動画はこちら
https://youtu.be/tgHXXfiPLck
ライブ版
https://youtu.be/eTzKD7AIjII
夏の終わりが近付き、最後の祭りが始まる。聞こえてくる下手なお囃子は、きっと近所の誰かが無理に頼まれて練習したものだろう。町中の家から人々が解き放たれ、会場である町で一番大きな小学校に夢遊病者のようにぞろぞろと入っていく。大きな蛾を避けた浴衣姿の若い女性は、避けた足の爪先で大きなセミを踏み潰した。
お祭りに 行こうよ
花火が上がって とても綺麗だよ
僕たちの名も無い この町にも お祭りはあるんだよ
どこからともなく聴こえてくる
お囃子はとても下手だね
きっと誰か近所の人が頼まれて
練習をした結果なんだろう
ピンクに塗られたヒヨコは とても哀れで
アイスクリームを落として 泣いてる子供はマヌケで
お祭りだよ お祭りだよ 夜店が出るよ
役に立ちそうなモノは一つも無いよ
子どもたちを連れて祭りに出かける。ここ数年は出来なかったことだ。何もかもが中止になり、すっかり夏も変わってしまった。今宵ばかりは全てなかったかのように、昔通りの賑わいを見せている。密集して密着して抱き合って。誰かれ構わずキスを迫るフラフラした男が袋叩きにあっている。まだ明るいうちから花火が上がり、昼の光に溶けて消える。
校門で配布されたパンフレットを見ると、大トリの美空ひばりの前に忌野清志郎や萩原健一が名前を連ねている。夕焼けが沈み切る前に上田現のステージが始まり、現況を表すように「お祭り」が歌われる。
上田現は日本のスカ・ロックバンドLA-PPISCHの元メンバーのキーボード奏者で、歌も歌う。元ちとせ「ワダツミの木」の作詞・作曲者でもある。
買ってもすぐに壊れるおもちゃを子どもらに買う。何を観ても珍しいのか、三歳の息子が迷子になりたがるかのようにあちこちふらふらしている。かき氷はマンゴー味を選ぶ。どのシロップもただの色違いで味は同じなんじゃないか。娘は「そんなことないよ。パパは夢でも見てるんじゃないの」と言う。上田現は「コリアンドル」「北京の蝶」と歌う。そのどれもの背後でまだ「お祭り」を歌ってるような気配がある。誰かにぶつかられて転んだ息子が妻に抱きかかえられてべそをかいている。酔っ払いたちがこぼしていくビールが大気に混ざって、息をするだけで少し酔う。
もう何時間も何週間もお祭り会場にいる気になっているのに、まだ日は落ちきらず、上田現は歌い続けている。娘はもうすっかり覚えてしまって、合いの手など入れている。意外と近くで花火の音が鳴るが花火は見えない。そんな内田百閒の小説があった。
浴衣姿の女たちと半裸の男たちが上田現の鳴らすキーボードの音色と歌声に合わせてゆらゆらと踊り始める。何年もそうしてきたかのように。何年もそうし続けるかのように。
うながすまでもなく、子どもたちは既に踊りの輪の中に入っている。うまく踊れる気がしない私は輪の外で妻と待ち、「お祭り」を口ずさむ。蒸し暑さが増していく。
まだ日は落ちない。
お祭りは終わらない。
(了)
上田現特番1
https://youtu.be/hyUwVbVL6JM
2
https://youtu.be/CIjpWazBWsk