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https://youtu.be/wZkw35wMLGA
入れてくれ。
俺も仲間に入れてくれ。
俺もその部屋の中に入れてくれ。
お前しかいないその小さくて片付き過ぎた部屋に。
悩みも苦しみも喜びも詰め込んで鍵をかけたその部屋に。
鍵穴から僅かに漏れる、小さな溜息のような囁き声だけがお前の本音だと皆は信じていた。
でもそうじゃなかった。
お前の心に、体に、魂に作られていた部屋の中には、決して外には出ていかない本心が隠されていた。
全てが明るみになった時には遅すぎた。
お前の命は失われてしまった。
お前の頭は撃ち抜かれてしまった。
自らの手で。
自ら引いた引き金で。
でも本当はそうじゃないだろう?
引き金には大勢の指がかかっていたのだろう?
見えない所から、遥か遠くから、過去からあるいは未来から。
ごつごつとした指や、細くて柔らかい指や、年老いた指や幼すぎる指が。
見えない物がお前には見えてしまったし。
見てはいけない物も見過ぎてしまった。
もう遅いのは分かっている。
開け放たれたお前の部屋は無限に近い人達に蹂躙されていく(人類はこれからも幾らかは繁栄してしまうだろうから)。
入れてくれ。
鍵のかかっていたお前の部屋に。
時を戻してまだお前が生きていた頃のあの部屋に。
Let Me In。
Let Me In…。
「Let Me In」はカート・コバーンに向けて書かれた曲。和訳されたサイトが見つからなかったので、タイトルの意味だけ調べて、後は何となくこんな風に、と続けてみた。元の歌詞の内容とは全然違う。
失われた命は戻らないし、遺書以上の事はもう分からない。カートが自殺した部屋ではR.E.M.のアルバム「Autmatic For The People」が流れていたという。R.E.M.のメンバーは、当時憂鬱の底に沈んでいたカートとの共作の話を持ち掛けていた。しかしそれはかなわないまま、周囲が懸念していた最悪の結果として、カートの命は失われてしまう。
とまあ、カート・コバーンについて書いたり考えたりするのは一旦止めておこう。私達は生きて先に進まなければならない。生活を続けなければいけない。新しく愛せる曲を探さなければならないし、まだまだ多くの物を取り込んで自分の物にしていきたい。貪欲に、生ある限り。
一ヶ月ほど前に私は、下腹が出てきている事に気付いた。内臓脂肪と呼ばれる物が付きすぎているように見えた。炭水化物を摂りすぎてる、家に帰って晩飯を食べたらすぐに寝る生活が続いている、歳をとって新陳代謝が悪くなった。中年太りというやつがやって来た。これはまずいと感じた。この肉を落とさねば、と。
以来私は毎朝10㎞のジョギングと腕立て伏せ背筋スクワット各100回、炭水化物の代わりにプロテインを飲むようになった。無事スーパーヒーローのような体を手に入れたが、髪の毛は失われた。
嘘だ。
お腹回りの運動を始めたが三日で終わった。
カロリー制限をしようと、昼飯の量を減らした。すぐに食べ終わる為、休憩時間が余るようになった。元々昼間のバタバタする時間に現場に居られるよう、一人早めに休憩を取っていた。そこで、これまではしていなかったが、休憩中にイヤホンを付けて音楽を聴くようにした。聴きながらうとうとすることで、熟睡しない分、眠りの底から自身を引っ張りあげる労力を使わなくて済むようになった。曲によってはトリップするような感覚もあった。
ここから新説である。
「音楽はエネルギー源である」
昼の摂取カロリーを減らした私だが、それでフラフラしたり、頭の中が「腹へった」で埋め尽くされる事もなかった。むしろ以前よりも集中力が増し、ミスも減った(決してゼロにはなる事はない)。
ある日の休憩中セットリストである。
「Numb」LINKIN PARK
「Knights of Cydonia」MUSE
「EIGHT BEATER(Live)」「TATTOOあり(Live)」NUMBER GIRL
「Arabesque」COLDPLAY
「ALL Apologies」NIRVANA
休憩帰りに「All Apologies」のイントロを口ずさみながら歩いて「泥さん、そろそろ警察呼びますよ」とか言われるのだが、それはいつもの事である。
休憩中に目を瞑って集中して聴いた曲は、食物と同様またはそれ以上に、私を動かすエネルギーとなっていた。これを読んだ皆さんも機会があれば試してみてほしい。余分な肉を落とせるかもしれない。新しい曲を探すのではなく、好きな曲をより掘り下げる方が向いている。昼からの仕事に向けてテンションを上げていく、という目的の為、穏やかな曲は向かない。やがて音楽は食物の代替エネルギーとなり、食料危機を救う事になるかもしれない。
既に私の体は空腹時に音楽を求めるようになっている。「休憩中」と題したプレイリストに入れた曲達も、「早く俺を聴け」「俺を食べろ」そして「俺をお前の中に入れてくれ」とでも言いたげに行列を作っている。
Let Me In。
Let Me In……。
私は貪欲に彼らを食らい、生活する為に働く。仕事の最中に、先程食らった曲達が腹の中、頭の中、魂の中で暴れまわる。それらと共に、生きていく。
(了)