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「3✖3✖3」ゆらゆら帝国

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動画はこちら(ライブバージョン)
https://youtu.be/h3plgk_ubzg



 皆さんご存知の通りギターは平均5、6回脱皮する生きものであるが、坂本慎太郎(バンド「ゆらゆら帝国」のギター&ボーカル)の持つギブソン社のSGスタンダードモデルに関しては実に83回もの脱皮を繰り返し、坂本の手に、体に、魂に合うように緩やかに変質を遂げていった。故に坂本とSGとは一心同体と言ってもいい。SGに向かって「坂本さん」と話しかけてしまったインタビュアーもいたという。SGも振り向いてしまったのだとか。

 坂本慎太郎が水木しげるを敬愛しているのはよく知られているが、それは彼が妖怪だからでもある。ベーシストとの亀川千代も妖怪である。ゆらゆら帝国の曲を聴き続けている内に妖怪になってしまったものもいる。夜行性の生き物になってしまった彼らは夜な夜な線路沿いや映画館や公衆電話のゴミ箱に出没する。躍り続ける。笑いながら。歌いながら。

 筆者がゆらゆら帝国の楽曲に初めて触れたのは、高校卒業後、進学もせず就職もせず、小説修行と称して本を読んだり映画を観たり漫画を読み漁っていた1999年である。当時聴いていたラジオ番組で「ズックにロック」がヘビーローテーションで流されていた。併せて「発光体」も。当時発表されていた2枚のメジャーアルバム「3✖3✖3」と「ミーのカー」を借りて聴き続けた。一時期妖怪化もした。高校時代、音楽はバンド仲間達との共有物であった。共同体からはぐれた私にとって、初めて自ら発見したバンドがゆらゆら帝国であった。まだ高校時代の友人達と親交があった頃、たまに会って話をすれば、もう皆聴いているバンドは違っていた。一部の友人とはネットで繋がっていたので、情報交換は続いたが、それぞれの道に進むに従い、聴くもの観るもの話すことも違っていった。その中の一人とはゆらゆら帝国を観に学園祭に行ったりライブに行ったりもしたが、彼が東京へ就職してやがて結婚して疎遠になった。昔の知りあいの中で筆者はとっくに死人の仲間入りをしているかもしれない。

 ゆらゆら帝国のメジャーデビューアルバム「3✖3✖3」は小山田圭吾が選ぶ年間ベストアルバムに選ばれたり、ラストアルバムとなる「空洞です」は何かの音楽雑誌で00年代ベストアルバム第一位に選ばれたりしていた。一時期一人カラオケにはまっていた頃に毎回歌ったのは「ソフトに死んでいる」だった。「夜行性の生き物三匹」をノリノリで(一人で)躍りながら歌う私は確かに輝いていた。
 娘にはこの手のバンドは受けない。毎週楽しみにしている、Eテレ「ムジカ・ピッコリーノ」でゆらゆら帝国の曲がチョイスされないかと願う。この番組で歌われたなら、娘は好きになってくれるのだ。くるり「ばらの花」、はっぴいえんど「風をあつめて」、oasis「Wonderwall」…。
 ちなみに1歳8ヶ月になる息子にはRage Against The Machineを聴かせてもノリノリになってくれる。でも一番楽しそうに踊るのは、娘がアカペラで歌う、Queenの「We Will Rock You」である。足踏みと手拍子でリズムを刻んでいる。

「3✖3✖3」の歌詞の中では、坂本慎太郎自身がモデルらしい、「東京都国分寺市在住S本さん家の長男けずる君」が5歳の誕生日を目前に控えた時にデーモンにさらわれて、彼の中の何かが変質してしまったことが歌われている。
 近頃の私は仕事中によく歌っている。もちろん一人でいる時であるが、気心の知れた同僚の前で口ずさんでしまう事もある。「歌わないでください」と後輩に怒られる。ので、更に歌うと後輩に腹を殴られる。ので、まだ歌い続けると私を殴る人数が増える。だから、歌い続ける。上長にも怒られる。「お前最近仕事中に歌ってるらしいな」「少し控えます」蹴られる。
 もちろんゆらゆら帝国やザ50回転ズを歌うようなことはしない。同僚の知っている曲を歌う。なおかつ私の好きな曲を。つまりあいみょんを歌う。「君はロックを聴かない」や「マリーゴールド」を。
「泥さん」と後輩の一人が言う。
「俺あいみょん大好きなんすよ。でも最近あいみょんの曲が聴こえてくると、泥さんの顔を思い出してしまうんすよ。休みの日にまで泥さんの事を考えたくないんですよ。だから、歌わないでください」
「分かった」そう言って私は歌う。それはもう、袋叩きにあう。

 ある時ライブ中に坂本慎太郎の持つギターが84回目となる脱皮を始めた。古い皮を脱ぎ捨てて現れたのは赤いSGではなく、坂本慎太郎その人であった。それまでギターを弾いていた坂本慎太郎本人はというと、こちらも脱皮を始めた。坂本慎太郎の皮を脱ぎ捨てた彼は赤いSGになった。ギターが坂本慎太郎で、坂本慎太郎がギターであった。これまでもずっとそうであったかもしれなかった。
 坂本慎太郎=赤いSGは「次、最後の曲です」と言って「3✖3✖3」を弾き始めた。観客と一緒に、脱ぎ捨てられた皮達もゆらゆらと踊り始めた。

(了)
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