◆四月二十二日・お昼休み
「おい、吸血鬼」
「ん、なんだ、この西洋かぶれな金髪の小僧っ子は」
「ご主人様、この殿方は竹内様の幼馴染でいらっしゃる、掛川 来栖(かけがわ くるす)様にございます」
「ほう、透クンの友人か。となれば、私にとっても大事な友人だな。よろしく頼むぞ」
「だれがよろしくするか、この化け物め! くらえ、聖なる十字架!」
「ぎゃ~~! な、な、いきなり何をする!」
「ご主人様、掛川様のご実家は、敬虔なる信徒の家系です」
「それを早く言わんか!」
「お前のような化け物に、親友をくれてやるわけにはいかん! ここで滅びろ!」
「ぐぬぬ、言わせておけば調子に乗りおって! 貴様のような小童に、易々とやられるほど柔ではないわ!」
「ならば、これでどうだ! 必殺の陽光フラッシュ!」
「説明しましょう、陽光フラッシュとは、掛川様のお持ちになっていた手鏡によって反射されたお日様の光の事でございます。良い子はマネせぬように」
「なんの! 闇魔法ダーク・ボディ!」
「なに!? 吸血鬼のくせに、陽光フラッシュを防いだだとぉ!?」
「説明しましょう、ダーク・ボディとは、自身の体を影で覆うことによって、陽光を防ぐ魔法でございます。しかしながら自分の顔も影で包んでしまうので、何も見えなくなってしまうという欠点があるのです」
「はっはっは、だが何も見えないおかげで、十字架も怖くないぞ!」
「くそっ、ならばこれだ! 聖なるろうそく!」
「あっつ! あっつ! 熱いわバカタレ!」
「熱く感じるのはお前が闇の者だからだ!」
「阿呆が! ろうそくを垂らされたら誰だって熱いわ!」
「果たしてそうかな!? おい竹内、黙って見てないで、こっちへこいよ」
「え、え、透クンもそこにいるのか!?」
「なんだよ来栖君、折角傍観者を決め込もうと思ってたのに」
「あああ、透クン! 透クンの声がする!」
「おい竹内、お前がやってみろ」
「え~、僕にそういう趣味はないんだけどなぁ……でもまあ、ちょっとだけ」
「え、え、あっ! ああっ! 透クンにろうそく垂らされてる! はあぁん!」
「ほうらどうだ! 神の信仰者である俺にやられるのと、無神論者の竹内とでは違うだろう! それこそが、お前が闇の者である証拠だ!」
「ぽたぽたぽた」
「あああっ、もっと、もっとぉ! 見えないけど、透クンからの愛を感じるぅ!!」
「……おい、竹内? もういいぞ?」
「ぽたぽたぽた」
「くううぅん! すごい、すごいよぉお!」
「お、おい吸血鬼、お前もそろそろ、抵抗するとか……」
「ぽたぽたぽた」
「はああぁぁん、ありがとうございましゅ! ありがとうございましゅぅ!」
「…………」
「…………掛川様、あちらでお茶でもいかがでしょうか」
「お、おう……」
「ぽたぽたぽた」
「んああ、そ、そんな所までぇ! あひぃぃぃ!」
※更新分
◆四月二十八日・放課後の美術室
「透クンは美術部だと聞いていたが」
「何が言いたいんですか?」
「いや、私に芸術のセンスがないせいか、君が何を描いているのか分からないのだよ」
「……みんな同じ物を描いているはずですが」
「え? だって他の者は、あの台に置いてある、人の顔の彫像を模写しているではないか」
「僕もそうですけど?」
「透クン、いくらなんでも私にだって、模写と抽象画の違いくらいは分かるぞ」
「……」
「……え?」
「……にんにく投げ! にんにく投げ!」
「痛い! 痛い! 臭い! 悪かった、私が悪かった!」
「美術部の部員が全員、絵が上手いとは限らないんですよ」
「そ、そうだな。全くもって、その通りだ」
「それで今日は珍しくお一人で、どういった用ですか?」
「いやだなぁ透クン、私の望みが何なのかなんて、もう分かっているだろう?」
「ですから、僕は吸血鬼になるつもりはありません」
「じゃあ逆に、どうしたら吸血鬼になってくれるんだ?」
「何をどう逆にしたら、そういう質問が出てくるのか分かりませんが……何をどうしても、吸血鬼にはなりません」
「むう……じゃ、じゃあ話題を変えよう」
「へえ、セレスさんがそれ以外の話題を用意しているんですか?」
「この国ではそろそろ、ゴールデン・ウィークとやらがあるそうじゃないか」
「ああ、ええ、まあ」
「テレビで見たぞ。所謂、お出かけのシーズンなのだろう? 君もどこかにいくのかな?」
「行くとしたらどうだと言うんです? ついてくるつもりですか?」
「ギクッ」
「分かり易すぎる図星の表現ですね。しかし残念な事に、うちは両親とも働いてますし、休みも最低限しかないようですので、どこかに出かける予定はありません」
「なんだ、そうなのか」
「それにご存知のように、僕はインドア派ですから……どこかに出かけるより、家でのんびりしている方が楽なんです」
「ふうむ……しかしインドア過ぎるのもどうかと思うぞ。君のその、しなやかなボディラインが崩れてしまう可能性が……」
「大きなお世話です。いや、むしろその方がセレスさんも諦めがついていいかもしれませんね」
「いやいやいや、そんなの駄目すぎる! そうだ透クン、それなら私の家に来てみないか? と言っても実家ではなく、日本での仮住まいの方だが」
