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「ミルク」Chara

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動画はこちら
https://youtu.be/6XPT3sqjB8E

今回の話の関連動画
「LAND OF LOLA」三浦春馬
https://youtu.be/Ynt8zkhXc-g


 
 娘のココが牛乳をよく飲むようになった。多ければ紙パック一日一本空ける。とはいえ今の一本は900ml入りだ。私も昔はよく飲んだが、大人になってからは牛乳を飲むと腹を下しやすくなったのでほとんど飲まなくなった。しかしたまに飲むと美味い。というか昔飲んだ牛乳より美味い。我が家では妻の好みで、明治の「おいしい牛乳」しか買ってないのだが、昔飲んでいたものより遥かに美味い気がする。パッケージをよく見てみると、空気が入らないように工夫されたパッケージングだとか、密閉出来る蓋だとかそんな事が書いてあった。空気になるべく触れさせない、開けるとけっこう早く飲みきってしまう、といった所で、より美味しく感じるのかもしれない。

 これで明治から一年分の牛乳が送られてくるような身分に私はなりたい。小学二年生になったココの身長は126センチ、体重は26キログラム。どちらも平均をやや上回っている。この一年で身長が随分伸びた。私は小学三、四年の頃は少しぽっちゃりしていた。そこから体重は変わらず身長だけが伸びた。「ろくろのようだ」とある教師は言った。実家に昔の通知簿やらが保管してあり、それによると私の身長は中学卒業時には178センチ、高校卒業時に182センチ。体重は61キロとあった。小学校から変わらず「整理整頓出来ない」「字が汚い」「はきはきと喋るように」といった評価だった。今もそうだ。

 息子の健三郎は2歳と8ヶ月。近頃よく「オー・マイ・ゴッド!」と叫んでいる。意思表示をしっかり出来るようになった。
「もう寝なさい」→「いやだ!」
「おもちゃ片付けて」→「うゅさーい!」
 反抗期か。お風呂も一緒に入りたがらない。それって女の子の方が通る道じゃない? 娘のココも自分一人で頭も体も洗えるようになってきたので、子供達とお風呂、というのももうすぐ終わりかもしれない。

 健三郎がなかなか寝付かなかった翌朝、ココに訊いてみた。
「昨日健ちゃんが『きーきーかった』ばかり言ってなかなか寝なかったんだけど、どういう意味か分かる?」
「もっと遊びたかった、って事だよ。そんな事も分からないの?」
 コロナ、長雨と豪雨、真夏日及びコロナ第二波の気配。思いっきり遊ぶという事が出来ていない。また雨が続くとか。もうすぐ酷暑にもなるだろう。

 Charaの「ミルク」を初めて聴いたのはアルバム「Junior Sweet」発売直後の1997年。以来視聴するツールが変わってもプレイリストに残り続けている。テレビで「やさしい気持ち」を聴いてすぐにCDを借りに行き、ニューアルバムが出てすぐに購入したのだ。常時金欠、とにかく何もかもを安上がりに済ませていた私が、新しく知ったアーティストのアルバムを即座に購入するなど、その後もほとんどなかったと思う。当時のCharaの夫、浅野忠信の出演映画を片端から観るのはもう少し後の話。

 ココには発達障害があり、小学校では授業内容により、別室で授業を受ける時がある。支援の先生は一年生の時と同じ人で、引き続きココをよく見てもらっている。幼稚園に入園した頃、「発達障害とはいっても、皆と一緒にいる内に、他の子と遜色なく育っていくんじゃないか」と思っていた。しかし他の子と触れ合うに連れ、その違いはハッキリとしてきた。筋の通った会話が出来ない。感情の昂りを止められない時がある。音に敏感過ぎて、「嫌な音」が聴こえると何も手につかなくなる。
 年長に上がる際の懇談で、「ココちゃんの支援計画はこれこれこういう形で考えています」といった話を聞いた際の私の思いは忘れられない。聞きたかった言葉は、「ココちゃんは皆さんと同じように問題なく過ごせていますよ。支援の必要はもうないでしょう」だった。
 小学二年生の今、話は昔よりずっと通じるし、出来る事はたくさん増えた。学習面で付いていけない所はあるが、頑張れている所もたくさんある。弟の面倒をよく見てくれる。
「将来は幼稚園の先生になりたい」と言い出している。「ピアノ弾けるようにならないとね」と言うと面倒臭そうにする。いろんな歌声やら切れのいいダンスを披露する。家で宿題をしている最中にもやる。その後「ココちゃん、歌わないの!」と、教師に言われているような事を自分で言ってる。授業中もやってるの?

