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「Roots Bloody Roots」Sepultura

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動画はこちら
https://www.youtube.com/watch?v=F_6IjeprfEs


 我々は争い合い傷つけあい殴り合い殺し合ってきたのだ。
 ネアンデルタール人がクロマニョン人によって滅ぼされた、というのは眉唾な気がしないでもないが、どこまでも殺し合いの歴史は遡っていけるのだろう。
 闘争心を抑えたりなくした振りをしたりしていても、身体の奥底では本能が叫んでいる。
 戦え、と。勝利せよ、と。奪え、殺し合え、と。

 ふとそんな物騒な考えに浸りながらセパルトゥラを聴く。一曲しか知らないから私の中のセパルトゥラは永遠に「Roots Bloody Roots」だ。ルーツ、血まみれのルーツ、と叫んでいる。ブラジルらしさ全開の動画を眺めながらカポエイラの物真似をしてみる。

 先月土曜参観があったばかりなのに、今月も幼稚園の参観があった。三日に分けて人数をバラけさせてのもので、園についてからの準備や自由時間の様子を眺めてください、という。早く着いても一番最後に朝の準備を終えた健三郎は「どうしてパパがいるの?」という顔で私を見ていた。暑い日差しが照りつける中でも、教室内で遊ぶのは年長組の二人だけで、健三郎も今やすっかり外遊び派となって園庭に飛び出してきた。色水を使ったジュース屋さんのところで遊び始めて、青と赤を混ぜてぶどうジュース、などとやっていた。
 そこで小さな争いが勃発した。水の入ったペットボトルに、健三郎と、同じクラスのもう一人の男の子が同時に手を伸ばした。引っ張りあいというより、相手の子がペットボトルをもぎ取る形で決着はついた。健三郎は静かに涙を流し始めた。私や周囲の保護者さんが慰めたり違うもので気を引こうとしたが、沈んだ気持ちはなかなか浮かび上がらない。
「出来るだけ静かに見守るような形で」と先生からは言われていたが、健三郎が私の手を握って離さなくなったので、ジュース屋さんから少し離れ、一緒にダンゴムシを探した。見つけたダンゴムシを私の手の平に乗せると、長袖シャツに入り込もうとしかけたのを見て健三郎はゲラゲラと笑い出し、機嫌は治った。

 気に入らないから殴る、とか、自分のものにするまで意地でも離さない、というのと、静かに泣き出す、のとではどちらがいいのか。人の物を取ったり人を叩いたりしてはいけないと言い聞かせているから、そうしなかったのは嬉しいが、その分、傷付けられることに弱い。思えば私もそうだった。相手にしてみれば傷つけるつもりではなかったり、少し行動が乱暴なだけだったりしたかもしれないが、私は抵抗せず大人しくしていた。つけ込まれて相手は図にのり、暴力はエスカレートした。私にとっての日常はそういう風に過ぎた。出会った頃は攻撃的ではなかった相手が、何人も過剰ないじめっ子になっていった。

 中学の部活で闘争心のなさは更に浮き彫りになる。試合に負けて悔しいと思わない。早く部活の時期が終わって欲しいから、大会では勝ち上がりたくなかった。
 人類の大半はそうではないだろう。でなければ、恋敵に勝利して子孫を残せない。サバイバルレースに勝利して生き残れない。
 こうして書きながらも、きっと闘争心を隠しているだけで、本当は悔しくて泣きたくて、殴りたくて殺したいのかもしれない。角が立つから大人しく泣き出す方を選ぶ。やがて涙を流さなくなるのは、強くなったからではなくて心が壊れてしまったから、だったり。

 例の男児とはこれまでにも小競り合いはあったというし、「今日は許せない!」と健三郎が強く言った日もあったのだという。クラスに二人だけの男児である。性格も行動も似ていない。友達になれなければ敵対してしまうのだろうか。共通の趣味を見出して仲良くなるといった段階にはまだ早そうだ。

 ある日家にいる時、ぬいぐるみを並べて「幼稚園ごっこ」を始めた。
「今日の出席確認をします。○○さん」「はーい」といった調子だ。私も参観で見たのを真似て、園児の紹介が載っている冊子で名前を確認しながら出席を取る。次に園歌も健三郎と一緒に歌うと、リズムに合わせてもう一人の男の子役のレッサーパンダのぬいぐるみが、他の子にぼこぼこにされていた。健三郎役のハスキー犬のぬいぐるみではなく、女児役にあてられたキティちゃんのぬいぐるみに、リズムに合わせて背中を踏まれていた。
 
 ルーツ、血まみれのルーツ。

 そういえば娘の時に、お迎えについてきていた小学生の男の子が、はしゃぎすぎて頭から血を流す怪我を負っていた。公園で見た後頭部ブランコ激突事故でも、救急車で運ばれたのは男の子だった。健三郎はこれまで大きな怪我をしたことはないが、これからはどうなるか分からない。人に怪我させるのではなく、自ら傷付く方を選ぶのかもしれない。

 幼稚園の預かり保育帰りに、近くの公園に寄って馴染みの犬を撫でる。大きめの滑り台を下から駆け上がり、手の平でペタペタとくっついて登っていき、「スパイダーマンみたい!」と自ら言っている。その近くの壁に緑色の蜘蛛がいた。スマホのカメラをかざして検索すると「ハナグモ」という種類の蜘蛛だと分かる。同様にして「この花は?」「ヒメジョオン」といったやり取りが出来る。いつの間にやら文明の進歩は、興味のない花の名前も身近にしてしまった。そのハナグモがいた壁も、ヒメジョオンの咲いていた花壇も、いつかそこに血まみれで倒れた誰かがいた。そのような画像は写らない。

 妻と健三郎がお風呂に入っている間、血まみれの歴史に彩られた人類の足跡に想いを馳せながら、「Roots Bloody Roots」を聴いていた。隣にやってきた娘のココがコピックを使ってお絵かきを始めた。
「アーニャ(スパイファミリーに出てくる女の子)描きたいから画像見せて」
と言うので、画像検索で出てきたアーニャを見せてやる。私は小声のデスボイスで「Roots Bloody Roots」を歌う。
「アーニャにぴったりの曲だと思わない?」と私が言うと、
「ぶちのめしていい?」と喜んでくれた。
 次にかかったのは人間椅子「芋虫」だったので、二人で歌えた。

(了)
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