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「Don't Look Back In Anger」Oasis

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動画はこちら
https://youtu.be/r8OipmKFDeM



 涙を拭いても鼻水が溢れた。

 電車を降りてから会社までの道のりでOASIS「Don’t Look Back In Anger」をリピートで聴いた。今年二度目のぎっくり腰をやり、回復の途上にある。杖代わりの黒い雨傘で地面を突きながら歩く。もうだいぶ苦痛なく歩けるようになっていたので、日傘として使う。山が近いので夜にはカブトムシの飛ぶ駅のホームを歩く。腰をかばいつつ少し踊るような足取りで。出来れば手の動きも添えたかったが、まだ社会人、と自分を戒めた。

「ルックバック」の中で、初めて京本家を訪ねた際の、雨の中で小躍りする藤野の真似をしたかったのだ。
 あいにくの酷暑で陽射しが人々を焼き殺そうとしていた。

 藤本タツキの短編漫画「ルックバック」を読んだ。
 OASIS「Don't Look Back In Anger」を聴いた。
 数日前に会社に辞意を告げた。
 二週間前にRSウィルス(幼児に流行する風邪の一種)による症状の悪化で入院していた、息子の健三郎は現在部屋の中で風船を蹴り飛ばしサッカー的な遊びをしている。尻で風船を踏んで転んでしまっても泣きもせず、また風船を蹴り飛ばしている。

「Don't Look Back In Anger」のリード・ボーカルはリアムではなくノエル・ギャラガーが担当している。だから声があまり眠そうではない。

 2017年5月22日、イギリスのマンチェスターで行われたアリアナ・グランデのライブ会場で自爆テロが起こり、死者22人、負傷者59人の被害者が出た。
 その追悼集会の折に、一人の女性がOASIS「Don't Look Back In Anger」を歌い始め、会場に波及していく。

https://youtu.be/ZT8sJuLjx7Y

 マンチェスターはOASISのメンバーの出身地であった。

So Sally can wait, she knows its too late
As were walking on by

Her soul slides away, but don't look back in anger
I heard you say


 昔、上長に毎日怒られていた時期があった。
 ほとんどスルーしていた。
 怒られながら、パソコンの画面上に表示されている、次の仕事の情報が気になり、直接上長に尋ねもした。それでまた怒られた。
「さっさとどっか行け!」と怒鳴られて、軽やかにスキップのような足取りで立ち去ると、どうもさらに怒っていたらしい。
 あとは今書いてる小説の事など考えていた。
「どうせろくに人の話聞いてないんだろ」と言われて、「大体スルーしてます」と言って更に怒られた。
 最近ふと気が付いた。
 あれは周囲への示しとか、怒っているポーズだとかではなく、本気で怒っていたんじゃないか、と。
 どれだけ怒っても気にしていない人間が視界に入るだけでいらついてたんじゃないか、と。
 当時を知る同僚にその事を告げると、「今頃気が付いたんですか? どういう神経してるんですか?」と呆れられた。
 まあまあ。
 サリーも言ってる気がする。
「怒りにとらわれないで」と。
 歌詞に出てくるサリーという女性は存在せず、ノエルが適当に歌っていたのをリアムが気に入り、歌詞にしたのだという。

 怒られていた内容は忘れた。
 
 何を書こうか。
 日傘はいい。私が差したのは黒い雨傘だけど。直射日光を浴びないだけで、体力の消耗が大きく抑えられる。想像してほしい。私たちには肉がある。たとえば豚のバラ肉をむき出しで持ち、炎天下を歩く。そんな肉を食べたいとは思わないだろう。死んだ肉と違って私たちは生きているから、そうすぐには腐らないが、ダメージは受ける。日影の中にいるだけで、ダメージはかなり軽減される。
 といった事だとか。

 既に大勢に指摘されているけれど、漫画「ルックバック」の中には「don't look back in anger」という言葉が隠されているとか。

 思い切ってノートパソコンを買った。
 Excelもサクサク動くやつなので、とりあえず娘向けの漢字教材とか自作してみた。
 スマホと違ってキーボードで素早くタイピング出来る。
 私がノートパソコンを使っていると、息子の健三郎が昔の電子辞書を持ってきて、「これちっちゃい! それおっきい!」とはしゃいでいる。
 案の定横からキーボードをカチカチとやる。

 そんな事とか。
 何でも書ける気がするし。
 気がするだけの気もする。

 職場全体が緊迫していたある日の事。隣の部署の係長(元後輩)の元に私は厳しい顔つきをぶら下げて歩み寄った。
「ジャンプ+に藤本タツキの新作読み切り載ってたぞ」
「チェンソーマンの人ですよね」
 一番やばい時に真剣な表情で私たちが話し合うのは、大体漫画かアニメの話だ。
「ユニコーン(ガンダム)は八話くらいで止まってる。何だかもう続きものを観る体力がない」
「おっさんですよね」
「昨日風呂場で鏡見た時に、一瞬佐藤浩市がいた」
「目玉にアルコール噴霧してください、泥さん」

 そんな日々も、もう長くは続かない。
 
 最近、姉の真似をして健三郎がSystem Of A Down「I-E-A-I-A-I-O」を口ずさんでいる。
 やはり弟の方がやんちゃに育つ。歌うのは構わないが、素行がリアム・ギャラガーのようにはなってくれないことを祈る。
 
 休憩時間に「ルックバック」二回目を読む。
 鼻水が、出る。

(了)




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