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「1984」andymori

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動画はこちら
https://www.youtube.com/watch?v=MNCJaefL8_o
ライブバージョン
https://www.youtube.com/watch?v=zy1oKWNyoOQ



 気温38℃などという人を壊す暑さの中では、ついつい願望を込めて「真夏のピークが去った」とフジファブリック「若者のすべて」を歌いだしたくなってしまうのだが、夏は始まったばかりだからまだまだ続く。あと数ヶ月、ひょっとしたら数年、あるいは永遠に。だから歌うのは「若者のすべて」ではなく、andymori「1984」となるわけだ。


5限が終わるのを待ってたわけもわからないまま
椅子取りゲームへの手続きはまるで永遠のようなんだ
真っ赤に染まっていく公園で自転車を追いかけた
誰もが兄弟のように他人のように先を急いだんだ それは

ファンファーレと熱狂赤い太陽
5時のサイレン 6時の一番星


 サイレンと一番星の間にある午後五時半が、新しく就いた仕事の終業時刻である。試用期間中の私だけでなく、他の現場の人間も事務員も、お偉いさんも皆仕事を終える。タイムカード置き場の前が混み合わないように、全員のタイムカードを押してくれる人がいる。タイムカードを打刻した後にサービス残業が待っているわけでもない。誰もが会社を出ていく。
「誰もいなくなるから入れなくなるので、忘れ物がないように気をつけて」
 午後五時半の時点でそう言われるのだ。私は感動を通り越して訳が分からない気分になる。

 もちろん、コンプライアンス的な問題で突っ込んだ業務内容は書けない。たまたま私が持っていた資格が活きる業務で、家から自転車で五分の場所にあり、昼休みには一旦帰宅してシャワーを浴びてご飯を食べてゆっくりうんこをした後、再び職場へと向かう、という環境で働き始めた。現場ではその道二十年、三十年という人がいる中、私は前職の約十年のうち、その業務をこなした割合は5%といったところ。社会人野球にソフトボールクラブの少年が混ざっているようなものだ。
 時にはこの猛暑の中で身体を使う時もある。私は暖まった身体が心地よくなり、周囲の方が息を荒くして汗だくになっている中、一人むしろ喜んでいる。暑さに強い体質というより、昔どこかの時点で身体の感覚が壊れてしまったのだろう。熱中症対策はもちろんきちんと行っている。

 何かにつけ前の職場を思い出す。
 定時内に終われる部署もあった。終わりようのない部署も(以下コンプライアンス的に1200文字削除)。

 仲の良かった同僚、反対にもう顔も見たくもない人間、というのはよく思い出す。その間にいる、仲が良かったわけでも悪かったわけでも、好きでも嫌いでもなかった、という類の人間の名前が思い出せなくなってきた。頭に「山」が付いたはず。いやひょっとしたら「川」だったかも。顔は覚えているつもりでも、詳細に思い浮かべようとすればするりと逃げ出してしまう。そんな一人にこだわっているうちに、思い出すきっかけすら失っている数十人がいるのだろう。あちらからすれば私自身とっくに記憶の彼方に消去されているのかもしれず。

 
1984 花に囲まれて生まれた
疑うことばかり覚えたのは戦争映画の見すぎか
親たちが追い掛けた白人がロックスターを追い掛けた
か弱い僕たちもきっとその後に続いたんだ

1984 裸で泣いてた君は
どこか遠い国の街角で同じように泣いている
誰かに抱かれながら


 新しく出会う人に対して、これまで出会ってきた人を当てはめて考えてしまう。この人は○○次長の圧と○○さんの声の持ち主で、でも厳しさの後に必ず優しさを添えるのを忘れないようにしている、とか。この人は顔は○○君だけれど、ヤクザの息子だった彼と違って覇気はそれほど感じない、とか。この人は敢えて言うなら中学の時の○○先輩か、とか。ここでも過去の知り合いの記憶が頻出する。常時マスク着用の現代では類型の幅は狭くなり、見えているのは一部だけなのに、それで分かった気になっている。顔だけの話でもない。

