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「Dreams」VAN HALEN

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動画はこちら
https://www.youtube.com/watch?v=BBX4A8lY9Ik


 完璧な物語の夢を見た。
 内容も全て覚えていた。
 この夢の内容を書き写すだけで、恐ろしいほどの傑作小説が出来上がりそうだった。
 忘れてしまわないうちに書き出した。
 書いてみれば、何だ、支離滅裂なただの夢日記でしかないじゃないか、となってしまうのではないかと思ったが、杞憂に終わり、紛れもなく傑作が綴られていった。
 というところまでが夢で。
 夢の中で見た傑作の物語の夢も、部分部分思い出してみればどうしようもないただの夢物語でしかなく。
 そんな都合のいい話があるかよ、と寝起きにぼやいた。
 寝ぼやき。
 ねぼや。

 だから私は歌った。
 地下の冷蔵倉庫内は冷房の音がうるさく、少々歌ったところで上階に響くわけではない。午後イチと夕方、短ければ十五分、長ければ一時間近く、そこで一人過ごす。五℃の室温ではあるが、常に動いているのであまり寒さは感じない。私はそこでブルーハーツ「夕暮れ」や、ザ・キラーズ「HUMAN」、PUFFY「MOTHER」などを歌ったりする。定期的に室温をチェックしにくる事務員と顔合わせする時には口を噤む。まだバレてはいない。まだ聞かれてはいない。
 はず。
 ねぼやの日、私はサミー・ヘイガー気取りで、VAN HALEN「Dremas」を歌っていた。歌いながらまた別の夢を思い出していた。最近読んだばかりの、綿矢りさの小説「夢を与える」のラストを思い起こしていた。
(以下ネタバレ含む)

 それまで偶像的に描かれていた主人公の女性が、突如舞台女優のような台詞回しで、週刊誌の記者に語りかける。幼い頃からテレビCMでお茶の間に自身の成長する姿を見せ続けてきた彼女。タレント仲間の急死の際に、言葉にならない悲しみに沈む姿が全国に放映され、それをきっかけに大ブレイクしてしまう。仕事に追われながら壊れていく彼女は、初めて知った恋に溺れる。相手とのセックス動画を、おそらく恋人本人の手によりばらまかれ、大スキャンダルとなり、タレント生命の危機に陥る。といった流れの中で、憔悴し、老け込んだ彼女が、「物語の中からこちらに向けて、ぬるっと手を伸ばしてくる」ようなラスト。読んだ直後は、そこだけが急に空気が違って違和感を感じたのだが、冷えた地下で思い出してみると、「彼女は週刊誌の記者ではなく、読者に直接手を伸ばしていたのだ」と思えるようになった。リアルに思い浮かべられなかった彼女の姿かたち、手足が、ラストではくっきりと見えていた。年齢より遥かに老いさらばえたそれらが、こちらに覆いかぶさってくるように思えた。身体を動かしながら、私は寒さのせいではない鳥肌を立てていた。地下冷蔵庫を去っても、同じことを思い出すたびに私の肌は粟立った。

 VAN HALENのギタリスト、エディ・ヴァン・ヘイレンが亡くなったのは今年だったような気がしていたが、調べてみると二年近く経っていた。それほど熱心なリスナーではなかったが、「Dreams」は好きな曲だった。最近は生活と読んだ本と音楽がそれぞれ関係し合い、重なり合い、この文章が成立していく。小説ではなくなっているようで、小説になっているようで。

