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今日も一文字も書かなかった。
今日もまた。小説を。
酒は飲まないので音楽を浴びた。いろいろ聴いて、ハンバート ハンバート「虎」に落ち着いた。
最近は似た年代のアメリカのオルタナティブ・ロックやらメタルやらばかり聴いていた。バンドの事を調べたら、ボーカルがよく死んでいた。死んでいない人達も近々死んでいくような気がした。疲れた私の魂は、フォーク・デュオという形を求めた。
人の胸に届くような
そんな歌がつくれたら
だめだだめだメロディ一つできやしない
酒だ酒だ同じことさ
昼間からつぶれて眠る
中島敦「山月記」に出てくる李徴という男は役所勤めをしていたが、内心は詩人になる事を夢見ていた。けれども詩では食えず、虎になる。酔っ払いという意味の「虎」ではなく、肉食の獣の、虎である。かつての友人の前に虎の姿で現れた李徴は、友人に自作の詩を託す。その後で、故郷に残してきた妻子への伝言を頼むのだ。「詩なんかより、こっちの方を先に言うべきだった」という自虐と共に。
私は李徴ではない。しかし自分の死を想った時にまず浮かんだのが、「これから書くつもりだったたくさんの小説が失われてしまうな」だった。妻子の事よりも先に。
何を見ても何をしても
虚ろな目は死んだ魚
吐き出されたコトバたちが
部屋中溢れて腐っている
視界の片隅で黒い猫の尾が揺れる。ペット不可の部屋にいるはずもないのに。反対側には猫より小さな人間達が、隠れてこそこそ何か喋っている。かつて「ストーリー・チルドレン」で書いた、これまで中途半端に書いて中断している物語の、登場人物達のなれの果て。覚えてない名前の誰彼が、元々持たなかった顔をしわくちゃにしている。笑っているのか怒っているのか分からない。
「虎になれるはずもないだろう」と誰かが言う。
「お前はまだ何にでもなれるだろうと勘違いをしているが」と誰かが続ける。
「今のお前はもうとっくに、『なれの果て』なんだよ。お前のよく使う言葉は、お前自身を指していたんだ」
誰かと思えば、鏡に映る自分だ。
李徴は友人との別れ際にこんな事を言う。
「帰りは違う道を通ってくれ。次に会った時、君を喰ってしまうかもしれないから」
人と虎の間で寝転がりながらスマホで文字を打つ。
「これは小説かな」と打つ。
「本当はそんな事どうでもいいと思ってるんだろう」と、鏡から離れたのに誰かが言う。
外で獣が吠えるような声がする。虎かもしれず。人かもしれず。
あるいはそれも、歌。
(了)
千文字前後掌編小説集から
「オーバードーズ・レインボー(ストーリー・チルドレンのいる部屋)」
http://neetsha.jp/inside/comic.php?id=10865&story=16