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「深夜高速」フラワーカンパニーズ

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https://youtu.be/qAh8Z5pH7aI
オリジナル
https://youtu.be/qAh8Z5pH7aI
ライブバージョン



 車の後部座席に寝かせた死体を乗せて、倉浜は深夜の高速道路を走っていた。ヘッドライトはごく手前しか照らさず、そこには平凡な未来は転がっていなかった。いい歳になっても続けていた青春ごっこも、とうとう終わりを迎えようとしていた。
「結局殺してしまったじゃねえか」
 本当に殺されるべきは自分なのに、反対にどうして、と倉浜は思う。初めてではない人殺し。後悔しかしない取り返しの付かない犯罪。どこに捨てに行くかは決まっている。かつて愛した人を埋めた場所。これから愛する人を埋める山。

 倉浜に殺された浅賀が、倉浜から聞いた話の大筋を記す。倉浜は若い頃、当時付き合っていた女を殺した。違う男になびいて行くのが許せなかったからだった。殺して埋めたという。しかし彼女には身寄りがなく、新しい男もさほど彼女に執着していなかった為、誰からも捜索願いが出されず、彼女が殺されたことは誰にも知られず、つまり倉浜の罪は何の罰もなくかき消されてしまった。
 倉浜は罰されたかったが自首する勇気もなく生き続けた。誰かに殺されることを願いながら。動物園で働き、猛獣と呼ばれる動物達を担当し、飼育中の事故で殺されてしまおうと思った。しかし彼は動物達に非常になつかれてしまい、ライオンも虎も彼の前で猫のように大人しくゴロゴロしてしまうのだった。
 そこで彼は一頭の黒ヒョウを殺した。リルという老ヒョウで、仲間もおらず、老衰による死が近付いているのは倉浜の目から見ても明らかだった。いつものように、食事の時間に彼にじゃれついてきたリルの喉を、倉浜はナイフでかき斬った。リルは一瞬野生の光を瞳に宿し、息絶えたという。
 それから後輩の飼育員を呼び出し、彼を激昂させ、リルを殺したナイフで倉浜を殺させようとした。手の込んだ自殺に老ヒョウと後輩を巻き込もうとした。しかし倉浜の望みは叶わず、後輩はナイフを捨てた。
「先輩の罪は問いません。ただ、出ていって下さい」と後輩の飼育員は言った。「俺、倉浜さんがどんな動物からも好かれてる姿、好きだったんですよ」と続けた。
 一頭の老ヒョウの死はニュースにもならず、動物園の外には広まらず、またしても倉浜の罪は消えてなくなった。

 浅賀は倉浜の話を疑っていた。人の罪はそんなにも簡単になかったことにされるのだろうか? 自暴自棄に生きているように見えるこの人の、そうなった理由、ではなく、このようにして生きていたい彼が創作した、偽りの事件達ではないだろうか。あるいは人から聞いた話を、自分の罪として背負い込む類いの人なのでは?

 浅賀は絵を描いた。学生時代、美術仲間達と開いた集合展示会の記憶から逃れられず、就職しても仕事は二の次になり、たびたびミスをし、結局辞めた。金にならなくても、何の役にも立たなくても、自分の描いた絵が誰にも響かなくても、描き続けた。それ以外に楽しいと思える事など見つからなかったから。夜の仕事をしながら製作を続ける日々の中で出会ったのが、客で来ていた倉浜だった。何度か身体を重ねる内に、倉浜は浅賀に、裁かれなかった罪の話を始めた。それからは浅賀には倉浜は顧客ではなく、描く対象にしか見えなくなった。モチーフを食い荒らした。

 ある日浅賀はとうとう疑問を口にした。
「あなたは誰も殺していなかったんじゃないの? 今あなたが惨めに生きているのを、作り話で慰めているだけじゃないの?」
「そんなことはない」倉浜は応えた。しかし証明出来る物はなかった。
「そんなことはない、はずだ」それを聞いた浅賀まは憐れな倉浜を笑った。そして絵筆を取り、惨めな中年男の絵の続きに手を付けた。描き出したら回りが見えなくなる為、倉浜が首を締めるのにも気付かなかった。

 倉浜はかつて愛する女を埋めた山に辿り着いた、はずだった。しかし山は跡形もなく削られ、消えてなくなっていた。埋めたはずの女の死体ごと。倉浜の罪と一緒に。
 では今後部座席に転がしている死体はどこに埋めればいい? かつての俺の罪の証拠はなくなってしまったが、今殺した女は確実に転がっている! 
 電話が鳴った。殺したはずの浅賀からで、「今どこにいるの?」と倉浜に語りかけてきた。
「あなたが首を締めていたのは、デッサンに使っているマネキンよ」
 死体にかけていた毛布をはがすと、そこには確かに無表情のマネキン人形が転がっていた。
「きっとあなたが話してくれた罪の数々も、そのマネキンのように、本物の罪ではなかったのよ」
 倉浜は茫然として携帯を取り落とし、浅賀の声は聞こえていなかった。
「あなたがマネキンを担いで真っ青になって出ていった時、死にに行くみたいに見えて怖かった」
 もう絵の続きを描けないんじゃないかと思って、とは言わなかった。
「生きてて良かった。戻ってきて」
 倉浜は浅賀を殺していなかった。しかしこれまでの殺人は? ヒョウ殺しは? ひょっとして俺はこれまで、誰も、何も、殺してはいなかったのか?
 携帯を拾い上げ、今度は倉浜の方から浅賀に話しかけた。
「とにかく生きてて良かった。今から戻る」
 
 倉浜は深夜の高速道路を、飛ばして走った。俺は、誰も、何も、殺してはいなかった! そう叫びながら。これまでの長い年月の罪の意識をかなぐり捨てるようにして、どんどんスピードを上げた。ヘッドライトの照らす先に、高速道路に居るはずのない獣の姿が現れ、倉浜はハンドルを切った。黒ヒョウだった、リルだった、と倉浜は最期にそう思った。

 浅賀は永遠に戻れなくなった倉浜の帰りを待ちながら、製作中の絵の前で眠ってしまった。部屋のスピーカーから、倉浜にかけた言葉から思い出した、フラワーカンパニーズ「深夜高速」が流れ続けていた。

(了)

参考自作品
倉浜の前日譚として
「殺されたヒョウのいる檻の中で」
http://neetsha.jp/inside/comic.php?id=6557&story=1
浅賀の前日譚として
「少女ゲルニカ」
http://neetsha.jp/inside/comic.php?id=10865&story=32
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