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「アジアの海賊」坂本冬美

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動画はこちら
https://youtu.be/3SjbINT2G9w


※ブルック:漫画「ONE PIECE」登場人物。歌が上手い骨の人。


 オールブルーの海でブルックは歌う。腹から声を出して同胞(はらから)に向けての歌を。
「お腹、無いんですけどね!」
 悪魔の実「ヨミヨミの実」の能力者であるブルックは、一度死んで蘇った身だ。しかし白骨化した自身に戻ってしまったから、骨とアフロしか残っていない。誰にも聞かれないスカルジョークが空回りして、海風が骨身に染みる。いや、骨に染みる。

 無数の幽霊船が漂う海でブルックは坂本冬美「アジアの海賊」を歌う。全ての海賊達の魂に向けて。とりわけかつての仲間達に向けて強く。宴は一人でも開けるものだ。肉体を持たない者達もブルックの歌に唱和する。ソウルキングと呼ばれた事もあるブルックの歌声にかなう者などいないが、魂だけで歌う者達の声はブルックの骨に絡み付き、彼の歌声をよりたくましくする。
「ソウルフル!」ブルックがサメの形のボディを持つギターをかき鳴らすと、ソウルメイト達がオールブルー中から集い、群衆と化した。幽霊船に定員などない。ぶつかり合い混ざり合うかつての海賊達の魂の中には巨人族やかつて七武海だとか四皇だとか呼ばれた者も混ざっている。

 目的地などなく幽霊船は進む。


追い風吹けば波に乗れ
向かい風だと血が騒ぐ
運を積んだらソレソレソレと
東南西北風まかせ
アジアの海賊の船が出る


 所々歌詞を変えてブルックは歌う。かつて所属した「ルンバー」「麦わら」といった名前に変えて。今はもうどこにも存在しない海賊団の名を冠して歌う。
 幽霊船に何かがぶつかる。傷だらけの巨大なクジラの頭だ。ブルックのかつての仲間で、長年待たせてきた一頭、の遠い子孫である。時を越え世代をまたいでも初代の想いは受け継がれ、数百年の時を経てようやく出会えた一頭も間もなく寿命を迎える。半分飛び出た巨大な魂が船に乗りかかってくるが、船体は傾く事なく進み続ける。

 大海賊時代はとうに終わり、世界には人の姿すら無くなっている。幽霊船の大船団が、いつまでも伝説のお宝を求めてさ迷っている。漂っている。すれ違う幽霊船に向けてブルックは手を振る。馴染みの顔が手を振り返す。バギーやドフラミンゴが派手に笑い、ハンコックが歌を返してくる。

 オールブルーには全ての海の生き物がいる。オールブルーには全ての時代の人々がいる。ブルックはまだ自分が生きていた頃の知り合いの魂とも出会う。彼らは生前と変わらぬ親しさでブルックに触れ合ってくる。「歌って」と気軽に声をかけてくる。彼は故郷の歌を思い出して歌う。自分がどうしてこのように歌い始めたかを思い出す。
 幼なじみに一人の少女がいた。顔も名前も今では思い出せないが、ブルックは彼女に乞われるがままに、歌っていたのだ。当時の流行りの曲やら、童謡やら、その場限りの思い付きの即興曲を。
 当時はまだ治す事の出来なかった流行りの病で彼女があっさり亡くなってしまってからも、ブルックは歌い続けた。継続は力となり、やがてソウルキングと呼ばれるまでになる。
 無数の魂の中から、ブルックは幼なじみの少女の姿を追い求めている。財宝などより遥かに価値があるものとして。あの頃よりずっと上手くなった今の歌声を聞かせたくて。そしてあの頃には恥ずかしくてとても言えなかった一言をどうしても伝えたくて。
「パンツ、見せてもらってもよろしいですか?」
 ぼそりと呟くブルックの声など聞かず、幽霊船での宴は延々と続いている。

(了)

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