トップに戻る

<< 前 次 >>

「CALL ME」吉井和哉

単ページ   最大化   

動画はこちら
https://www.youtube.com/watch?v=4N6XQmnpqYY

ライブ版
https://www.youtube.com/watch?v=uSjYhvhlaRw

「コロナで急に人員が抜ける緊急事態になれば、会社に籍がある十月いっぱいまでなら、呼んでくれたら出勤するから」
 出社最終日、そう言い残して会社を去ったのが九月半ば。引き継ぎが完全に出来た自信もないので、十月の終わりまでは、いつ会社から電話がかかってくるかと思いながら過ごした。
 結果、一度も連絡はなく。
 むしろ十一月の頭、会社から届き始めた書類について、こちらから電話をかけたくらいだった。
 困った時にはいつでも呼んでくれ、と言ったものの、全く呼ばれず、気恥ずかしいものが残った。
 十月三十一日、足掛け十一年いた会社の在籍最終日、とは言っても有給消化してるだけなので出社する必要もなかった一日は、義父の葬儀へと旅立つ妻と娘を見送ってバタバタと過ぎた。その後も、息子の咳から始まった一家全滅の体調不良状態(コロナではない)で、感傷に浸るどころか、やるべきこともまだ半分ほどしか出来ていないような状態である。


オレでよけりゃ必要としてくれ
Call me call me
電話一本でいつでも呼んでくれ
後悔ないようにしておくぜ


 咳しながらも、少しでも体力が回復すれば健三郎は遊び出した。そもそも私は主夫生活になってから、毎週末体調を崩して寝込んでいた。子どもたちの遊びに全力に付き合ったり、当初思い描いていた今後の見通しが甘すぎて、不安で落ち着かなかったりする心が身体にも影響を及ぼした。妻の休みの土日に一気に気が緩んで、倒れた。

 自分から辞めたくせに、「必要とされてなかったんだな」とうじうじ思い悩んだ。思い出したくない顔ばかり思い出し、仲の良かった人たち、顔を合わせば楽しい気分になった人たちの中には、名前すら忘れてしまっていた人までいた。


枝切られる 枝切られる
都会では両手を伸ばせない
だから何を抱いていいのか
わからなくなることがあるんだ
"人間的"とは何かな
答えの数が世の中の形


 二日間寝込んだ私を、家族は気遣ってくれた。前日まで一日中私にべったりだった健三郎の笑い声が、ドアの向こうから聞こえてきた。昼間寝すぎて、夜中の三時に目が覚めた。眠れずに本を読んでいた。文月悠光「臆病な詩人、街へ出る」。私が詩を書いていた2006~2009年ごろに、詩人の賞を総舐めにしていた女子高生が、大人になっても書き続けていた。始めは親戚のおじさんのような視点で読み始めた本も、いつしか著者の戦いの記録として心に刻まれていった。私が創作から離れていた間も、私以外の人は書き続けていた。
noteに書いた感想
https://note.com/dorobe56/n/n5b3815665087


 私が仕事を辞めてからも、職場では誰もが働き続けている。私が寝込んでも、子どもたちは遊んでいる。

 私はいるのか。私はいたのか。私は必要とされていたのか。されていなかったのか。呼ぶ声が聞こえない。呼ばれる名前も持っていない。コール・ミー、コール・ミー?


何年過ぎても同じさ 人が人の上を目指し
何年先でも同じさ
「I love you」「I love you」が灰になる


 どこへ向かってか分からない文章を書き続ける。
 同僚に頼まれていた文章も書かずじまいで、十月末に送る予定だった公募の小説は、構想していた新作ではなく、旧作を大幅に改稿して(過去に公募に出したわけではない)お茶を濁した。せめてもの生きた証として、noteに毎日のように何かを書き残していく。Twitterで俳句を詠んでいく。誰かが評価してくれる。私は私の書いたものの中にしかいない。

 娘のココがいつのまにか何でもなかったかのように、学校に行き始めている。送り迎えが必要だし、一日の最後までいるわけでもないが、もう二度と学校に行けないのじゃないか、というような状況ではなくなっている。そのうち私の庇護など必要とされなくなっていく。私が必要とされる場面が次々と消え失せていく。

 賑やかな家の中でノートパソコンに向かってこの文章を書いている。ココと健三郎が遊んでいる。テレビに繋げたYou Tubeで吉井和哉を流す。妻がシチューを作っている。長引いた風邪も皆そろそろマシになってきたようで、咳の音が途切れている。
 いつのまにかイエローモンキーが「JAM」を歌っている。「暗い部屋で一人 テレビはつけたまま 僕は震えている 何か始めようと」と。明るい部屋の中で四人、テレビはつけたままで、私は震えずに何かしら書いている。

 それ終わったらBON JOVI流して、と妻が言うので、「This house is not for sale」を流す。この家は売り物じゃない。借り物だ。とジョンが歌っている。健三郎が遊び疲れて一息ついてタブレットを見始める。ココが「パパ、パソコン止めて遊んで」と呼んでくれた。流れるBON JOVIをバックに、ロックな衣装に身を包んだバービー人形に惚れる、ルパン三世役を、ハルト君(リカちゃんのボーイフレンド)で演じる。ややこしい状況である。


恋に罪に欲に胸に花に水に風に雲に空に星に
永遠に 永遠に 永遠に CALL ME


(了)
130

泥辺五郎 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

<< 前 次 >>

トップに戻る