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「Faith」Limp Bizkit

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動画はこちら
https://youtu.be/l-EdCNjumvI
ライブ
https://youtu.be/nLaYpJavKvA



 平日の水曜日は会社を休みにしているので、娘の集団登校に付き合っている。同じ一年生の父兄もちらほら見える。別に登校に支障はないし集合場所も近いのだし、義務ではないのだが、下の子の朝の散歩ついででもある。娘の顔を見た途端に絡んでくる同じ一年生の男子がいる。六年生のリーダーはいつも一番最後に気だるそうにやって来る。
 しかしいつの頃からか、ただの見送りだけではなくなった。

「まだ早すぎるんじゃない?」妻が聞く。
「いいよ、ストレッチしてるから」
 集合場所まで二分で着くのに、十分前に私達は靴を履く。一歳十ヶ月になる息子は「ゴッ、go!」と急き立てる。
 今日は雨は降らない。絶好のパフォーマー日和だ。
 私達より先に一年生男児が二人待ち構えていた。続いてここを通り道にしている教頭先生が加わる。
「皆さん、予習はきちんとしてきましたか?」教師らしくそう訊ねる。
「Youtubeで完璧!」「Spotifyで!」口々に声があがる。
 私はポケットに隠し持っていたおもちゃのマイクを息子に渡す。拡声機能は付いていない見せかけだけのマイクであるが、息子には問題ない。仁王立ちからややのけ反って息子がマイクを手にオーディエンスに呼び掛ける。
「ハロー、チーム!」
「ハロー、ドン!」
 イギリスのハードロックバンド、THUNDERのリードオフマン、ダニー・ボウズ(愛称ドン)とオーディエンスとのやり取りの真似である。しかし今回やるのはTHUNDERの曲ではない。

 おもちゃのマイクくらいなら持ち出せるが、登校に付き添う者がギターやドラムを抱えて出るわけにはいかない。私は膝、太もも、ふくらはぎ、胸に腹などを叩き、人体パーカッションを担当する。娘が踊り、マイクパフォーマンスは息子が担当する。一歳十ヶ月で歌など歌えるのかと思う人もいるかもしれないが、普段は口下手なあの子もカラオケだと歌いまくりだとか、日常会話は片言だけれど日本語の歌詞はペラペラのアニソン大好き外国人だとか、ああいうノリでけっこう歌えるものである。落語「寿限無」に出てくる長い名前「寿限無、寿限無、五劫の擦り切れ、海砂利水魚、水行末、雲来末、風来末、食う寝る所に住む所、薮ら柑子のぶら柑子、パイポ、パイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助」がそのまま歌詞に出てくる、KANA-BOON「盛者必衰の理、お断り」という曲があるが、これも息子が得意な曲である。児童歌唱学会でも、「そういうこともあるんじゃない」という最新の研究結果が出ている。

 そういうわけで、今週の課題曲である、Limp Bizkit「Faith」のイントロのギターを人パ(人体パーカッション)で奏で始める。元はジョージ・マイケルのポップチューンであるが、リンプの手により途中からミクスチャーアレンジにモッシュノリの嵐になっていく。ここは日本でも大阪でもなくニューヨークであり、近所に住んでるKORNのメンバーも呼んで来よう、みたいなノリになっていく。器用に英語を歌いこなす一歳児に、所々に「パプリカ」の振りが見え隠れするダンスを踊る小学一年生の娘、釣られて他の児童も踊り始め、合唱する。野太い声で「Oi! Oi! Oi! Oi!」と合いの手を入れているのは教頭先生である。
「Ba-----by!」曲の途中、ギターがガシガシとした演奏に変わる場面で、息子のオーディエンス煽りも最高潮に達する。通りがかりの高校生大学生、他の集団登校児童も巻き込み、モッシュピットが形成される。私は全身叩きすぎて痛くなっているが構わず続ける。娘は踊りながら空を飛んでいる。DJ役になった教頭が虚空でターンテーブルを回し、激しくスクラッチを続けている。

 曲が終わり、皆がやりきった感を出している中で、教頭がネクタイを締め直す。娘と仲良しの子のママさんが、「今日風邪でお休みします」と書いた連絡帳の入った袋を娘に渡す。もう一曲やりたそうな息子からマイクを取り上げる。
 集団登校より一足先に歩き出していた教頭が引き返してきて来週の課題曲を告げる。
「マッドカプセルマーケッツの『WALK!』です。皆さんわかりましたか」
「はーい」「マッドの『4 PLUGS』からなら、僕は『神歌』がいいな」「僕は『ノーマルライフ』」とりあえず全部練習しておこう、と私は思う。全身腫れ上がりそうだ。
 息子はといえば、向かいの公園で猫が歩いているのを見つけ、「ナーン」と呼び掛けている。最近犬との区別が出来るようになったのである。

(了)

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