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「言葉の果てに雨が降る」Hermann H.&The Pacemakers

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動画はこちら
https://www.youtube.com/watch?v=R-T6CLzrqhk


 手持ちの銃弾が残り少なかったことを、下手に撃った後で思い出した。逃げたのが狸か山鳥かの区別も最早怪しかった。そういえば昨年の暮れに猟師引退宣言したことを思い出した。その後獣の足取りをまともに追えぬまま、残り少ない弾も戯れに木の実を撃つのに使った。かつての狩場であった森も、今や年老いた猟師もどきが徘徊する安全な場所となってしまったようだ。湿った地面に寝転がると、葉の隙間から覗く遥か遠くの空を、巨大な鳥が飛んでいくのが見えた。鳥が連れてきたように灰色の雲が空を覆い、雨が降り出した。濡れるのも構わず身を横たえて眠った。そのまま息絶えても構わなかった。そう遠くない所から、同じような身の上らしき獣達の寝息が、雨音の隙間から漏れ聞こえてきた。

 四季は滅びた。地上には冬しかなくなり、夜空に輝く星座も半数ほどになった。
 歳時記が過去の遺物となってからも、冬の句を詠み続ける俳人が宇宙にもいる。地球から離れても、どの国の言語を用いようとも、言葉による表現と創作意欲からは逃れられない。戯れにスペース・デブリを繋げて、かつて空に君臨していた星座の形をなぞってみる。巨大なモニュメントとなったそれを大気圏に蹴り落とす。「季は滅びデブリ繋げて冬北斗」デブリ屋が一句詠む。
 元々の星座のことを知らない現在の子供達も、空に流れる北斗七星に一時見惚れた。しかしすぐに彼らを脅かす冬の寒さと、凍るような雨から身を守る為に、美しい光景のことを忘れた。

 冬空を翔ぶ鳥の半数は既に絶命している。寿命で、または凍てついた風に羽根と命を凍らされて。堕ちることが出来ずに翔び続けている。溶けることが出来ずに浮かんでいる。槍のように長く尖った雨が降れば、生命のない鳥を貫いていくのでそれと知れる。硬い雨を弾ける強さは絶命鳥にはない。
 雨が降る。凍てついた空から硬い雨が降る。地面を、人を、言葉を貫く雨が降る。抵抗できない人々が貫かれて流れるのは血ではなく、氷が溶けた水ばかりだ。始めから血など流れていなかったのだ。始めから生命などなかったのだ。

 冬の海が凪いでいる。海水が昨日から動いていない。沖に浮かんでいる物も変わらない。昨日冷たい海に泳ぎ出て、凍え死んだはずの少年が、変わらぬ姿でそこにいる。こちらに向けて手を振っている。目を合わせずに手だけを振る。引き込まれてしまえば、海の冷たさではなく、固まった海の硬さに殺されてしまいそうだ。
 雨が降ってきた。硬い海に跳ね返されて雨が空に戻っていく。凍らされて空へ帰っていく。絶命鳥を貫いていく。墜落中の宇宙船を空へ跳ね返していく。凍りついた雨はまたどこかの地面へと辿り着き、砕ける時に人の言葉のような音を立てる。その音で目覚める年老いた猟師がいる。凍死する前に彼は目覚めて、家に帰ることを思い出す。顔には溶けた雨が涙のように貼り付いている。


瞳は空を吸い込んで
涙の色は水色に
言葉の果てに雨が降る
言葉の果てに雨が降る
空から落ちる雨はまるで
瞳を滑る
涙のよう

(了)
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