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“時間”

「空の片隅が」


空の片隅が、その瞼を大儀そうにもちあげると、
薄明かりは濃紺の目となって、街の細部をとらえる
どうにか今、生まれたばかりの大気の下で、
風は安らぎ、涙のように冷ややかだった

時間は、私がはっと息を呑む、
その瞬間に停止する
凍った時間の感触をたよりに、
止まった川をさかのぼる

街は、夜であった時よりも、
ずっとゆっくりと、厳かに眠って、
うずくまる家々の、ちぢこまる部屋々々は、
もはや息ひとつしていない

やがて囁きが飛び交うのだろう、
小鳥の目を覚ますに十分な声で、
芝生をそよがせるに十分な声で、
時間の秘密を十分に含んだ声で

彼らは何が言いたいのだろう、
あるいは言葉にならないのだろうか、
新たに迎えた夜の終わりと、
はじめて立ち会う《時》の誕生を
「わだつみと痛み」


いま《痛み》が天を割ってさしこみ
けがれない皮膚の表層をうがち
衝撃は、頭蓋のくらい穴ぐらの奥から、
身悶えする意識をひきずりだす

痛みよ、わたしはおまえを初めて知る
眠りのうらで降りそそぐ雨が
きたならしい落ち葉で側溝をあふれさせるように
おまえは早くもわたしの朝を、当惑の水路になげこんだ

痛みよ、おまえはむしろこの肉体を
奪い返しに来たようだ――まだわたしが実態を把握しえない
《世界》という名の、ざらざらした砂浜へ
海神(わだつみ)の声の遠くひびく場所へ

どよもす不吉な潮騒にも似て
どぎつい曙(あけぼの)がおびやかすその声が
さあ進みでよ、生きる証を訴えでよと
消しがたい反響を刻印しようとするそのとき

告訴が、感情が、名付けようのない戸惑いが
受理されぬ訴状が、彼方へむけて届け出られる
痛苦、それは絶望が血となる夜であり、
肉をふるわす――明け方だ



(2020/3/8 Sun.)
2, 1

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