「腹を空かした猛獣の檻に、自ら飛び込めと?」
「安心したまえ。君が我が家に来ている間は、世継ぎの話は一切せぬ事をここに誓おう」
「セレスさんの誓いにどれだけの価値があるのか、僕には分かりかねますが」
「うぐぅ……」
「……でもまあ、退屈しのぎにはなるかな」
「おっ? じゃあ来てくれるかな?」
「ええ」
「やったー! ようし、早速帰って準備せねば! ではな!」
「……ほんとに500年以上生きてるのかな、あの人……」
「透クンは美術部だと聞いていたが」
「何が言いたいんですか?」
「いや、私に芸術のセンスがないせいか、君が何を描いているのか分からないのだよ」
「……みんな同じ物を描いているはずですが」
「え? だって他の者は、あの台に置いてある、人の顔の彫像を模写しているではないか」
「僕もそうですけど?」
「透クン、いくらなんでも私にだって、模写と抽象画の違いくらいは分かるぞ」
「……」
「……え?」
「……にんにく投げ! にんにく投げ!」
「痛い! 痛い! 臭い! 悪かった、私が悪かった!」
「美術部の部員が全員、絵が上手いとは限らないんですよ」
「そ、そうだな。全くもって、その通りだ」
「それで今日は珍しくお一人で、どういった用ですか?」
「いやだなぁ透クン、私の望みが何なのかなんて、もう分かっているだろう?」
「ですから、僕は吸血鬼になるつもりはありません」
「じゃあ逆に、どうしたら吸血鬼になってくれるんだ?」
「何をどう逆にしたら、そういう質問が出てくるのか分かりませんが……何をどうしても、吸血鬼にはなりません」
「むう……じゃ、じゃあ話題を変えよう」
「へえ、セレスさんがそれ以外の話題を用意しているんですか?」
「この国ではそろそろ、ゴールデン・ウィークとやらがあるそうじゃないか」
「ああ、ええ、まあ」
「テレビで見たぞ。所謂、お出かけのシーズンなのだろう? 君もどこかにいくのかな?」
「行くとしたらどうだと言うんです? ついてくるつもりですか?」
「ギクッ」
「分かり易すぎる図星の表現ですね。しかし残念な事に、うちは両親とも働いてますし、休みも最低限しかないようですので、どこかに出かける予定はありません」
「なんだ、そうなのか」
「それにご存知のように、僕はインドア派ですから……どこかに出かけるより、家でのんびりしている方が楽なんです」
「ふうむ……しかしインドア過ぎるのもどうかと思うぞ。君のその、しなやかなボディラインが崩れてしまう可能性が……」
「大きなお世話です。いや、むしろその方がセレスさんも諦めがついていいかもしれませんね」
「いやいやいや、そんなの駄目すぎる! そうだ透クン、それなら私の家に来てみないか? と言っても実家ではなく、日本での仮住まいの方だが」
「腹を空かした猛獣の檻に、自ら飛び込めと?」
「安心したまえ。君が我が家に来ている間は、世継ぎの話は一切せぬ事をここに誓おう」
「セレスさんの誓いにどれだけの価値があるのか、僕には分かりかねますが」
「うぐぅ……」
「……でもまあ、退屈しのぎにはなるかな」
「おっ? じゃあ来てくれるかな?」
「ええ」
「やったー! ようし、早速帰って準備せねば! ではな!」
「……ほんとに500年以上生きてるのかな、あの人……」
◆五月一日・朝の山本邸
「ようこそいらっしゃいました。ここが日本での、ワタクシ達の仮住まいです」
「うわあ、すごいな。百年くらいタイムスリップしたみたいだ」
「ぐぬぬぬ」
「うぬぬぬ」
「……ご主人様、そういつまでも睨み合ってばかりいないで、お二人を中へお通ししてはどうでしょうか」
「なぜ貴様がいるのだ、掛川 来栖!」
「知れたことよ、友の身を守るためだ!」
「ぐぬぬぬ」
「うぬぬぬ」
「やれやれ。いいよフラムさん、二人はしばらく放置しておけば」
「そうですね。それではまず、このお屋敷の家主様にご挨拶しましょう。こちらへどうぞ」
「いやあ、僕も気になってたんだよね、このお屋敷の主がどんな人か」
「という事は、このお屋敷の存在は前から知っていたと?」
「そりゃそうだよ、ずっとこの街に住んでるんだもの。けど人の気配はなかったし、誰に聞いても詳しい事は知らないって言うし……ああ、でもこれでちょっと納得したよ。要するに、フラムさんやセレスさんみたいな、モンスターが住む家だったんだね」
「ええ、その通りでございます。ここだけでなく、世界各地にこのような、モンスターの隠れ家となる場所があるのです」
「なるほどねぇ……」
「ニャ~オ」
「お、黒猫だ」
「ああ、これはこれは鈴木様、おはようございます」
「マ~オ?」
「ええ、この方がセレス様のお世継ぎ候補であらせられる、竹内様です」
「ニャニャン」
「ん、え、この黒猫もまさか、モンスター……」
「にゃっは~、そのまさかにゃ~」
「あっ、女の人に化けた!」
「鈴木様は御覧頂いている通り、人間の女性のようでありながら、猫耳と二本の尻尾が特徴的な、ネコマタというモンスターでございます」
