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「いとしのエリー」サザンオールスターズ

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動画はこちら
https://www.youtube.com/watch?v=htMGeeLObNM


※以下の内容に藤本タツキ(長門は俺)先生の読み切り漫画「さよなら絵梨」のネタバレが含まれております。
https://shonenjumpplus.com/episode/3269754496858728104



 健三郎は泣いていた。
 制服購入の時も。
 入園前健康診断の時も。
 もちろん入園式でも。
 登園開始日には号泣して、隣の部屋でPTA役員を決める話し合いをしていた私の所に、何度も走ってきた。私が帰る際には、「絶対一緒に帰る!」と訴える目で私を見つめていた。担任の先生に抱きかかえられながら。

 妻の勤め先と提携している保育園。
 年齢的にそこを出なければならなくなったので、去年通った認定こども園。
 結局そこから転園しての、姉のココが通っていた公立幼稚園。
 共同生活の場は三つ目となる為、何の問題もなく入り込んでいけるだろうと思ったら、これまでにはない強い拒否反応に面食らった。

 昨年の認定こども園入園式の様子。
「Thunderstruck」AC/DC
https://neetsha.jp/inside/comic.php?id=21721&story=106

 体育授業参観のことに少し触れている。
「空はまるで」Monkey Magic
https://neetsha.jp/inside/comic.php?id=21721&story=127


 認定こども園「レッド・ツェッペリン」から帰る時、健三郎から笑顔が消えていたのは、秋頃からだろうか。帰宅後の食欲が旺盛だったのは、出された給食をあまり食べようとしなかったからだった。姉に似て、というよりいくつかのことで姉を大きく上回る特質を持つ健三郎は、一年通っても頑なに食べたくないものを食べようとはしなかった。

 転園した市立幼稚園「レッド・ホット・チリ・ペッパーズ」は登園時間が九時~九時十分の間なので、八時から預けられた「レッド・ツェッペリン」とは違い、送り迎えする保護者側の働ける時間も限られてきてしまう。それでも、日々暗い顔を続ける健三郎をそのままにはしておきたくなかった。給食ではなくなるので、お弁当を作らなければならないが、食べてくれるものだけを入れるということも出来るようになる。

 とにかく号泣する健三郎を置いて、逃げるように私は園を出た。
 家で歌いながら遊んでいる時のように、楽しくやってくれよ、と願いながら。

笑ってもっとbaby むじゃきに on my mind
映ってもっとbaby すてきに in your sight


 家では「今日は三時間目から行く」と言っていた、四年生になった娘のココが待機していた。新年度になり、「三年生時に仲の良かった子」「同じ幼稚園出身で二年生の時同じクラスで仲の良かった子」「一年生の時に仲の良かった子」と、やや忖度の見えるクラスになり、学校が楽しいとも言ってはいた。ただ前日にドッジボールの際に当たったボールが痛かったとか何とか。これまでにあった嫌なことを一気に思い出してしまったとか。

 ココは春休み中に週四ペースでデイ・サービスセンターに通い、大いに楽しんで来たようだ。やや遠い公園にも車で連れていってもらったり、漫画家を目指していたこともある先生に絵を教えてもらったりと、楽しみの多いそちらと違い、学校では授業もあれば多くの義務もある。聴覚過敏に関してはイヤマフ装着の許可を学校からもらい、大きな音が苦痛の時にはそれで耳を塞いでいる。

 子どもらから解放された時間で、私は「ジャンププラス」アプリを開き、藤本タツキ先生の新作読み切り「さよなら絵梨」を再読する。前日、公園の砂場で健三郎と遊んでいた際に、ラストの爆破シーンを思い出して笑ってしまっていた。何度もそこを思い出していた。様々な解釈の出来る漫画になっており、おそらくコメント欄では大量の考察がされているのだろう。私としては、「編集次第で登場人物の印象は変えられる」という点に着目したい。

「さよなら絵梨」のあらすじを簡単に書いてみる。
 中学一年生の誕生日に親からスマホをプレゼントされた主人公「優太」は、同時に母親が死の病に冒されていることを知らされる。そのスマホで自分の映像を撮り続けて欲しいと母に頼まれ、闘病生活の記録を始める。
 優太の中学三年間は撮影と編集に費やされ、100時間の録画を20分に編集した映画を、高校一年時の文化祭で上映する。優太は頼まれていたのにも関わらず、母親の死の瞬間は撮影出来ずに病院から逃げ出してしまっていた。映画は優太が立ち去る病院の爆破シーンで終わる。

 映画を観た生徒らに馬鹿にされ、優太は自殺を決意し、母の亡くなった病院の屋上から飛び降りようとする。そこで同じ学校の女生徒「絵梨」に出会う。彼女は廃墟地下に優太を連れていき、そこで延々と映画を観させる。優太の撮った映画のファンだというその少女を、優太は撮り始める……。

