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「Arabesuqe」COLDPLAY

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動画はこちら(ライブバージョン二種類)
https://youtu.be/FKhztysNd_s
https://youtu.be/O-biyaFYszk
歌詞
https://youtu.be/ZJNG3WmsOs4
https://denihilo.com/coldplay/arabesque



 年老いたギタリストが語る。

 音楽は武器だ。
 音楽は麻薬で。
 音楽は記憶だ。

 麻薬と呼ばれるような薬物が脳に不可逆なダメージを与える話を知ってるか? 何も薬物に限った事じゃない。全ての事に取り返しは付かない。一度起こった事を起こらなかった事には出来ない。時間は戻らない。全ては不可逆なんだ。分かるか。今俺の話が分からなくても構わない。ただし、俺の話を聞かなかった事には、もう出来ない。耳を塞ぐなら今のうちだ。ある曲を聞いたなら、もう聞かなかった自分には戻れない。中毒性の強弱はあるにしろ、自分の中でその曲は響き続ける事になる。気分が高揚する事もあるだろう。絶望が加速する事もあるだろう。どうしようもないくらいに救われることもあるだろう。

 年老いたギタリストの腕は折れ曲がっている。それでも彼は独自の奏法で曲を奏でる。

 暴徒化した群衆に踏み砕かれたんだ。妙な形に曲がったままくっついちまった。もう二度とギターは弾けないと思ったが、ギターの方に体を合わせりゃどうにかなった。折れ曲がった腕に合わせて特注のギターを作ろうと最初は思ったよ。でもそれじゃそこらにある様々なギターが弾けなくなるだろ? だから、ギターの方に俺を寄り添わせた。俺に無償でギターをくれる連中がいるんだ。買ったはいいけど弾けなかった奴。ギターから逃げ出した奴。亡くなった誰かの大切な形見を俺に預けていく奴。俺は世界中を歩き回るから、弾き潰したギターはそこらの子供にやってしまう。俺の事を知っている奴がどこにでもいるから、また誰かが俺にギターを持ってくる。

 彼に年齢を訊く。
「二千は超えた」と彼は言う。

 俺は歌う。
 俺達は昔同じ血を分けた兄弟だったのだと。
 天から落ち、同じ海に落ちた、二粒の雨粒だったと。
 大勢の罪なき人を殺したテロリストに。
 幼い頃から体を売り続ける少女に。
 過去を忘れたアルコール中毒の浮浪者に。
 使い切れない金の使い道に悩む放蕩者に。
 君の罪も俺の物で。
 君の辛さも俺の物で。
 君の過去も俺が背負い。
 君の未来も俺が預かる、と。
 俺は見当違いの理想主義者と石を投げられる。
 嘲笑をシャワーのように浴びせられる。
 知った風な口を利くなと。
 私の、僕らの、人間の、何が分かるのだと。

 俺はこうも歌う。
 本当は全て嘘っぱちなのだと。
 人と人とは分かりあえないし。
 愛し合っている者達は愛し合っている振りをしている事を愛しているだけで。
 人は人を変えられないし。
 争いが止むことなど、ない。
 殺し殺され生きてきた我々の歴史はこれからも続く。
 何を今更な事ばかり歌うのだ、と俺は石を投げられる。
 スコールのような嘲笑が降りかかる。
 知った風な口を利くなと。
 お前が何を知っているのか、と。

 俺には昔相棒が居た、と年老いたギタリストは言う。

 どんな曲を歌っても人の心を打つ。人だけじゃない、動物も、無機物も、大気までもあいつの歌声に反応してしまっていた。科学も常識もねじ曲げてしまっていた。だから殺された。大地震も大津波も多すぎる台風もあいつのせいにされて、殺された。あいつは喜んで犠牲になったように、俺には思えた。それで皆の気が済むなら、そんな顔をしてあいつは殺される為に歩いていた。俺だけがあいつの罪を信じなかった。あいつが死んで神になるなら、俺は人として生き続けてやる、そう誓った。俺はあいつの愛した曲を奏で続けている。あいつが生きていれば愛していたであろう曲も奏でる。これまでに何億の曲が生まれたのかは知らないが、いつまで経っても人は新しく音楽を創る事を止めない。これで終わり、なんて事はないんだ。

 それから彼はギターを弾き始める、これで話は終わりだ、とでもいうように。風が吹き、砂埃が舞う。もう数年もすれば砂漠に飲み込まれてしまうような街に、ギターの音色が響き始める。いつの間にか近付いていたサックス奏者が演奏に加わる。走り回っていた子供らが足を止める。眠っていた猫の、耳だけが起き上がる。

 彼は歌う。

 俺達には同じ血が流れている。
 どうしようもないくらいに似ている。
 音楽は武器だ。
 未来への武器だ。

 リフレインされるごとに演奏が空の高みに昇っていくように聞こえる。それは祈りであり叫びでもある。それは人々の体を揺らす。魂を揺らす。聞かなかった事には出来ない。

 演奏が終わると、年老いたギタリストは投げ込まれた小銭を拾って歩き出している。「腹が減った」と彼は言う。ポケットから食べかけのパンを取り出して不味そうにかじる。これから何処に行くのか、と私は訊く。
「パンを買って、次の街だな」と彼は答える。
 私は彼に付いていく。「やめときな」と彼は言う。私は彼に付いていく。「やめときな」と彼は言う。私は彼に付いていく。「やめときな」と彼は言わなくなる。私は彼に付いていく。食べ残しのパンが、私に投げられる。硬くなったパンをかじって、私は彼に付いていく。

(了)


「年老いたギタリスト」は「悪童イエス」
http://neetsha.jp/inside/comic.php?id=21543
の登場人物、ユダ。
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