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2.「鳴らせよ 鳴らせ」

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 何もかもをなかった事のように、夕日が一面焼き払ってずらかっていき、街の底に夜の闇が訪れる。壊れたまま直される事のない街灯の下に虫は寄って来ず、生気のない人々が集う。うずくまって寝息を立てる者がいる。うずくまって何か呟き続けている者がいる。倒れ伏して動かなくなった者がいる。それらを蹴飛ばして回り、財布を抜こうとして財布を見つけられず、その代わりとでも言うように、男女問わず尻に触れていく者もいる。
 リンとリクの一日はまだ終わらない。村野から手に入れた小銭で買ったパンで空腹を満たした二人は、昼よりも活動的になって街の底を徘徊する。止める大人などいない。似た境遇の子供達も彷徨っている。
 リンは鳴らす。地面を。
 リクは鳴らす。手の平を。
 子供達は鳴らす。喉笛を。
 街の底の住人達は鳴らす。震える魂を。

 新参者がいる。他所の土地で生きられなくなり、流れ流れて辿り着いた。数年前の地震で半壊したままの家に潜り込み、寝息を立てていた。まだ街の底の色に染まっていない、色落ちする前のジャケットを着込んでいた。
 繁華街があるわけでもないのに、夜になって騒がしくなる街に異様さを感じ、彼は外に出た。地鳴りが響く。歌声が響く。鼠達が駆ける。月が笑う。人を殺した過去など忘れて新参者はしばし微笑む。音の出所を探し、やけくそ気味に体と地面を打ち鳴らす子供達の元へ向かう。自分が殺した中には幼い子供もいた、と新参者は思い出す。依頼には含まれていなかった。殺さなくても良かった、と思い起こす。これから俺は、と新参者は思う。この子供達の為に生きていこう、と決心する。金ならある。彼らに全てをくれてやる、と。
 ひしゃげたシヤッターばかりが並ぶ元・商店街でたむろする子供達に新参者は近付き、警戒心でいっぱいの子供らも彼に気付いた瞬間、新参者は背中から刺される。大振りのナイフで念入りに何度も。刺した後に掻き回され、内臓をぐちゃぐちゃにされ、新参者は息絶える。新参者を追ってきた者は死体から財布を抜き取り札を取り出して、子供らにばら蒔く。ナイフを無造作に死体の着ていたジャケットで拭い、街の底色にそれは染まる。他所の土地から新参者を追ってきた部外者はすぐに立ち去り、これ以上この物語には干渉しない。金に群がる者達から少しはぐれ、リンは初対面の男の死骸の頬を撫でる。リクは放り出されたナイフを拾い、血で汚れたジャケットで包み隠す。

 空が濁り出す。もうすぐ雨が降る。内臓の壊れた男の死骸に鼠が群がる。鼠のような人も這い寄る。幾らかのお金を手に入れた子供らが地面を足で打ち鳴らす。荒れた指先から血が流れても、手の平を叩く。犬達が喉笛を鳴らす。街の底に生きる者達の震える魂に合わせて、地面も少し揺れる。黒い鼠達が入り込んだ新参者の死骸が、ぴくりと跳ねる。服などとうに全て剥ぎ取られて、死骸は全裸になっている。笑う月は雲に隠れて見えなくなっていた。

(続く)
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