」
「いえーい、ゆずゆず頼もしー!」

 実情を知っているのであればこうして笑いながら出来る話でもないのだが、さりとてそれを知る術はない。
 このように今回のこの犠牲となった少年の話も日常の噂話の中で風化していくのであった。




 木々のざわめく夜の山道。
 ろくに舗装されていない道を一台の車がライトで闇を切り裂く。
 大学の仲間とやっていたキャンプなのだが、どうにも夕食の材料に買い忘れがあったようで。
 こうして彼だけが貧乏くじを引いて買いに走らされる羽目になったのだ。
 でこぼこの道が車と運転手を縦に揺らす。
「あぁ、もう!」
 がたんがたんと音を鳴らしながら多少イラつきながら道を走らせている時のことだった。
 道の真ん中にボーっと立っている人影。
 どうやらうつむいているようだがよくは見えない。
 もしかして病気か何かか、それとも他に?
 彼は車を降り、その誰かの元に向かった。
 その人影はうつむきつつずっと何かを口にしている。
「あの、大丈夫ですか?」
 声を聞くやいなや、人影はゆっくりとこちらに向かって歩き始めた。
 寄れば寄るほど姿が段々はっきりと見えてくる。
 おかしい。
 よく見ると山伏のような姿で一本歯の下駄を履いている。
 少しずつこちらに向かいつつも、うつむきつつ何かをブツブツしゃべっている。
「あの、大丈夫です?」
 彼が山伏姿の何かの顔を覗き込んだ時のことだった。

「オン カカカ ミサンマエイ ソワカ。」

 それはギパァと。目鼻のない顔で。牙の生えた口で。異様な笑みを浮かべた。



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