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「ヤングアダルト」マカロニえんぴつ

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動画はこちら
https://www.youtube.com/watch?v=b5qDEwUMIQg


 2020年代の半ばから、現実に絶望した若者たちは文学にのめりこみ、書く言葉は詩に変わっていった。マカロニえんぴんつが「ヤングアダルト」で歌った世界が日常となっていった。


夢を失った若者たちは
希望を求めて文学を
はたまた汗まみれのスマートフォンを
握り締めて詩を書き溜める

ハロー絶望
こんなはずじゃなかったかい?
でもね そんなもんなのかもしれない
僕らに足りないのはいつだって
アルコールじゃなくて愛情なんだけどな


 詩華は野に散らばる詩を集めるのを生き甲斐にしていた。詩を書き溜めた若者たちのうち、スマートフォンを握り締めるお金も無くなった者は、野生の詩人となって野に放たれた。彼らは石や土や花びらの上に詩を書き付けた。それらは蹴り飛ばされて川に落ちれば消えてしまう詩だった。それらは遊びに出た子どもたちが踏み固めれば消えてしまう詩だった。それらは風に吹かれて散ってしまえば消えてしまう詩だった。詩華はマカロニえんぴつのボーカルがライブで「ヤングアダルト」を歌う際に「次の曲は『ハロー、絶望』」と間違えてしまったエピソードが好きだった。

 詩華は野に散らばる詩を集めて詩集を作っていったが、散逸しやすいのと、野生の詩人の寿命が短いのと(それは活動期間の話でもあり、生命活動の話でもある)で、三編を集められた詩人が最多であった。多くの者は一編、というか一片程度の詩句の欠片しか集めることが出来なかった。何せスマートフォンを失って野に下った詩人が大半なので、連絡の取りようもなかったのだ。


夜を超えるための唄が死なないように
手首から もう涙が流れないように
無駄な話をしよう 飽きるまで呑もう
僕らは美しい
明日もヒトでいれるために愛を探してる

ハロー絶望
その足でちゃんと立ってるかい?
無理にデタラメにしなくてもいいんだぜ
僕らにたりないのはいつだって
才能じゃなくて愛情なんだけどな


 詩華が出会った詩人の一人に野詩がいた。野詩の前職は香具師であった。全国を周遊しながら香具師として過ごしていたが、やがて仕事は失われ、絶望の最中に寝転がっていた草原で野生の詩人の一人に出会い、彼が草花に記す詩に惹かれてしまった。師事し、共に過ごし、時に愛し合った末に死に別れ、自分自身の詩を書き付ける旅を始めた。詩華が出会った頃の野詩は、師の詩と死を抱きかかえて、今にも倒れ込みそうな状態だった。詩華が野詩と過ごすうちに、師の詩と死に取り憑かれていた野詩の心もいくらか癒やされ、詩華が集めた野生の詩人たちの作品に触れながら、自作の構想を語ったりもするようになった。

 しかしある日野詩は詩華の元を去る。野詩は詩華の手元に三枚の花びらを残していった。それぞればらばらの花びらにばらばらの内容の詩を書き付けていた。一編は愛について。一編は死について。もう一編は何が何だかよく分からないものについて。詩華は特に最後の詩について野詩にその真意を確かめたくて、野詩の足跡を追って草原を彷徨った。すれ違う他の野生の詩人に野詩の消息を尋ねたりもしたが、誰も知る者はなく、尋ねている間にも倒れてしまう詩人もいるくらい、詩人たちは弱りきって死にかけていた。野生化した文人たちの寿命は野良犬よりも短く、多くの者は一年も保たないという。

 詩華自身は詩を書かず、鑑賞し蒐集する人間だったので気付かなかったが、詩人は詩の中に自身を埋没させるような消え方も出来るのだった。野詩は自分の詩才にも人生にも見切りをつけ、たまたま出会った詩華に自分自身を託して消滅していたのだから、どこを探しても見つけられるはずはなかった。それでも詩華は諦めず野詩の姿を探し求め、その道すがらで出会った他の詩人たちの詩も集め続けた。

 私家版として本となった三冊の「野生詩集」は、土や砂や花びらに記された詩と、野良生活が長くなり、ヒトとしての姿を失いつつある詩人たちの写真で構成されている。商業ベースに乗るはずもないその本はごく少数の限られた部数だけ刷られた。詩華がその詩集を届けたかった人たちは完成時にはいずれもこの世にはいなかった。

 詩華は野詩の残した詩句の意味を、自身の死の間際に理解した。野詩は作品そのものになってずっと彼女に寄り添っていたことに気が付いた。遅すぎたかな、遅すぎるよ、そんな独り言とも誰かとの会話とも取れるような呟きの後、彼女は野詩と出会った懐かしの草原へと赴いた。そこにはもはや草花はなく、一面の寒々しい荒野が海まで広がるばかりであった。彼女はそこで野詩の残した花びらを抱きしめながら、寿命が尽きると同時に荒野の一部となった。残された詩集は、時折自らに刻まれた詩句をぼそぼそと呟きながら、朽ちるまでの約千年をそのように過ごした。

(了)


原案「千人伝」。自分の書いた文章からある曲を思い出したパターン。


百五十二人目 詩華

しいか、は詩の書かれた花を探す職に就いていた。野生の詩人が花びらに詩を書き込んだのを採取していく仕事であった。野生の詩人は美しい花の咲き誇る場所をねぐらとするとは限らず、街中や海の底にいることもあった。大きな花びらを持つ花を好むかといえばそうともいえず、百年に一度しか咲かない花にしか詩を記さない詩人もいた。

詩華の採取した詩を集めた詩集は生涯三冊出版され、そのどれもが多くの人の手に行き渡ることはなかった。私家版のそれらは一冊作るのに二十年かかった。発見した野生の詩人は百人を超えたが、そのほとんどは詩の採取から数年で亡くなっていた。


百五十三人目 野詩

やし、と読む。詩華が探し続けていた野生の詩人の内の一人である。前職は香具師であった。国中を周遊するうちに詩心に目覚め、家に帰ることを止めた。花畑でうつらうつらしている時に、先人の野生詩人に出会い、彼が花びらに書き付けた詩句に魅了される。先人につきまとい、時には愛し合い、死に別れ、自身の詩を記す旅を始めた。

風に吹かれて花びらが落ちれば消えてしまう詩だった。
無邪気な子どもにむしられて消えてしまう詩だった。
野生詩人の詩を採取する詩華に出会った際に、野詩はそれぞればらばらの花びらに記した三編の詩を提供した。これは詩華が野生の詩人から集めた詩のうち、一人あたりではもっとも多い。
一つは愛について。一つは死について。そして最後の一つは何だかよく分からないものについて書かれていた。詩華は三枚の花びらを野詩から受け取って熟読した後、最後の詩の意味について野詩に訊ねようとした。しかし既に野詩は視界から消え、後に土となったと聞いた。

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