「ああ、ネコマタかぁ。いやほんと、ぱっと見には黒髪が綺麗な、人間の女性にしか見えないな。着ている浴衣はちょっと、はだけ過ぎてて目のやり場に困るけど」
「いやぁん、そんなに見つめられたら、ちょっと照れちゃうにゃ」
「あ、じゃあこの人がこのお屋敷の主?」
「残念、それは違うのにゃ。わっちもこの家の居候なのにゃ」
「鈴木様も山本様に御用ですか?」
「うん。ほらこれ、おいしいお蜜柑をもらったにゃ。だからお裾分けしようかなって」
「やや、お蜜柑ですと?」
「くふふ、安心するにゃ、フラムちゃんの分もあるにゃ」
「おお……あ、コホン。そうこうしている間に、山本様のお部屋の前に着きました」
「んん、なんだかちょっと、緊張するな」
「そんなに固くならなくても大丈夫にゃ。気楽に気楽に~、山本さん、入るにゃ~」
「……あれ、誰もいない?」
「……こっち」
「うわっ!?」
「にゃ~、山本さんも人が悪いにゃあ。背後から声をかけるなんて」
「……ごめん、なさい。ちょっと、お庭に出てたの」
「う、え、え? えっと?」
「はい、このお方が山本様。このお屋敷の主でございます」
「え、でも、まだ子供……」
「そう、見た目は子供、頭脳はおとにゃ、真実はいつも一つ!」
「鈴木様、それ以上は色々と、だめでございます」
「にゃん?」
「確かに山本様は、幼い少女の姿をしておられます。しかしながら恐らく、ご主人様に負けず劣らずの力をお持ちの、歴としたモンスターでございます」
「いわゆる、座敷わらしだにゃ。日本人なら皆知ってるはずだにゃ」
「あ、ああ! なるほど……」
「よろ、しく……」
「でもさすがは山本さんだにゃ。わっちよりも、人を驚かせるのが上手だにゃ」
「そんなつもり、なかった」
「透ちゃんの驚きっぷり、セレスちゃんにも見せたかったにゃ~」
「(見られなくてよかった)」
◆同日・昼の山本邸、セレスの部屋
「ようやく我が仮住まいを見せられたな」
「ご主人様がいつまでも掛川様と言い争っているからではありませんか」
「ふん、私はにんにくや十字架と同じくらい、聖職者が嫌いなのだ」
「誰もお前に好かれたいとは思ってねえよ!」
「なんだと小童!」
「はいはいはい、いい加減にしなよ二人とも」
「あぁん、透クンがそう言うならそうする♪」
「くそ、竹内に免じて許してやる」
「にゃ~、面白い子が増えてるにゃ~。それにしても透ちゃんはモテモテだにゃ。来栖ちゃんとセレスちゃん、両方に好かれてるにゃ」
「お、俺は別に! ただの幼馴染で……」
「どもらないでよ来栖君……なんか本当に、そういう目で見られている気がしてきた」
「ちちち、違うって! 俺はただ、お前が心配で……」
「おやおや、貴様も昔ながらの聖職者同様、禁欲の名目で背徳を得るタイプか、うん?」
「ああ? てめえ、違うと言ってるだろ!」
「ゴホン!」
「ひっ……ごめん、透クン」
「ぐぬぬ……」
「にゃはははは」
「っかし、それにしても……この街にこんな所があったとは。まるで妖怪の巣じゃねえか」
「巣という程、住んでないにゃ。セレスちゃん達が来るまでは、わっちと山本さんだけだったし」
「でも過去にはもっとたくさん、妖怪が住んでたんだろ?」
「そうらしいにゃ~。あの有名な、九尾の狐も住んでたって言うし……」
「九尾か、懐かしい名だな」
「にゃ? 知ってるのかセレスちゃん」
「昔、奴が寝ている間に毛を全部金色にしてやった事があってな。あの時はさすがに奴も怒り狂って、あわや妖怪大戦争に発展するかという所だったが……山本さんに仲裁されて、とりあえず治まったのだ」
「山本さんって、一体……あ、でももしかして、そのせいで九尾の狐は、金毛九尾って呼ばれるようになったとか?」
「詳しいじゃないか透クン。そう、その通り……つまり結果として、私のおかげで奴の名に箔がついたというわけだな」
「ふん。悪戯で他人の毛を勝手に染めるような奴、やっぱり信用できねえな。そうだろ竹内」
「え、でも君の髪の毛を最初に金髪にしたの、僕だよ?」
「えええ!? そうだったの? 俺、神様に選ばれたのかと思ったのに!」
「そんなわけないじゃないか。君ももう子供じゃないんだから、いい加減気付こうよ」
「そんな……そんな……」
「……あの」
「にゃ、山本さん、どうしたにゃ? そういえばさっきから姿が見えなかったけど」
「お昼ごはん、できた。フラムさん、運ぶの、手伝って?」
「分かりました」
「あっと、僕らも手伝うよ」
「ん……だめ。お客さんは、座ってて」
「そうだぞ透クン。その間に私の寝床でも案内しよう。なんだったら、クンカクンカしてもいいし」
「セレスさんじゃあるまいし、しないよそんな事」
「むふふ、でももうすでに、君は私の香りが染み付いたこの部屋に立ち入っているのだ。それはつまり、君の体内に私が入り込んでいるも同然だぞ?」
「にゃ~、とんでもなく変態チックな発言だにゃ」
「しかも、竹内以外の面子を度外視してるな」
「それにしても、住んでる所を見てみても、本当に吸血鬼らしくないよね、セレスさんって」
「む、なぜだ?」
「だって……まあ、部屋の造りはしょうがないにしても、テーブルには急須にお茶菓子、寝室にあるのだってベッドじゃなくて、お布団だし……」
