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ある商人の遺した手記

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ある商人の手記

大陸に上陸してはや数年。
商工会の助けもあり小さい店ながら私の商いも軌道に乗った。
買い物に来た常連客から聞いた話の諸々を暇つぶしがてら手記に記すことにする。

【伝承のうわさ】

例の赤毛の少女が冒険者たちに依頼を出したらしい。
様々な伝承や神話を集めているのだそうだ。
個人的に気になるので私も他の客に訪ねてみよう。
これだけ大勢がこの大陸に居るからなにか収穫もあるだろう。

信仰について。

アルフヘイムには精霊が居るらしい。
この大陸にも居ることは居るが数が種類が膨大らしい。
大きな木の神が花を付けるとそこから生まれてくるらしい。
精霊が出てこなかった花は実をつけ大地に落ちるらしい。

信仰について。

甲皇国には精霊が居るのだとか。
昔そこに居て今はそこに居ないのだとか。
ヨモギで出来た緑色の酒を煽ると精霊のささやきが聴こえるのだとか。
製造中止となったその酒の名前は”ガイシ”だとか。

信仰について。

この大陸には土着の魔物が多く居る。
空から来たもの、海から来たもの。
みな大陸の北から現れ、南に留まり、また北に帰っていく。
追いかけたものは多いが戻って来たものは居ない。

私の知っている話を書き出したがこれで全部だ。
改めて読み返すといかに少ないか思い知らされる。
それほどまでにこの大陸の文化定着は未だ未熟なのだ。
この大陸で生まれる世代の情緒はなにを見て育っていくのだろう。

【集団のうわさ】

街の北部で獣神将が暴れた、東では暴力のサーカスが夜な夜な賑わっている。
南ではエルカイダが暗躍し西では甲皇国の軍人が船で集まっている。
昼の喧騒とは打って変って夜は魔物たちとは少し違った危険が渦巻く。
それぞれ我の強い組織だが鉢合わせたり抗争が起こった話は聞かない。

元締めはSHW。

SHWの職員だった男とバーで会った時に聞いた話だ。
各々自警団のような用途でSHWが金で雇い集めた者たちだとか。
環境テロリスト、危険人物のあぶり出し、二国間抗争のマッチポンプ、武器の横流し。
この大陸の根元は単純な対立ではなくもっと根深いもののようだ。

信仰について。

クノッヘン皇帝とダートスタンが関係改善のために数日間大陸に留まることになった。
一見すると首脳同士の会談だが滞在期間中に何度もある建物に”同時に”入るのを目撃された。
以前発掘されたアルドバランから落ちてきた人形を祀るSHWの作った新興の教会らしい。
見学スケジュールが被ったのかそれともやはり戦争含め全て織り込み済みのことだったのか。

教会の中の様子。

長年の摩擦の末二国間首脳は険悪で、その打開に大陸で会談をするのだろう。本来ならば。
ステンドグラスの光を浴びて鮮やかに輝く人形を前にしたクノッヘン皇帝とダートスタン。
不思議な所作の握手を交わしSHWの刻印のバッヂを身につけ深く人形に祈りを捧げた。
警護役をしていたというその男はこれ以上踏み込むのは恐ろしいと言っていた。

この後も色々聞いたが長酒のせいであまりよくは覚えていない。
翌日甲皇国の兵隊主導で相手の男の捜索願いがこれでもかと街中に貼られた。
貼っている者たちは深くフードを被った獣神将、エルカイダ、暴力のサーカス団員。
男の行方を聞かれたが知らないと言った。そうでないと次の質問は「何を聞いた」だから。





この大陸で、この街で暮らしていくには港についてすぐの賑やかな街の部分だけ見ればいい。
あまり踏み込んだ詮索は予想だにしない敵を作りかねないからだ。
また大勢冒険者を載せた船がやってくる。あの男は逃げただろうか。
それとも既に消されて、あのポスターはカモフラージュかもしれない。
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