 重要なネタバレ。
 母親はテレビのプロデューサーであり、息子に映像の記録を頼んだのは、自分の死後も思い出してもらえるようにではなく、病後復帰した際のドキュメンタリー番組の為だった。虐待に近い形での撮影強要シーンを、父親は見てしまっている。死の直前に、父親の構えるカメラに向かって放った母親の言葉は「ホント最後まで使えない子」だった。優太の創作した病院爆破シーンより、現実はずっと酷かったわけだ。

 絵梨は「映画中の母親が綺麗に撮れていて羨ましい」と優太を誉めた。編集次第で人は善人にも悪人にも見せることが出来るわけだ。

 
 子どもたちは笑う。
 子どもたちは泣く。
 楽しかったこと、嬉しかったこと、微笑ましい場面、成長を感じた言葉。そんなことばかりを選んで書いていけば、ほのぼの家族小説だって書くことが出来る。
 苦しみ抜いたこと、怒り過ぎたこと、絶望の顔を浮かべている息子から逃げるように園に置いていったこと、そろそろ死のうかなと思っている夜中に、ふと横を見てぬいぐるみに抱き着いていた息子の寝顔を見て思いとどまったりすること。自殺では生命保険が払われそうにないことを今さら知ったこと。そんなことばかりを選んで書いていけば、お涙頂戴悲しい家族の物語だって書くことが出来るかもしれない。

 そこでサザンオールスターズの話を始める。
 2019年12月31日、サザン全曲及びメンバーのソロを含む900曲以上の楽曲がサブスク解禁された。私もこれを機に、これまであまり聴いてこなかったサザンで好きな曲を探そうと思い立ち、いろいろ聴いてみた。しかし元々知ってる「いとしのエリー」「希望の轍」以外はそれほどぐっとこない。その時はそれまでとした。
 
 900曲超というのは凄い数字である。それと共に、これまでファンが持っていた大量のCDやレコードと、その日初めてサブスクを始めた人とが、同じ曲数を共有出来るという事実もまた凄いと感じた。
「サザンのロックな曲」「サザンの名バラード集」「あまり有名でないけど好きな曲集」など、人それぞれのサザンプレイリストが出来上がるだろう。並べてみれば、本当に同じアーティストなのか? というくらい、異なった作風のリストになるかもしれない。
 母体数が多ければ、人の選択肢の数だけ、無限に近い表情が現れる。

「さよなら絵梨」ではその後、絵梨を撮影し続けることになる。母親の撮影量を遥かに上回る動画の編集に主人公は大学生活を費やし……。なんやかんやあって最後は天丼の爆破オチが待つ。絵梨の実像を知る絵梨の友達からは、「あんな子じゃなかったよね」と指摘される。もちろんそれ自体が映画の演出であるかもしれないが。「切り取り方によってどのようにも見せることが出来る」という点に、私はハッとさせられた。

 登園時に号泣していた健三郎は、降園時には笑顔を振りまき、門のところでは先生方に両手でバイバイをし、自転車に乗り込みながらシステム・オブ・ア・ダウン「I-E-A-I-A-I-O」を口ずさんでいた。ただただ暗い顔をしていた、前の園とは大違いだった。

 その光景に出会った日にこの文章を書き上げるつもりだったが、バタバタしているうちに日は経ち、幼稚園「レッド・ホット・チリ・ペッパーズ」に通い始めて既に四日目となる。初日以降涙を見せることなく、帰ってくればプラレールの車両を使って「今日の幼稚園ごっこ」を始めている。今朝も私と二人で「Snow(Hey Oh)」を歌いながら登園した。家事の間に流しているおかげか、「Can't Stop」以外のレッチリの曲も好きになってきたようだ。

 新都社を見渡せば、顎男先生が久しぶりに更新し、本音を吐き出している。宮羽先生が自分のルーツを書き始めている。
 どのような切り取り方をしてもいいはずなのに、傷つくことを躊躇わず自己を曝け出す人がいる。マツキ先生のチャーハン画像を見に行ったら空の皿が現れた。私もぐちゃぐちゃでグダグダでぼろぼろな状態ではあるが、それならそれでそう書いていこう。良い面だけを切り取って、平気な顔をする振りは止めておこう。

 かつてココが今の健三郎と同じ幼稚園「レッド・ホット・チリ・ペッパーズ」に通い出した頃、靴を脱いでまず年長組の教室を一周してから自分の教室に入っていたそうだ。そこでフィリピン人とのハーフであった園児「エリちゃん」を追い回し、「ドント・タッチ・ミー」という英語を覚えて帰ってきた。思えばあの頃から「いとしのエリー」は界隈に響いていたのだ。

 そういうわけで私は、健三郎を幼稚園に送った後も、レッチリを聴き続けながらこれを書いているのです。

(了)
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