「緑茶はおいしいし、畳の上のお布団は心地よいじゃないか」
「いやまあ、それはそうなんだろうけどさ」
「確かにちょっと、イメージ違うかにゃ」
「折角日本にいるのだから、日本の物を味わいたいのさ。実家に帰れば、恐らくは透クン達がイメージしている通りの城に住んでいるぞ」
「にゃにゃ~、それはちょっと見てみたいにゃ! きっと見たことない妖怪も一杯住んでいるに違いないにゃ」
「はははは、確かに昔は大勢いたな。まあ、今は私とフラムだけだが」
「はは~ん、どうせお前に人望がないから、皆逃げてっちまったんだろ」
「ふん、何とでも言うがいい」
「いやでも、フラムさんの存在も不思議なんだよね。だって吸血鬼のしもべって言ったら、コウモリとかでしょ? それなのに、スライムだなんて」
「ふむ……まあその辺は、他人の勝手なイメージと言うしかないが。しかしフラムをしもべにしたのだって10年前の話だからな。それ以前は長いこと、一人だったぞ」
「にゃ? 長いことって、どれくらい?」
「さあな……正確な期間は分からん」
「ふうん……」
◆同日・夕刻の山本邸、玄関前
「それじゃ、お邪魔しました」
「泊まっていってもよかったのに……勿論、透クンだけな」
「頼まれたって泊まらねえよ! 勿論、竹内も連れて帰る!」
「はいはいはい、帰り際にまでケンカしないでよ、みっともない」
「そうですよご主人様。日本のことわざに、終わりよければ全てよしというものがございます。お別れの時は、綺麗に締めましょう」
「むう……分かった分かった。おい金髪の小僧」
「ああ? つうか、小僧じゃねえっつの」
「……掛川よ。貴様も次に会う時まで、せいぜい息災でな」
「……きもっ!」
「きもいとは何だ貴様! 人が折角ちょっと、気を遣ってやったと言うのに!」
「にゃ~、これはもう、処置ナシだにゃ。放っておくのが一番だにゃ」
「左様でございますね……」
「また、来て、ね」
「にゃにゃ、そうにゃ。そんで次来る時は、わっちが歓迎するにゃ。美味しいお魚用意したげるにゃ」
「楽しみにしてます。それじゃ……ほら、来栖君。行くよ」
「ベーっだ」
「イーっだ」
「案外仲が良いのと違うかにゃ、この二人……」
◆同日・二人が去った後の山本邸、玄関前
「……行ってしまわれましたか。それにしてもご主人様、よく我慢なさいましたね。ワタクシ、いつ竹内様に襲い掛かるのではないかと、ヒヤヒヤしておりました」
「ふっ、私とて辛かったさ。本当ならすぐにでも、お布団に連れ込んで……もとい、無理矢理にでも吸血鬼に仕立てあげたかった所だ」
「なぜそうせぬのです? 掛川様が居たとは言え、ご主人様が本気を出せば容易く出し抜けたはずでず。それにそもそも、今までだってチャンスはあったはずでは?」
「貴様はまだまだ、この世の楽しみ方というものが分かっておらんな。欲しいものを手に入れる為に努力するのは、最高の暇つぶしになるのだぞ」
「はあ……申し訳ありません。ワタクシはまだご主人様のように、BBAではございませんので」
「一言多いわ!」
◆同日・二人の帰り道
「なあ、竹内」
「なあに?」
「お前もしかして、ちょっとアイツに気を許し始めてないか?」
「……どうしてそう思うんだい?」
「いや、だってよ。今日だって俺がついてくって言わなかったら、お前一人で行こうとしてただろ?」
「うん」
「あぶないっての。アイツは化け物だぞ? そりゃあ、話は通じるかもしれないけど、裏で何を考えてるのか……」
「ま、色々企んでるだろうね」
「それが分かってて、なんで誘いに乗るんだよ」
「面白いから」
「面白いってお前……」
「くくく……安心しなよ。僕は吸血鬼にはならないから」
「本当か?」
「だってその方が面白いもの」
「……はあ?」
「ようこそいらっしゃいました。ここが日本での、ワタクシ達の仮住まいです」
「うわあ、すごいな。百年くらいタイムスリップしたみたいだ」
「ぐぬぬぬ」
「うぬぬぬ」
「……ご主人様、そういつまでも睨み合ってばかりいないで、お二人を中へお通ししてはどうでしょうか」
「なぜ貴様がいるのだ、掛川 来栖!」
「知れたことよ、友の身を守るためだ!」
「ぐぬぬぬ」
「うぬぬぬ」
「やれやれ。いいよフラムさん、二人はしばらく放置しておけば」
「そうですね。それではまず、このお屋敷の家主様にご挨拶しましょう。こちらへどうぞ」
「いやあ、僕も気になってたんだよね、このお屋敷の主がどんな人か」
「という事は、このお屋敷の存在は前から知っていたと?」
「そりゃそうだよ、ずっとこの街に住んでるんだもの。けど人の気配はなかったし、誰に聞いても詳しい事は知らないって言うし……ああ、でもこれでちょっと納得したよ。要するに、フラムさんやセレスさんみたいな、モンスターが住む家だったんだね」
「ええ、その通りでございます。ここだけでなく、世界各地にこのような、モンスターの隠れ家となる場所があるのです」
「なるほどねぇ……」
「ニャ~オ」
「お、黒猫だ」
「ああ、これはこれは鈴木様、おはようございます」
「マ~オ?」
