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8.「道をつなぐ」

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 テレビ塔のあった街の外れから、カラスの王と人食いの茫洋と崩れたテレビ塔が混ざりあった生命体が動き出している。巨大な黒い羽根と人の頭部と、鉄の手足と、それらを繋ぐ鉄骨の中心には、多くの人の命を収めた胃袋が居座っている。「おお」「ごお」「おおお」「おぼろお」といった叫び声を上げながら、その生命体は街へと歩みを進めていく。冬になっても生き延びていた、過剰な生命力を持つ虫どもが鉄の足に踏み潰され、カラスと人と鉄で出来た胃袋に吸い込まれていく。

 リクはナイフの入ったリュックを手に取り、足音を立てないようにしながら玄関へと向かう。先に外に出たリンを追う。幸福な眠りの中にいる母親のズゥに心の中で「いってきます」と告げる。
 リンとリクだけでなく、街の子どもらも異変に気付き、夜中に集まってきている。街の電気が消え始めたのは、電柱がなぎ倒されたせいだ。黒い夜を背景に、巨大な何ものかが街の中心へ近づいてきているのを、子どもたちは認める。

 リクの持つ大ぶりのナイフ程度で倒せる代物ではない。他の子どもらも手に手に武器らしきものを持っているが、それは折れた木の枝だったり植木鉢の欠片だったり、壊れたおもちゃのピストルだったりして、心もとない。現実はおとぎ話のようにはいかない。大人の耳には届かない周波数で、化け物が叫び声を上げる。「食っちまうぞ、不味いがな、食っても腹がいっぱいにならないのは知ってるがなあ、食わねえとなあ、動けねえんだ、震えねえんだ、壊せねえんだ」かつてのカラスの王の威厳をなくした化け物の姿に、リンとリクは殺された柴犬のことを忘れ去る。かつての人殺しで人食いの不気味さを持っていた茫洋の面影は、人語を話すところにしか残っていないので、その恐怖を子どもらは知ることはない。テレビ塔の鉄で繋がれた手足は、元々滅びる運命だった設備の成れの果てでしかないから、巨大な異形にも、子どもらは壊れたおもちゃに対するような哀れみすら感じてしまう。

 いくつかの廃屋が化け物に踏み潰されたが、それらには既に人は住んでいなかった。家屋の崩れ落ちる音に慣れてしまっている、意識的に耳を塞ぐことの出来る大人たちは、まだ眠りから覚めないでいる。ついに化け物に接近した子どもたちだが、既に化け物は巨体を支えきれず、自壊が始まっていた。それでも口からはまだ強気な「食わせろ」という声が発せられていたが、もはや子どもたちの耳にすら届かなくなっている。それは生まれた瞬間から飢えに苦しみ続けた、人間であった頃の茫洋の魂からの叫びだということも、もう誰も気付ける人はいない。かつて大空を駈けたカラスの王の黒光りする巨大な羽根は、根本からもげてしまった。それは地面に落ちる寸前に無数の小さな羽根となって、綿毛のように街の上空へと消えていった。破れた胃袋から流れ出した血液と雑多な食物と人や動物の命が、テレビ塔の鉄を瞬時に錆びさせ、化け物は短い命を終えた。

 リクはまだナイフを振るっていない。
 リンの歌に合わせて、子どもらが足踏みを始める。
 揺れる地面に、かつて命だった無数のものが、吸い込まれていく。

(続く)
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