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「ハンバーガーヒル」ザ50回転ズ

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https://youtu.be/7KMFHzXeusQ


 今から躍りに行こうか。捨てたはずの靴を履いて。
 ハンバーガーヒルを巡る戦闘は今日も続く。いつから戦ってたのか、何の為に戦っているのか、誰も彼も忘れてしまっている。惰性と妥協の産物みたいに続く戦争もある。
「この戦争が終わったら俺、歯医者に行くんだ」と言っていたヘミングは虫歯も健康な歯も吹き飛ばされて歯医者に行く必要がなくなった。
「故郷に残してきた妻が二人目の子供を産んだよ。この写真見てくれ、猿みたいだけど可愛いだろ? 不思議だよな、妻とは二年会ってないのに子供が出来た」と言っていたフォークナーは、顎を外して手榴弾を頬張って爆散した。
 俺は踊るよ。スコールでぐちゃぐちゃになった丘の上で。爆撃機はスコールに紛れてやって来る時がある。雨雲の中で自らを見失って墜落する奴もある。どでかい墓標として地面に突き刺さる。木の根が絡み付いたり動物達の住み処になっている奴もある。いったい何百年前の爆撃機のなれの果てなんだろう。

 止まったはずの時計が今さっき動き始めた。まるで当然みたいに。
 戦場のど真ん中に女がいる時があるんだ、と誰かが言い出した。「俺も見た」「そういえば俺もだ」と続く。この丘に降る雨の気配を、振り返りもせずに予言するのだとか。「きっともうすぐ降り出すよ」だなんて。銃弾の行き交う中で。戦場の女神か死神か。ろくでもないやつには違いない。会った奴も、会いたがった奴も大抵死んだ。
 俺は故郷に残してきた女達の事を想った。どの女も片想いの相手だから、どう想うのも自由だ。いやらしい妄想をたくさんした。結婚して子供が出来る将来の事を想った。でも夢の中で出会った彼女達との一番の思い出は、手を繋ぐとか肩が触れ合うとかで得たドキドキだった。爆撃の音で目が覚めても消えない、胸のときめきを秘めた俺の横で仲間が吹き飛ばされていった。

 今から歩いてゆこうか。忘れられた道を抜けて。
 俺は故郷には帰れないらしい。そう悟ったのは、戦友達が噂していた女に会ってしまったからだ。後ろ姿しか見えなかった。ブロンドの髪が爆風で揺れていた。もっと尻が大きければいいのに、と俺は思った。
「あの夏の約束なんて、もう覚えていないんでしょうね」と女は呟いていた。俺は女と約束なんてした事がなかった。きっとこの女は戦争で恋人を亡くしたのだろう。そいつの面影を求めてあちこちの戦場をうろついているのだろう。そして馬鹿な男達もそれぞれの恋人の面影をこいつに求めて血迷い、くたばっていくのだろう。俺は女の尻に触れたかった。しかし触れるためには伸ばさなければいけない、俺の右腕は吹き飛んでしまっていた。じゃあキスをしたい、と思い唇を突き出した。だけど女はやはり振り返りもせずに「きっともうすぐ降り出すよ」だなんて天気の話ばかり。

 野戦病院で目覚めた俺は、吹き飛ばなかった左手で文字を書く練習を始めた。故郷に残してきた片想い相手の女達へ手紙を書くために。彼女達の尻を触りたかった。キスをしたかった。手を繋ぎたかった。でもまだ長い文章を書くのは大変なので、「生きてるよ。あなたに会いたい」とだけ記した手紙を五通書いた。彼女達から返事が来るまでは生きていたかった。
 遠くに見える丘の上では、また戦闘が始まっていた。大雨も降り出していた。誰かとキスをするまでは、と俺は強く思った。俺も相手も死なないでくれ、と。

(了)
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