「ええ、この方がセレス様のお世継ぎ候補であらせられる、竹内様です」
「ニャニャン」
「ん、え、この黒猫もまさか、モンスター……」
「にゃっは~、そのまさかにゃ~」
「あっ、女の人に化けた!」
「鈴木様は御覧頂いている通り、人間の女性のようでありながら、猫耳と二本の尻尾が特徴的な、ネコマタというモンスターでございます」
「ああ、ネコマタかぁ。いやほんと、ぱっと見には黒髪が綺麗な、人間の女性にしか見えないな。着ている浴衣はちょっと、はだけ過ぎてて目のやり場に困るけど」
「いやぁん、そんなに見つめられたら、ちょっと照れちゃうにゃ」
「あ、じゃあこの人がこのお屋敷の主?」
「残念、それは違うのにゃ。わっちもこの家の居候なのにゃ」
「鈴木様も山本様に御用ですか?」
「うん。ほらこれ、おいしいお蜜柑をもらったにゃ。だからお裾分けしようかなって」
「やや、お蜜柑ですと?」
「くふふ、安心するにゃ、フラムちゃんの分もあるにゃ」
「おお……あ、コホン。そうこうしている間に、山本様のお部屋の前に着きました」
「んん、なんだかちょっと、緊張するな」
「そんなに固くならなくても大丈夫にゃ。気楽に気楽に~、山本さん、入るにゃ~」
「……あれ、誰もいない?」
「……こっち」
「うわっ!?」
「にゃ~、山本さんも人が悪いにゃあ。背後から声をかけるなんて」
「……ごめん、なさい。ちょっと、お庭に出てたの」
「う、え、え? えっと?」
「はい、このお方が山本様。このお屋敷の主でございます」
「え、でも、まだ子供……」
「そう、見た目は子供、頭脳はおとにゃ、真実はいつも一つ!」
「鈴木様、それ以上は色々と、だめでございます」
「にゃん?」
「確かに山本様は、幼い少女の姿をしておられます。しかしながら恐らく、ご主人様に負けず劣らずの力をお持ちの、歴としたモンスターでございます」
「いわゆる、座敷わらしだにゃ。日本人なら皆知ってるはずだにゃ」
「あ、ああ! なるほど……」
「よろ、しく……」
「でもさすがは山本さんだにゃ。わっちよりも、人を驚かせるのが上手だにゃ」
「そんなつもり、なかった」
「透ちゃんの驚きっぷり、セレスちゃんにも見せたかったにゃ~」
「(見られなくてよかった)」
◆同日・昼の山本邸、セレスの部屋
「ようやく我が仮住まいを見せられたな」
「ご主人様がいつまでも掛川様と言い争っているからではありませんか」
「ふん、私はにんにくや十字架と同じくらい、聖職者が嫌いなのだ」
「誰もお前に好かれたいとは思ってねえよ!」
「なんだと小童!」
「はいはいはい、いい加減にしなよ二人とも」
「あぁん、透クンがそう言うならそうする♪」
「くそ、竹内に免じて許してやる」
「にゃ~、面白い子が増えてるにゃ~。それにしても透ちゃんはモテモテだにゃ。来栖ちゃんとセレスちゃん、両方に好かれてるにゃ」
「お、俺は別に! ただの幼馴染で……」
「どもらないでよ来栖君……なんか本当に、そういう目で見られている気がしてきた」
「ちちち、違うって! 俺はただ、お前が心配で……」
「おやおや、貴様も昔ながらの聖職者同様、禁欲の名目で背徳を得るタイプか、うん?」
「ああ? てめえ、違うと言ってるだろ!」
「ゴホン!」
「ひっ……ごめん、透クン」
「ぐぬぬ……」
「にゃはははは」
「っかし、それにしても……この街にこんな所があったとは。まるで妖怪の巣じゃねえか」
「巣という程、住んでないにゃ。セレスちゃん達が来るまでは、わっちと山本さんだけだったし」
「でも過去にはもっとたくさん、妖怪が住んでたんだろ?」
「そうらしいにゃ~。あの有名な、九尾の狐も住んでたって言うし……」
「九尾か、懐かしい名だな」
「にゃ? 知ってるのかセレスちゃん」
「昔、奴が寝ている間に毛を全部金色にしてやった事があってな。あの時はさすがに奴も怒り狂って、あわや妖怪大戦争に発展するかという所だったが……山本さんに仲裁されて、とりあえず治まったのだ」
「山本さんって、一体……あ、でももしかして、そのせいで九尾の狐は、金毛九尾って呼ばれるようになったとか?」
「詳しいじゃないか透クン。そう、その通り……つまり結果として、私のおかげで奴の名に箔がついたというわけだな」
「ふん。悪戯で他人の毛を勝手に染めるような奴、やっぱり信用できねえな。そうだろ竹内」
「え、でも君の髪の毛を最初に金髪にしたの、僕だよ?」
「えええ!? そうだったの? 俺、神様に選ばれたのかと思ったのに!」
「そんなわけないじゃないか。君ももう子供じゃないんだから、いい加減気付こうよ」
「そんな……そんな……」
「……あの」
「にゃ、山本さん、どうしたにゃ? そういえばさっきから姿が見えなかったけど」
「お昼ごはん、できた。フラムさん、運ぶの、手伝って?」
「分かりました」
「あっと、僕らも手伝うよ」
「ん……だめ。お客さんは、座ってて」
「そうだぞ透クン。その間に私の寝床でも案内しよう。なんだったら、クンカクンカしてもいいし」
「セレスさんじゃあるまいし、しないよそんな事」
