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ライブハウスへようこそ

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耳鳴りが全く収まらない。

存在しないはずの蝉が鼓膜に張り付いて鳴り続けているようだ。
そもそも蝉は耳の中には入らないし、蝉も地面から地上へ這い上がり、
これから盛大に生を謳歌しようとしているのに人の耳の中へなんか
わざわざ入りたくはないと思う。
などとしょーもない妄想は本当にどうでもよくて。

なぜそうなったのか?

僕は彼女に誘われ、ガッチガチに緊張しながら生まれて初めて
ライブハウスという場所に訪れることになった。

結論から言うとそこはまさしく「異界」だった。

ここ数年、死んだら異世界へ行くとかいう設定の小説やマンガがやたら流行っているが、
まさか創作ファンタジーの世界じゃなく、
日常生活営む、現実世界の地下に存在しているとは思わなかった。
だから、わざわざ突然トラックに撥ねられなくても、
いきなり通り魔に殺されなくても、
神様がミスして事故を起こされなくても異世界へは行けるのだ。
と言っても大自然生い茂るぼんやりとした中世の世界観というわけではなく、
得体の知れない妖怪や怪物が住まう洞窟のような印象だ。

そして、そこで体験した演奏(?)によって僕の耳は見事にぶっ壊された。



学校からライブハウスまで向かう途中、しなやかな髪をなびかせながら、
彼女は色々と話してくれた。だが横顔をチラチラ見ることに精一杯な事と
微かに香る良い匂いにいちいち感動する事で忙しく、話の内容は入ってなかった。
一緒に歩いているというシチュエーションに浮かれながら、
とにかく彼女の思うがまま、話したいだけ話せるよう聞き役に徹していた。

今更だが、彼女の名前は「篠崎純子」
スポーツは大の苦手だが、頭が非常に良く。その美しい容姿から注目の的なのだが、
あまり自分から人と接することも無く、みんなもどこか遠慮して話しかけることもなく、
どこにいても自然と浮いてしまう不思議な雰囲気の謎の多い人だ。
だが、断片的に話をしている彼女を見ていると、
小柄で大人しそうな見た目とは裏腹にどこか意志の強さみたいなものを感じる。

ふと、足を止める彼女。

その横には見たことのない立て看板と、ちょうど真上を見上げると
何やら荒々しい文字が書いてある。どうやらライブハウスの名前らしい。
立て看板には今日出演するバンドの名前と時間と入場料金が手書きで書いてある。
そして、壁にはおびただしい数のフライヤーが所狭しと貼りまくっている。
どこまでも続きそうな底の見えない階段の壁にもそれは続いている。
普通のお店ならこういうのは綺麗に剥がされるものだが、
ライブハウスだけそれが許されている。

「到着。ここだよ」

彼女はそう言いながら少し笑う。その笑顔に全身全霊で癒されながらも、
それとは対極にあるライブハウスのどことなく入りづらい雰囲気に
ビビりまくっていた。正直、恐い。
彼女がいなければ、速攻立ち去りたい。マジで。
そんな僕の内心を全く知らないであろう彼女は立て看板をじっくり眺める。

「あ、今日ノイズデーだ」
「え?ノ…ノイズデー?」
「うん、とってもうるさい人達が沢山出ると思うから、気を付けた方が良いかもね」
「そうなんだ、ライブハウスだもんね」
「私の職場はね、スピーカーが他の所よりでっかくて音が大きいから
こういう人達が良く出るんだよね」
「へー(こういう人達…?)」
「さ、早く入ろ」

階段を下りる。ただそれだけなのに何だろうこの
何とも言えない不安と高揚感による高鳴り。
しばらく下りると、やたら頑丈そうな重々しい扉があり、
彼女はそれをうんしょ!と言いながら開けた。
6

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