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「Ulysses」Franz Ferdinand

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動画はこちら
https://youtu.be/31sZ9xZr_Ew
ライブバージョン
https://youtu.be/EhpL9qMYE7w


※今回は備中高松城の戦いを舞台にした時代小説ですが、最新の史料に基き執筆しているために、通説とは違う部分もあるかと思います。ご了承下さい。

 天正十年(1582年)、備中高松城の城主、清水宗治は大量の書物の並ぶ書庫に入り思い悩んでいた。長期化しそうな籠城戦の最中にこそ、これまで積読していた本と向き合おうと思ったのである。それも大作と呼ばれる部類のものを。「大菩薩峠」「細雪」「死靈」、パラパラとめくりながら、どれにも決めきれないでいた。ようやく「ユリシーズ」に決めて自室に戻るも、ろくに読み進められない。読書を諦めて、代わりにフランツ・フェルディナンドの「Ulysses」を聴き、身体を揺らした。「私はユリシーズではないのだからな」と歌詞の真似をして呟いた。

 織田軍の中国方面先遣隊隊長である羽柴秀吉は焦り始めていた。攻め手の足を阻む沼城として名高い備中高松城に籠もるのは、毛利家の武将清水宗治率いる五千の軍勢である。対する秀吉軍は三万。大軍に包囲されている状況であるというのに、兵達は混乱も脱出もしていない。城内に潜ませた間者からの報告によれば、城主負担で全兵士の望むサブスクリプションサービスを提供させており、音楽や動画や電子書籍を兵達は大いに楽しんでいるという。籠城戦(ステイホーム)を考慮した戦略といえよう。最新の研究結果、

https://neetsha.jp/inside/comic.php?id=21721&story=39

から明らかなように、好きな作品に触れると人々はストレスが軽減され、心だけでなく身体の栄養をも摂れる。少ない食料でも働ける。サブスク作戦で限られた食料の節約と士気向上に成功している相手と違い、秀吉軍は数が多いだけに維持費も膨大となる。無理やり攻め込んでも城からの射撃で味方は削られた。間者の幾人かは既に連絡が途絶えていた。きっと城内で楽しく過ごしているのだろう。

 秀吉、弟の秀長、黒田孝高、蜂須賀正勝など、秀吉麾下の限られた者を集めて、密かに軍議が行われた。優しすぎる性格の秀長は、初めから嫌な予感がしていた。
「一刻の猶予もない」と秀吉が切り出した。
「高松城のネット環境を断つ為に、電力の供給を止めさせる。各電力会社に今通達した」
「なりませぬ、殿。何故ネットだけでなく電力まで。夜中に赤ん坊がいつ起き出してミルクを欲しがってもいいように、電気ポットでいつでも給湯出来るようにしておく。空気清浄機や、夜中に勉強する受験生の為にも、電力は必要です。敵のネット環境憎しでライフラインを絶つなど、後世で何と罵倒される事になるか」
「正史には水攻めでもして城を湖に沈めたとか何とか書いておけばええ」
「殿の考える事ではござらん。大方佐吉(後の石田三成)の入れ知恵でしょうが」古参の蜂須賀正勝が眉間に皺を寄せる。
「何とでも言うがええ。これを見ろ」
 秀吉がスマホの画面を皆に見せた。表示されたtwitterのタイムライン上に、主君である織田信長のメッセージが表示されている。
「みっちゃん(明智光秀)、謀反」
 信長に付き従う森蘭丸が撮影したと思われる、炎上する本能寺の中で「敦盛」を舞う信長の動画を最後に、呟きは途切れた。秀吉他ごく限られた者しか閲覧を許可されていない信長のアカウントは、主君の死を報せていた。
 息を呑む一同を眺めた後で秀吉は下知した。
「一刻も早くこの戦を終わらせ、明智を討つ。その為なら後世の誹りなど何ほどとも思わぬ」
 最後に秀吉は秀長の耳にそっと耳打ちした。
「そもそもこの時代に電気は通っておらぬ」

 それを言っちゃあおしまいだろという秀吉の台詞の直後、高松城の電力は絶たれた。暗闇の中でスマホを眺めていた清水軍は、スマホの充電が切れるまでは、ダウンロードしたコンテンツなどを楽しんだ。しかし充電が切れた後で皆、残り少ない食料と、城の周囲を取り囲む秀吉軍という現実に向き合う事となった。毛利軍本体の援軍はまだ高松城には辿り着けないでいた。

 サブスクにより抑えられていた恐怖と現実は、兵士達を狂わせた。城下は大混乱に陥り、もう動かないスマホの画面をいじり続ける者、急に筋トレを始める者、蛍の光で受験勉強に励む者などが現れた。宗治の決断は早かった。自らの命と引き換えに兵士の助命を条件に、秀吉に降伏した。あれやこれやの手続きに忙しく、結局「ユリシーズ」は読めないままでいた。

 宗治の最期の言葉はこう伝えられている。介錯を受け持った國府市正との会話を、秀長は聞き取っていた。
「貴殿はユリシーズを知っているか?」
「いい曲ですよね」
「貴殿とはいい友人になれたかもしれんな」
「死ぬまでお供しますよ」
 腹に刀を突き立てた宗治の首を落とした後、市正自身も自害したという。

 辻褄を付ける為に後日実際に水没させた高松城内の書庫では、結局誰にも読まれなかった「ユリシーズ」が泳ぎ出し、川へ流れ、やがて大海へと旅立った。


(了)
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