「むふふ、でももうすでに、君は私の香りが染み付いたこの部屋に立ち入っているのだ。それはつまり、君の体内に私が入り込んでいるも同然だぞ?」
「にゃ~、とんでもなく変態チックな発言だにゃ」
「しかも、竹内以外の面子を度外視してるな」
「それにしても、住んでる所を見てみても、本当に吸血鬼らしくないよね、セレスさんって」
「む、なぜだ?」
「だって……まあ、部屋の造りはしょうがないにしても、テーブルには急須にお茶菓子、寝室にあるのだってベッドじゃなくて、お布団だし……」
「緑茶はおいしいし、畳の上のお布団は心地よいじゃないか」
「いやまあ、それはそうなんだろうけどさ」
「確かにちょっと、イメージ違うかにゃ」
「折角日本にいるのだから、日本の物を味わいたいのさ。実家に帰れば、恐らくは透クン達がイメージしている通りの城に住んでいるぞ」
「にゃにゃ~、それはちょっと見てみたいにゃ! きっと見たことない妖怪も一杯住んでいるに違いないにゃ」
「はははは、確かに昔は大勢いたな。まあ、今は私とフラムだけだが」
「はは~ん、どうせお前に人望がないから、皆逃げてっちまったんだろ」
「ふん、何とでも言うがいい」
「いやでも、フラムさんの存在も不思議なんだよね。だって吸血鬼のしもべって言ったら、コウモリとかでしょ? それなのに、スライムだなんて」
「ふむ……まあその辺は、他人の勝手なイメージと言うしかないが。しかしフラムをしもべにしたのだって10年前の話だからな。それ以前は長いこと、一人だったぞ」
「にゃ? 長いことって、どれくらい?」
「さあな……正確な期間は分からん」
「ふうん……」
◆同日・夕刻の山本邸、玄関前
「それじゃ、お邪魔しました」
「泊まっていってもよかったのに……勿論、透クンだけな」
「頼まれたって泊まらねえよ! 勿論、竹内も連れて帰る!」
「はいはいはい、帰り際にまでケンカしないでよ、みっともない」
「そうですよご主人様。日本のことわざに、終わりよければ全てよしというものがございます。お別れの時は、綺麗に締めましょう」
「むう……分かった分かった。おい金髪の小僧」
「ああ? つうか、小僧じゃねえっつの」
「……掛川よ。貴様も次に会う時まで、せいぜい息災でな」
「……きもっ!」
「きもいとは何だ貴様! 人が折角ちょっと、気を遣ってやったと言うのに!」
「にゃ~、これはもう、処置ナシだにゃ。放っておくのが一番だにゃ」
「左様でございますね……」
「また、来て、ね」
「にゃにゃ、そうにゃ。そんで次来る時は、わっちが歓迎するにゃ。美味しいお魚用意したげるにゃ」
「楽しみにしてます。それじゃ……ほら、来栖君。行くよ」
「ベーっだ」
「イーっだ」
「案外仲が良いのと違うかにゃ、この二人……」
◆同日・二人が去った後の山本邸、玄関前
「……行ってしまわれましたか。それにしてもご主人様、よく我慢なさいましたね。ワタクシ、いつ竹内様に襲い掛かるのではないかと、ヒヤヒヤしておりました」
「ふっ、私とて辛かったさ。本当ならすぐにでも、お布団に連れ込んで……もとい、無理矢理にでも吸血鬼に仕立てあげたかった所だ」
「なぜそうせぬのです? 掛川様が居たとは言え、ご主人様が本気を出せば容易く出し抜けたはずでず。それにそもそも、今までだってチャンスはあったはずでは?」
「貴様はまだまだ、この世の楽しみ方というものが分かっておらんな。欲しいものを手に入れる為に努力するのは、最高の暇つぶしになるのだぞ」
「はあ……申し訳ありません。ワタクシはまだご主人様のように、BBAではございませんので」
「一言多いわ!」
◆同日・二人の帰り道
「なあ、竹内」
「なあに?」
「お前もしかして、ちょっとアイツに気を許し始めてないか?」
「……どうしてそう思うんだい?」
「いや、だってよ。今日だって俺がついてくって言わなかったら、お前一人で行こうとしてただろ?」
「うん」
「あぶないっての。アイツは化け物だぞ? そりゃあ、話は通じるかもしれないけど、裏で何を考えてるのか……」
「ま、色々企んでるだろうね」
「それが分かってて、なんで誘いに乗るんだよ」
「面白いから」
「面白いってお前……」
「くくく……安心しなよ。僕は吸血鬼にはならないから」
「本当か?」
「だってその方が面白いもの」
「……はあ?」
◆五月二十三日・某所
「――その話、マコトじゃな?」
「はい」
「ふ、ふふふふ……そうか、遂にあやつも、世継ぎを決める時が来たというワケか」
「しかし九尾様、何もここまで待たなくとも、吸血鬼の一人や二人……」
「たわけめ。あやつが普通の吸血鬼なら、言われなくともそうしておるわ」
「は……と、言いますと?」
「……ふん、お主にこれ以上の事を話しても詮無きこと。とにかく、あやつが狙っておるその少年の事を、もっと詳しく話すがよい」
「は……」
◆同日・中学校の体育館
「短パンから覗く太もも……躍動する筋肉……飛び散る汗……実にけしからん!」
「そう言いつつ、目に焼き付けようと必死ですね、ご主人様。さすがの変態っぷりでございます」
「それにしても、なんで最近の男子生徒はブルマを履かないのだ!」
「昔から履いてませんよ、多分」
