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「MOTHER」PUFFY

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動画はこちら。
https://youtu.be/QWlvWLwxZ3s



 どこまで行っても付いてくる大きな太陽に追われながら、僕らは退屈な毎日をとりあえず続けています。

 好きな曲から抜き出した歌詞を絡めて、長峰俊夫は頭の中で手紙を綴り始めた。何もかもを考えたくなくなり、河川敷を散歩した際に背中を追ってきた太陽の光を浴びて思い出した曲だった。実際は退屈どころではなく、首の回らない借金もあるし、日常化した暴力のただ中にもいるし、本当は昔の夢を追いかけたりもしたい。でも改まって書く手紙にはそんなことは書けない。肌寒くなったり蒸し暑くなったりの季節で体調管理が難しいですね、と相手を気遣う文章を書き、相手はもう体調など管理しようもない相手なのですぐに消した。

 好きな人が出来ました。結婚しようと思いました。結婚資金も作りました。二人で働いて返そうね、と約束して借金までして作りました。彼女はそのお金を全て持って出ていきました。
 そう書いてやっぱり消す。お金を融通してくれと頼む手紙みたいだ。もうお金なんて用意できない人に向けて書いているのに。

 河川敷の散歩はランニングに変わり、多くの人とすれ違った。高校生のカップルもいれば、老夫婦も小学生の男女もいた。全員同じ人達の組み合わせで、現在過去未来の姿で歩いているのではないかとふと思った。どの時代でも私達は幸せでした、いろいろあったけどずっとこの人と一緒です。なんて。俊夫達にはなれなかった姿で。

 川沿いに走り続ければ海まで行けるかな。同じPUFFYの「海へと」も大好きな曲だが、俊夫はまだ「MOTHER」に留まっていたかった。曲の中には一言も母という言葉は出てこないのに、どうしてこの曲名なのか不思議だった。けれど俊夫はこの曲を思い出しながら、もういない母に向けての手紙を綴る。実際紙に書いている訳ではないから始まってはいないが、だからこそ終わりもない。

 鴨がお尻を突き出して川の中を探っている。中洲でゴイサギが微動だにせず辺りを睥睨している。また何組かの恋人達とすれ違う。疲れてきた体で昨日借金取りと交わした会話と去年の誕生日の事を脈絡もなく思い出す。どこから間違えたのかなあ。最初っからかな。拝啓。お元気ですか。僕は元気です。それではまた。頭の中で手紙を簡潔にまとめる。見渡す限りに青過ぎる空が広がっている。まだまだ海には着きそうもない。

(了)
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