 子どもの夢はころころ変わる。
 娘のココはコマ撮りアニメを投稿するYouTuberに一時憧れていて、自分もなりたいと言っていた。自分自身を晒さないところも気に入ったのだろう。ここ数日その手の動画は見ていない。タブレットで絵を描いていたが完成品は見せてくれなかった。
 私の夢は何だったのか。
 過去形で語ろうとしている。
 作家? 小説家? 何か違う気がしている。
 今の時代、Amazonで気軽に本を出せるのだ。新人賞を受賞しなくても、自費出版やら共同出版みたいに金をかけなくても。電子書籍としてだけでなく、ペーパーバック版も作れるという。かつて大きな新人賞を受賞したが、その後出版社から継続的に本を出版出来るほどの成功は収められなかった人が、Kindleで作品を発表したりもしている。読めば充分鑑賞に耐えるのだ。
 近所の会社で働き、定時で仕事を終えた十分後には子どもと遊び始めている。
 そんな今の生活自体、夢のようなものだ。勤務地が変わってしまえば崩れてしまう。

「Dreams」和訳は以下サイトから引用。
http://neverendingmusic.blog.jp/archives/26537340.html

Run, run, run away
Like a train runnin' off the track
Got the truth bein' left behind
Falls between the cracks

Standin' on broken dreams
Never losin' sight, ah
Well just spread your wings

走れ 走ってこの場を立ち去ろう
レールを外れた汽車のように
置き去りになった真実になど
誰も見向きもしないのさ

壊れた夢にしがみついても
見失っちゃいけないんだ
そうさ 翼を広げて飛び立とう

-------

Yeah, we'll get higher and higher
Straight up we'll climb
Higher and higher
Leave it all behind
Oh, we'll get higher and higher
Who knows what we'll find?

Yeah,俺たちは高く飛ぶんだ
そうもっと高く
まっすぐに昇っていくのさ
もっと高く そう高く
そしたら何かが見つかるさ

So baby dry your eyes
Save all the tears you've cried
Oh, that's what dreams are made of
Oh baby, we belong in a world
that must be strong
Oh, that's what dreams are made of

そうさベイビー 涙をふいて
流した涙を集めて取っておくんだ
ああ そいつらが夢を作るんだよ
俺たちのいるこの世界は強いはずだ
ああ 夢はそういう中からできていくのさ



 最初読んだ時はなんだか能天気な歌詞だな、と。エディが空高く昇った今となっては、よく読めば能天気なだけじゃないぞ、と。サミー・ヘイガーの歌声ってなんだかとっても「アメリカン・ドリーム」って言葉が似合う。ここでも夢が絡んでくる。今読んでいる高橋文樹「フェイタル・コレクション」という小説の中では、太宰治かぶれのアル中がゲロを吐き過ぎて口から血を流している。最近マインクラフトにはまっている息子の健三郎は、「パパも一緒にやってよ」という割に、同じ世界に入ってみても、使いたいアイテムが見つからない時など、困った時しか私を必要としてくれない。私は海を埋め立ててプールを作ろうという、愚かな自然破壊を目論んだが、こういう時だけ近づいてきた息子が、水より先に溶岩をプールに流し込んでしまった。プールの壁面も、周りを囲っていたスポンジも健三郎に壊され、溶岩は固まり石となっていく。私の建設した大図書館の壁にはいつの間にか穴が空いている。屋根の上に線路が敷かれている。

 ゆっくりとパソコンに向かう時間はなかなか取れないが、スマホやタブレットで電子書籍を読む時間は増えた。会社から昼休みに帰宅して飯を食べている最中や、風呂上がりの子どもたちの髪の毛をドライヤーで乾かしている間はタブレット。眠れぬ夜や、信号待ちやスーパーのレジに並んでいる時間はスマホで、電子書籍を読んでいる。綿矢りさ「夢を与える」を読んでいる最中に、夢の中に広末涼子が出てきた。何もしなかった。何も出来なかった。

「Dreams」を口ずさんでいたところに話を戻す。歌いながら歌詞のように空へ向けて飛び立ったところで、屋根にぶつかってしまう。ドラゴンクエストに出てくる、室内で空間移動呪文「ルーラ」を唱えた勇者一行は、天井に頭をぶつけて無駄なMPを消費する。呪文を使えない私の手は、指は、爪は、高い天井にかすることすらない。うろ覚えの歌詞が空調の音にかき消されていく。途切れ途切れで支離滅裂で、夢のようでもある。

(了)
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