 最近吉本新喜劇を録画して観るようになった。新作はまだなので、各座長の選んだ傑作選を再放送している。今はもう見なくなった芸人も出ていたりする。「熊本 便」というキャラの「なんでやねんやねん」というギャグを気に入って繰り返して言う。それ、学校で言っても通じないと思うよ。すっちーの乳首ドリルを繰り返す「すな、すな、すな、すな」というのを健三郎も言い出した。
 
 2018年、FNS歌謡祭を録画した。三浦春馬がミュージカル「キンキーブーツ」での美麗な女装姿で歌っていた。健三郎が気に入り、何度も見ていた。自由に歩き出せるようになり、目が離せなくなっていた頃だ。テレビを見ながらベンチの上で踊っている姿を動画で録っていた。何を見て踊っているのかも録ろうとしてスマホをテレビに向けた。健三郎に視線を戻すと、一瞬で健三郎はベンチの端まで移動しており、危なかった。私の慌てる様子を見て健三郎は爆笑していた。
 今年録画した「音楽の日」特番を観ていたら、三浦春馬の訃報が速報で流れていた。「自殺と思われる」とまで書いてあった。
 男女の違いか、健三郎はスリルのある遊びを求める。ココの同級生の怪我やら事故やらを何度か見た事があるが、どれも男の子だった。私達が遊んでいた公園で大怪我した子がいて、子供達に私が呼ばれ、救急車を呼んだ。到着するまで電話で聞きながら応急処置を施した。買って間もないハンドタオルが血まみれになった。


みんなはいい子だよ
自分はネコだよ
泣いたってミルクしかくれない



あなたは穏やかに過ごすことを
孤独やさびしさと同じって言ってから…
「うんざりするような
 あきれ返るような
 やる気のなさでごめんね…」

姿をあらわしたこのボクを
きらいにならないでこのボクを
とめてだまってだいて
こわれやすいものを
きらって。きらって。愛せない。
だまって。だまって。
途中で放り投げてこわす…
鏡のない世界で


 名前だけ聞いてもピンと来なかったが、キンキーブーツのローラ役の人と知って、健三郎の踊りを思い出してから、三浦春馬について調べる事は止めた。
 Charaは初めての子育ての最中に「ミルク」の歌詞を書いたとか。初めて聴いた頃とは歌詞の響き方が違ってきた。
 世間では祝日の朝、子供達と妻の寝顔を見て、私は仕事に出る。我が家の前を通学路にしている私立校の生徒達には、今日も授業があるらしい。コロナで出遅れた分を取り返す為には、夏休みを短くするだけでは足りないようだ。
 ココのミルク卒業はかなり遅かった。健三郎はどうだろう。保育園ではもうトイレで用を足せているらしい。
 Spotifyで「キンキーブーツ」で検索しても、音源化はされていないのか、三浦春馬バージョンは出てこない。自作プレイリスト「音楽小説集関連曲」に「ミルク」を登録し、リピート再生する。「Junior Sweet」購入から二十三年が経った。当時CDを貸し借りしていた友人達の消息を知らない。

 幼稚園年長に上がった頃、ココがよく「幽霊のお兄ちゃん」の話をしていた。散歩していると側にいるのだとか。自転車の空いている座席に荷物を置こうとすると、そこは幽霊のお兄ちゃんが座ってるからやめて欲しいだとか。
 いつからか言わなくなった。弟が出来てからはそれどころじゃなくなったのか。今もいるが言わなくなっただけか。

 書く事全てが遺言みたいだ。
 そろそろ倒れるかもな、なんて毎日思う。
「でかくて細身の奴はタフなんだ」みたいな台詞を映画「ファイト・クラブ」でブラッド・ピットが言っていた。
 高校時代から体重は十キロ増えたが、二十年以上も年月を重ねた実感はない。
「ミルク」を聴き続ける。あの頃と同じように、耳が喜んでいる。


(了)
 
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