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「The Best Day Ever」SpongeBob SquarePants

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動画はこちら
https://www.youtube.com/watch?v=W8r559C51uE

和訳サイト
http://linsun.blog.fc2.com/blog-entry-95.html



 我が家では今「スポンジ・ボブ」が流行っている。
 四角いパンツを履いたスポンジが海底都市「ビキニタウン」で巻き起こす騒動を描いたアニメだ。アメリカ版「ボボボーボ・ボーボボ」などと呼ぶ人もいる。荒唐無稽で常軌を逸したストーリー展開が繰り広げられる、ナチュラルドラッグ的な作品でもあるが、不思議と悪酔いはしない。「The Best Day Ever」は劇場版の主題歌らしい。最近ここで書いていることは「歌詞から膨らませて書いた小説」ではなく「日常に流れる歌」のことばかりになっているが、今回もそれである。次第にひとまとまりになって、音楽と共存する一つの家族の話になってきているかもしれない。

 Eテレ「ムジカ・ピッコリーノ」に関わる楽曲や、私が好んで聴いていた曲を子どもたちも気に入る、といったパターンが多かったが、今回の曲に関しては、健三郎が自分で聴き始めた。You Tubeで「スポンジ・ボブ」関連の動画を観ている時に発見して気に入ったらしい。私は子どもたちが好む曲でSpotifyのプレイリストを作っているが、子どもたちのタブレットから繰り返し流れてくるような曲は、曲名を確認してそこに入れることにもしている。子ども向けの動画にオフスプリングやアレン・ウォーカーが使われていることもあり、逆輸入のような形で、私が気に入ることもある。ピクサー・アニメ「シング2」のCMでシステム・オブ・ア・ダウンが流れていたり、「ミニオンズ」の新作映画CMでレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンが使われていたりした。その辺り直撃世代が、大手の作り手の中心になっているのか。


忙しくてやることがない
靴ひもを結ぶのに2時間かかった
すべての花、すべての砂が
僕と握手をしたくて手を出す
今日は僕のベスト・デー
今日は僕のベスト・デー

ささいなことが僕の心を閉ざして
落ち込んだときは、笑うために
窓から顔を出して外を見るよ


 今年の夏はどこにも行かなかった。どこかに行けると思っていたのに。コロナ禍が落ち着いたり、夏祭りが再開されたり、みんな元気に遊び回ったり、だとか。感染者数は全く落ち着かず、再開の予定だった夏祭りは中止や規模縮小になり、アパート外壁・ベランダ塗装の影響か、子どもたちは長く続く鼻水と咳に苦しめられた。一度熱が出て検査もしたが、コロナは陰性であった。酷暑でもあり、ほとんど家の中で遊んだ。ダイソーで買った五百円の変形ロボットシリーズが大活躍した。コンクリートミキサー車が変形する、ガンダム風というか百式風のロボットが健三郎の一番のお気に入りで、車-ロボット、ロボット-車への変形も一人で出来るようになった。というかダンプカーロボットやブルドーザーロボットにももうちょっと構ってやって欲しい。いつも「ついで」扱いで、強さはミキサー車ロボットに遥か及ばない設定になっている。クレーン車ロボットとショベルカーロボットはまだ買っていない。
 ココは八月中はお盆休みと咳が酷かった時以外は、デイ・サービス・センターに月曜から金曜まで通う、というなかなかのハード・スケジュールでもあった。楽しんでいるところもあれば、そこに集う子らの中で気に入らない子もいるようで、楽しいばかりでない時もあるようだ。最近ではバービー人形をコマ撮りアニメで動かす動画をよく観ている。自分でもバービー人形の家に様々な家具を置いたり、リカちゃん人形の一つの髪がボサボサになっているのを見て、自主的にショートカットにしたりしている。「ココは将来YouTuberになりたい」という話の内容も、「こういう、人形を使った動画を作りたい」という具体性を持ったものに変わっていた。自分で出演したいわけではないようだ。