「私がその辺の事を決める係りの偉い人だったら、男子は全員ブーメランパンツで体育をさせるのに!」
「喜ぶのはご主人様だけだと思いますが」
「ちなみに女子は全員、サウナスーツでも着ておくがよい。痩せたい痩せたい言っているのだから、ちょうど良かろう」
「これからの季節、沢山の女子生徒が倒れるでしょうね」
「きゃー! きゃー! がんばってー、竹内く~ん!」
「……しかし、随分と女子に人気があるじゃないか、透クンは」
「それはまあ、あのルックスですから」
「と言うかフラムよ。透クンはインドア派だと言ってなかったか?」
「ええまあ、当人もそう言ってましたね」
「それにしては……」
「また竹内君のスリーポイントが入った!」
「すごーい!」
「スポーツも得意みたいだな」
「所謂、何でも出来る人だったわけですね」
「うむ。益々気に入ったぞ。少々黄色い声援が耳障りではあるがな」
「……って言うか、おばさんさっきからうるさーい」
「ほんとー、ってか、不法侵入だよねー」
「……おいフラム。おばさんっていうのは私の事を言っているのか?」
「それはそうでしょう。この中で一番の年長者ですから」
「しかし、貴様も私をよくBBA呼ばわりするが、見た目的には私はまだ20代くらいのはずだぞ?」
「ワタクシの場合は精神的な部分を指しています。しかしながら彼女達の場合は、見た目の部分だと思います」
「どっちにしても失礼な話だが……」
「ちょっとー、何をぶつぶつ言ってんの~? さっさと出ていってよ、おばさん」
「大体、おばさんなのに竹内君に馴れ馴れしいのよねー」
「授業中にも勝手に入ってくるし、正直迷惑なんですけどー」
「……なんだろうな、フラム。この、イラッと来る感じは」
「とは言え、正論ではありますが」
「貴様はどっちの味方なのだ、まったく。あ~……おい女ども」
「女どもとか言われたー、このおばさん超失礼じゃない?」
「ってか、警察に通報しようよ。明らかにこのおばさん、不審者だしさぁ」
「……いちいち人をおばさん呼ばわりするな」
「だっておばさんじゃーん」
「おばさんじゃないつもりなんだー? 受けるー」
「……あのなぁ。私は不老不死だぞ? つまりいずれは、お前達の方がおばさんに相応しい容姿になるわけで」
「でも今は違うじゃーん」
「ってか、吸血鬼とか言ってるんだって、このおばさん。マジやばいよねー、頭おかしいんじゃない?」
「……(ぷるぷる)」
「ご主人様、ここは冷静に……」
「いい歳して、現実と空想の区別つかないの~? お・ば・さ・ん」
「……闇魔法、アブソリュート・カタストロフ!」
「なっ、ご主人様! 冷静に!」
「え、え、なに、地震~!?」
「ひっ、お、おばさんから何か、黒いのが!」
「きゃー! きゃー!」
「最早許すまじ! 塵も残さず消え去るがよいわ!」
「きゃー! きゃー!」
「ご主人様! ご主人様! だめです、そんな大魔法を使ったら、この国が消し飛びます! ご主人様!」
「ふははははは! はーっはっはっは!!」
「うるさい」
「はふん!」
「きゃー! きゃー! ……あ、あれ?」
「竹内君がおばさんにボールぶつけたら、治まった?」
「何をいきなり、日本を滅ぼそうとしてるんですか」
「う~……だ、だってこいつらが!」
「だってじゃないでしょ、まったく。大体、僕ごと殺すつもりですか」
「あ、それは安心してくれ。攻撃魔法には防御魔法もセットでついていて、任意の相手には影響が及ばないようになっていて――」
「ともかく、学校に来るのはいいけど、静かにしててくださいよ。ただでさえ最近、注目されすぎて鬱陶しいと思ってるのに……」
「うう……はぁ~い……」
「……た、助かりました、竹内様」
「大変だね、フラムさんも」
「ワタクシの苦労を分かっていただけるのは、竹内様だけです」
「お、おいフラム! そうやって時々、透クンと仲良さそうにするのやめろ! 羨ましいだろ!」
「そう思うなら、竹内様のご忠告どおりしてみたらいかがですか?」
「うっ……う?」
「? どうしました、ご主人様。突然外を見たりして」
「ん、いや、今何か、茶色い犬か猫みたいなのが通ったような気がして」
「誤魔化してもだめです。大体ご主人様は――クドクドクド」
「(くそう……フラムの奴め、ここぞとばかりにお説教しおって……帰ったらお仕置きだ)」
◆同日・体育館裏
「コンコン、確かに凄い力だ」
「しかし、その一方であの少年、セレスを手玉にとっているぞ」
「ただの世継ぎ候補ではない、という事か」
「あの少年にも何か力が?」
「それを利用し、勢力の拡大を目論んでおるのかもしれん」
「九尾様にご報告せねば」
「コンコン!」
「コンコン!」
「――その話、マコトじゃな?」
「はい」
「ふ、ふふふふ……そうか、遂にあやつも、世継ぎを決める時が来たというワケか」
「しかし九尾様、何もここまで待たなくとも、吸血鬼の一人や二人……」
「たわけめ。あやつが普通の吸血鬼なら、言われなくともそうしておるわ」
「は……と、言いますと?」
「……ふん、お主にこれ以上の事を話しても詮無きこと。とにかく、あやつが狙っておるその少年の事を、もっと詳しく話すがよい」
