コッペパン太君のご霊前に、慎んで哀悼の辞を捧げます。
僕が君に初めて会ったときのこと憶えているかい?
もう30年も前になるかな。
夜明けの波止場で、僕はラッパを吹きならし言ったんだ。
こんばんわーって。
僕は甲皇国兵のラッパ卒のおもちゃだったからね。
「海ぐらい静かに見たいんだがな」
君は深淵な黒い瞳にニヒルな笑みを浮かべて、そう言ったんだよ。
ふたり連れだって、夜通し歩いたこともあったね。
歩き疲れて、ふらりと立ち寄ったバー。
安酒で悪酔いして、どっちがアルフヘイム人形を落とせるか競い合ったよね。
あの娘ももう買われてしまったよ。人気者だったからね。
東の空が白んできてころ、おもちゃ屋さんのショーケースに帰ってきた僕たちは綿のように疲れて眠りについた。
太陽が一番高いところにきて、ようやく僕たちは目を覚まして。
仲間のひとりが消えていて、さすがの君も落ち込んでいたね。
「あんな不格好なグヌーのぬいぐるみまで売れてしまった」
「次に売れるのは君かも知れないじゃないか」と僕は慰めたけども。
「ほっといてくれよ、あんたにゃわかんない」
そう言う君の手は震えていた。
僕はわかっているよ。
誰かのおもちゃにされるなんて君に合わない。
その後なんとなく疎遠になって、僕が先に売れてしまってそれきりだ。
しばらくしてから知ったよ。
君がショーケースから脱走して、車にひかれたって。
みんなは売れないことを苦にしての自殺だっていうけど、僕は信じない。
君は海を見に行こうとしたんだろ。
だって君はあちこち綿が飛び出ていたけど、最期まで笑っていたじゃないか。
君ともう二度と海をながめられないなんて残念でならない。
それでも僕は君の笑顔を胸に生きていくよ。
ありがとう。
どうか安らかに。