 暑くても体調が良くなくても遊びに行かなくても一日は終わる。
 遊びの終わりに「時間だから片付けるよ」でササッと片付けを始めてしまうと、永遠に遊んでいたかった健三郎は悲しい顔をする。だから本来の片付け時間の少し前に以下のようなやりとりをしている。
「もう片付けるよ」
「まだ遊びたい!」
「じゃあもうちょっとだけね」
「全部遊んで!」
「おはようございます(朝起きるところからやり直し、の意)」
 それからほんの数分遊んで、スッと片付けに入ると、今度は嫌がることはない。お風呂でも同じような流れだ。問答無用で遊びを打ち切ると、この世の終わりのような悲しみを見せるので、このような形になった。教育的にどうかは知らない。一瞬だけ先延ばしにされる永遠の幸福状態を意識的に作ることで、幸福の終わり=不幸=なんてことだ=最悪だ=もうこの世は終わりだ=パパ大嫌い、なんてことにならないようにしている。

 散らばったおもちゃの片付けと布団を敷く際に、音楽を流している。私自身のお気に入りリストからなら、メタリカや人間椅子や「宇宙刑事ギャバン」が流れてきたりするが、最近は健三郎のリクエストで「The Best Day Ever」がそこで繰り返されることが多い。


雲はごまかせないから怖くない
魔法は全部僕の前で起こる
すぐに月が光り輝く
だからベスト・デーは一晩中続くよ
そうさベスト・デーは今も続いてるのさ

今日は僕のベスト・デー
今日は僕のベスト・デー
今日は僕のベスト・デー
今日は僕のベスト・デー


 マガジンポケットというアプリで、講談社系の漫画を読んでいる。昔途中で読むのを止めた「蒼天航路」の終盤を読む。関羽大好きな曹操が関羽の死の直後に関羽を神に祭り上げたらすぐに終わっていた。どこまで読んでいたかは分からなくなっているので、大体のところから読み始めると、曹操が馬超に襲われて殺されそうになっていた。許褚の助けにより曹操は生き延びるが、馬超を許せず深追いしようとする。「今一番大事なことを見極めろ!」的な説教を、配下である許褚に受ける曹操は子どものようだ。逃げた後二人で船に乗って語り合う。大事なことは許褚にとっては主君である曹操の命。曹操にとっては「許褚とこうしている時間かもな」。

 大江健三郎「燃え上がる緑の木」第一部「救い主が殴られるまで」の中で、小児癌に身体中侵された少年「カジ」が、やがて信仰の対象となる青年「ギー兄さん」と語り合う。間近に迫る死を恐れるカジにギー兄さんが語りかける。何か美しいものを見つめる時、その「一瞬よりいくらか長い間」に触れることが出来たら、それを自分の中に永遠のように持つことが出来る。これから何十年生きる人であれ、数日後には亡くなってしまう人であれ、その永遠のような「一瞬よりもいくらか長い間」を考えるなら、大きな差はないのではないか。

 曹操の言葉も、ギー兄さんとカジのやり取りも、うろ覚えで書いているから正確ではないかもしれない。健三郎との遊びの終わりの時間、数分だけ先延ばしにすることで、それが「一瞬よりかいくらか長い間」になっていたり、親しい人間の横にいて何をするでもなく何を考えるでもない「なんとなく幸せな時間」になっていたら、なんてことを思う。
 同じ空間で歳を取らず永遠にドタバタ劇を続けるようなスポンジ・ボブたちの世界のように、現実は回らない。ベスト・デーは永遠に続くことはない。それは歌やアニメや夢の中だけの話だ。関羽の死後間もなく曹操も亡くなった。許褚は曹操の子曹丕にも仕え、その子曹叡の代で亡くなっている。

 先日の大雨の翌日、家の前にあり、職場までの通り道でもある公園の遊具が水没していた。上流から流れてきたらしいスッポンが公園の池に入り込んでいた。水が引いた後もしばらくスッポンの姿は見えたが、また次に来た大雨の翌日は河原の方に住処を移していた。美しい羽根を持つ鳩やら、地面を這い回る黒いトカゲやら、日向を避けて木陰でくつろぐ猫やら、そのような何気ないながらも美しい光景に毎日のように出会う。仕事は毎日定時で終わり、就業後十分以内に家に着く。毎日毎日健三郎とおもちゃで遊ぶ。ココとマイクラをしている時間が取れていない。毎日の「一瞬よりいくらか長い間」の積み重ねは、やがて本当の永遠になりはしないだろうか。


ささいなことが僕の心を閉ざして
落ち込んだときは、笑うために
窓から顔を出して外を見るよ


 もうすぐ外壁塗装工事も終わるし、酷暑も控えめになるだろう。夏祭りに行かなかった夏が終わる頃、新たな過ごし方で、また別のベスト・デーが始まることを願う。その頃に健三郎が気に入って流しているのは別の曲かもしれないが。

(了)
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