最初の地震が起きる少し前、マリアは山羊達によって安全な場所に運ばれていた。地震の揺れと山羊の走る振動を混同して呑気にそして器用に山羊の背の上で踊っていた。イエスは自慢の怪力で地震を止めようとしたがどうにもならなかった。その代わりに、助けられる人間を片っ端から救助していった。その中には執筆者ヨハネもいた。二人は再開を喜ぶ暇などなく、人命救助に奔走した。助けられる命もあれば助けられない命もあった。感謝の言葉を残す者もいれば、イエスが倒れた電柱を持ち上げたり、大人三人を同時に抱えて運ぶ姿に畏れを抱く者もいた。
「お前は何者だ?」と誰かが言った。
「イエス。あなたを助けました」とイエスは答えた。
「そもそもお前が壊したのではないか?」と誰かが言った。
その問いに答える前にイエスは次の人を助けに走り出していた。
イエスのような腕力も走力も持たないユダは逃げ惑っていた。トマスという男に絡まれてもいた。
「あんた達を追いかけて来たのは間違いだったのかもしれない。俺はあんた達の歌とギターと踊りをこの目で確かめに来たのに、あんた達は離れ離れで、最早誰もが歌どころではなくなってしまった」
至る所で橋は崩れ、ビルは倒れ、血が流れ出していた。
「お前の勝手な熱狂に俺を巻き込むな」とユダは答えた。
「あいつなら、今のお前があげているような怒鳴り散らす声も、恐怖のあまりにあげる悲鳴も歌と変えただろう。俺のギターなんてなくても、あいつならやってのけるだろう。人々がそう望むのなら。こんな状況でも人々があいつの歌を求めるのなら」
長く話すことに慣れていないユダは咳き込んだ。それは近くで上がった火の手から出た煙を少し吸い込んだからでもあった。
「あんたはどうなんだ」とトマスは訊ねた。
「こんな最悪な大災害の時に、まだギターを背負い続けているあんたはどうなんだ」とトマスは続けた。
マリアは園児達の避難が完了した幼稚園に辿り着いた。合奏途中で放り出された楽器達が転がっていた。その中の一つをマリアは拾い上げた。誰かの血が付着して赤く染まっていた。
イエスは救助活動を続けながら、瞬き一つの間に仮眠した。夢と現の混じり合う視界の片隅にマリアが見え隠れした。実際のマリアとは遠く隔たってしまっていた。
「またマリアの事を考えているのかい?」随行するヨハネが訊ねた。
「口に出していたかい?」とイエスは驚いた。
「君の思っている事は何となくわかるよ」とヨハネは答えた。「僕は君の事を書くのだから」
ユダは自分の背のギターに初めて気が付いた。無意識の内に何よりも大切に守っていたのだった。イエス達とはぐれてしまわないようにすることよりも、自分のギターの方が大事だったのか、と呆れた。そして一旦避難活動を止め、ギターを弾いた。闇雲にかき鳴らした。鳴らしている内に、曲を思い出した。
マリアは血の付いた楽器をシャランと鳴らした。タンバリンだった。
イエスは呟いた。「あの娘のことが好きなのは……」
三人はそれぞれ違う場所で、同時に、同じ曲を弾き、歌い、踊り始めた。
BLANKEY JET CITYの「赤いタンバリン」だった。