「は……」
◆同日・中学校の体育館
「短パンから覗く太もも……躍動する筋肉……飛び散る汗……実にけしからん!」
「そう言いつつ、目に焼き付けようと必死ですね、ご主人様。さすがの変態っぷりでございます」
「それにしても、なんで最近の男子生徒はブルマを履かないのだ!」
「昔から履いてませんよ、多分」
「私がその辺の事を決める係りの偉い人だったら、男子は全員ブーメランパンツで体育をさせるのに!」
「喜ぶのはご主人様だけだと思いますが」
「ちなみに女子は全員、サウナスーツでも着ておくがよい。痩せたい痩せたい言っているのだから、ちょうど良かろう」
「これからの季節、沢山の女子生徒が倒れるでしょうね」
「きゃー! きゃー! がんばってー、竹内く~ん!」
「……しかし、随分と女子に人気があるじゃないか、透クンは」
「それはまあ、あのルックスですから」
「と言うかフラムよ。透クンはインドア派だと言ってなかったか?」
「ええまあ、当人もそう言ってましたね」
「それにしては……」
「また竹内君のスリーポイントが入った!」
「すごーい!」
「スポーツも得意みたいだな」
「所謂、何でも出来る人だったわけですね」
「うむ。益々気に入ったぞ。少々黄色い声援が耳障りではあるがな」
「……って言うか、おばさんさっきからうるさーい」
「ほんとー、ってか、不法侵入だよねー」
「……おいフラム。おばさんっていうのは私の事を言っているのか?」
「それはそうでしょう。この中で一番の年長者ですから」
「しかし、貴様も私をよくBBA呼ばわりするが、見た目的には私はまだ20代くらいのはずだぞ?」
「ワタクシの場合は精神的な部分を指しています。しかしながら彼女達の場合は、見た目の部分だと思います」
「どっちにしても失礼な話だが……」
「ちょっとー、何をぶつぶつ言ってんの~? さっさと出ていってよ、おばさん」
「大体、おばさんなのに竹内君に馴れ馴れしいのよねー」
「授業中にも勝手に入ってくるし、正直迷惑なんですけどー」
「……なんだろうな、フラム。この、イラッと来る感じは」
「とは言え、正論ではありますが」
「貴様はどっちの味方なのだ、まったく。あ~……おい女ども」
「女どもとか言われたー、このおばさん超失礼じゃない?」
「ってか、警察に通報しようよ。明らかにこのおばさん、不審者だしさぁ」
「……いちいち人をおばさん呼ばわりするな」
「だっておばさんじゃーん」
「おばさんじゃないつもりなんだー? 受けるー」
「……あのなぁ。私は不老不死だぞ? つまりいずれは、お前達の方がおばさんに相応しい容姿になるわけで」
「でも今は違うじゃーん」
「ってか、吸血鬼とか言ってるんだって、このおばさん。マジやばいよねー、頭おかしいんじゃない?」
「……(ぷるぷる)」
「ご主人様、ここは冷静に……」
「いい歳して、現実と空想の区別つかないの~? お・ば・さ・ん」
「……闇魔法、アブソリュート・カタストロフ!」
「なっ、ご主人様! 冷静に!」
「え、え、なに、地震~!?」
「ひっ、お、おばさんから何か、黒いのが!」
「きゃー! きゃー!」
「最早許すまじ! 塵も残さず消え去るがよいわ!」
「きゃー! きゃー!」
「ご主人様! ご主人様! だめです、そんな大魔法を使ったら、この国が消し飛びます! ご主人様!」
「ふははははは! はーっはっはっは!!」
「うるさい」
「はふん!」
「きゃー! きゃー! ……あ、あれ?」
「竹内君がおばさんにボールぶつけたら、治まった?」
「何をいきなり、日本を滅ぼそうとしてるんですか」
「う~……だ、だってこいつらが!」
「だってじゃないでしょ、まったく。大体、僕ごと殺すつもりですか」
「あ、それは安心してくれ。攻撃魔法には防御魔法もセットでついていて、任意の相手には影響が及ばないようになっていて――」
「ともかく、学校に来るのはいいけど、静かにしててくださいよ。ただでさえ最近、注目されすぎて鬱陶しいと思ってるのに……」
「うう……はぁ~い……」
「……た、助かりました、竹内様」
「大変だね、フラムさんも」
「ワタクシの苦労を分かっていただけるのは、竹内様だけです」
「お、おいフラム! そうやって時々、透クンと仲良さそうにするのやめろ! 羨ましいだろ!」
「そう思うなら、竹内様のご忠告どおりしてみたらいかがですか?」
「うっ……う?」
「? どうしました、ご主人様。突然外を見たりして」
「ん、いや、今何か、茶色い犬か猫みたいなのが通ったような気がして」
「誤魔化してもだめです。大体ご主人様は――クドクドクド」
「(くそう……フラムの奴め、ここぞとばかりにお説教しおって……帰ったらお仕置きだ)」
◆同日・体育館裏
「コンコン、確かに凄い力だ」
「しかし、その一方であの少年、セレスを手玉にとっているぞ」
「ただの世継ぎ候補ではない、という事か」
「あの少年にも何か力が?」
「それを利用し、勢力の拡大を目論んでおるのかもしれん」
「九尾様にご報告せねば」
「コンコン!」
「コンコン!」