 私が彼らを見るように、彼らも私をこれまでの経験の蓄積で類推しているのだろう。それが「すぐに消えていくタイプ」なのか「しぶとく生き残る」タイプなのか、人からどのように見られるのか自分では分からない。かつての職場で「ダイヤのハートの持ち主」「人間じゃない」「ベトナム人実習生よりベトナム人っぽい」と評価されたような声はまだ聞こえてこないしこちらも見せてはいない。

 週末に息子の健三郎と近くの公園に遊びに行く。働き始める前は、幼稚園帰りに毎日通っていたのが、既に懐かしく思えてくる。就業後午後五時四十分には帰宅しているわけだから、それからでも公園遊びは可能だが、疲れと暑さを考慮して行っていなかった。

 土曜日の夕方に馴染みの犬は一匹しか触れ合えなかったけれど、小さなカマキリを見つけて健三郎とはしゃいだりした。高所に登って何をするでもなくゆらゆらしているそのカマキリは腹部が膨らんでいて、ハリガネムシに寄生されている特徴がありありだったけれど、健三郎には黙っておいた。
「あの木はまっすぐだねー、あの木は曲がってるねー」
「種類が違うんだよ」

 地面を這う大型の甲虫にスマホのカメラレンズを向けて検索すると、オオヒラタシデムシという名前が出てきた。シデムシは漢字で書くと「死出虫」と書き、主に小動物の死体などを食べるのだという。猛暑の中でも木陰に覆われて涼しいその公園で、吉村萬壱の書くグロテスクな小説に出てくるような虫たちに出会いながら、健三郎と滑り台を滑る。数日前、明け方やけに外で救急車やパトカーのサイレンが鳴り響く日があった。ラジオ体操を始めようとしていた老人たちが、自殺者の死体を見つけたのだと後に知った。死体がどこに転がっていたのかはもう分からなかったが、私たちの見たオオヒラタシデムシもひょっとしたら人間の死体を齧っていたのかもしれない。

 疲れる瞬間もあるが、ぶっ倒れて動けなくなるわけではない。不慣れな職場での疲れを考慮して、長めに寝るようにもしている。その分早く目が覚める日もあるので、何かを書くならその時が最適だろう。「1984」を歌うバンド「andymori」の名前の由来はアンディ・ウォーホルとメメント・モリ(死を想え)だという。今回の話を書き始めた時、まだ健三郎と公園には行ってなかった。ハリガネムシに寄生されたカマキリや、人を齧ったかもしれないシデムシに出会う前だった。かつて死人が転がっていた場所でも人は無邪気に遊べるように、人がどんどん消えていった職場でも働くことは出来る。昼休みに一度帰宅するためか、一日が二日に感じる。実際は一週間しか通っていない職場でも、半月過ごしたように錯覚している。業務を円滑にこなせているわけではないが、身体は馴染み始めているし、週末が終わるのが恐ろしいわけでもない。

 猛暑の中でも一度昼に帰宅するのは、夏休みに入ったら娘のココが一人で家にいる日があるためでもある。そのための準備として、生活のリズムを整えている。今はまだ昼に私一人になる日が多いから、シャワーを浴びてパンツ一枚で過ごす時もある。好きな曲を聴きながらご飯を食べている最中、やっぱりパンツ一枚では不安でTシャツを着たりする。昼に何かを書くほどの余裕は今はない。日曜日の早朝に起き出してこれを書いているうちに、外で雨が降る気配がして、昨日公園に行けて良かったなと思う。それはそれで、一日中家の中で子どもたちを発散させるのもなかなか骨の折れることではあるのだが。

(了)

*案の定アップ前に子どもたちが起き出したので遊びの相手をする。朝食後は長時間「半沢直樹ごっこ」に付き合う。
関西弁を使いこなす女社長:ココ
その護衛のロボット:健三郎
社長に宝石を渡しつつ新規案件を提案し、スキを見て女社長に斬りかかろうとするも返り討ちに遭い、銃で撃たれロボットにボコボコにされる半沢直樹:私
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