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バレンタインデイ

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 バレンタイン。それはチョコ会社の陰謀により、世の女共が男に対し理不尽な貸付をする日。平均レートは一ヶ月で300%、数学的に見てもありえない数字である。しかし、それでも異性にプレゼントをもらうということは嬉しいものだ。もらえるものはもらうと強がりを言いながらも、胸の内は期待ではちきれんばかりだろう。
 男共は若さに比例して、チョコを執拗に欲しがる。……だが、世は無常人は無情。こういった特定のイベントで明らかになるのは、覆せない格差。見た目による差別は、確実に幼き男共のピュアなマインドをブロウクンし続けている。
 やさしさは何処へ消えたのか、性格という名の免罪符は既に無効なのか。
 甘酸っぱい青い春を迎えることなく大人になっていくのだろう、世の影に生き心に闇を育て続ける、そんな若者達を見てみよう。


 週末明け、月曜日。世に言う学生達は授業を終え、それぞれ活動していた。
 光る汗が飛び散り、女子の黄色い声援を全身に受ける運動部……ではなく、旧校舎を再利用している文化部、その一室。扉を見れば“二次元研究会”の文字。この時点で部室がどのようなものになっているのか想像できた読者もいるだろうが、はてさて、中を覗いてみよう。
「……」
「……」
「……」
 部員は三人。来ていない者がいるのか、それとも最初から三人なのか。その辺りは定かではないが、現状は三人揃って誰に対するものなのかもわからない黙祷を捧げている状態だった。
 一言で表せば、非常に陰鬱とした雰囲気。
 さて、ここで説明の要らない読者もいるだろうが、一応言っておくと、昨日は日曜日、バレンタインデイだったのだ。休日にバレンタイン、この意味がわかってしまった読者は、あまり誇れないので胸にしまっておこう。
「……昨日、バレンタインだったんだね」
「……」
「黙れデブ……」
 メガネをかけた太めの男子が重たい空気を切り開かんと発言したが、“デブ”という中傷で敢え無く一蹴される。……そもそも誰がどう見てもデブなので、中傷と言うよりも単なる悪口なのだが。
 しかしデブはめげない。太めの体には太めの肝っ玉とでもいうのか、いち早くラグナロク《男共の黄昏》から脱したのは、他の誰でもないデブだったようだ。
「気にしない方がいいよ、二人とも。バレンタインなんて、元々僕達には縁がなかった――」
「――黙れっ! 黙れっ! 黙れえっ!」
 依然として黙祷を捧げる二人へのフォローとして放たれたデブの言葉は、相反するように細い男子により遮られた。
 安物のパイプ椅子に座っていたガリは、口から漏れ出る言葉の勢いに乗るように立ち上がり、自らの思いを吐露する。
「お前に何がわかる! 俺は知っているぞ……実は、お前が一日遅れのチョコをもらっていたことを!」
「なん……だと……?」
 衝撃の事実。ガリが言い放った言葉に、今まで沈黙を守っていた平凡な男子が口を開く。
 対するデブは“まさか見られていたとは”などとのたまっている。その様子を見て、普段は平凡な男子がまくしたてる。
「まさかの……裏切り……っ、先程までのフォローは全て“上に立つ者”としての発言だったというのか……! このデブがぁ・・・! ピザでも食ってろ・・・!」
「ご、誤解だよ二人とも! 僕の話を聞いてよ!」
「黙れデブ! 手前にゃもうこの二次元研究会の床は踏ませねえ!」
「話を聞いてってば!!」
 しん、と。騒がしくなり始めていた部室が静まる。予想外に大きな声が出たのだろう、声を出した本人であるデブも固まっていた。
 デブは一呼吸置くと、決心したのか“真実”を語り始める。
「確かに僕は言われたとおり、さっき女の子からチョコをもらったよ。……でも、それは僕宛じゃなかったんだ!」
 ぶわっ。デブの目から滝涙。
「先輩に渡すのが恥ずかしいから、代わりに渡して欲しいって、僕は、知り合いにチョコを渡すデブなキューピットに仕立て上げられたんだよ……! ちくしょお……僕は、被害者だ……!」
「悪かった。謝る。ホントマジごめん。いいからもう涙拭けよ、な」
 先程までデブを非難し続けていたガリが、やさしい表情を浮かべながらデブにティッシュを箱ごと渡す。次々に消費されてゆくティッシュを見ながら、ガリは自分の卑屈な精神を恨んだ。
 デブが落ち着いた頃、不意に部室にどす黒い空気が流れ始める。なんだこの居心地の悪い空気はとガリは部室を見渡すと、中心部には平凡な男子が一人。
「まだいいさ……なんだかんだと言って、お前は女の子から“チョコを手渡された”んだからな……。お前ら、バレンタイン当日の俺の行動を聞いたら……」
「な、なんだよ。言ってみろよ」
「母親に作ってもらったチョコを食いながら、一日中2ちゃんねるで2getしてたんだよ……!」
 ぶわっ。平凡な男子の目から滝涙。
 もちろんわかると思うが、母親からのチョコというのはカウントしない。この三人、母親からもらったチョコをカウントするほどの見栄は、とうに消え去っているのだから。
 あまりにも救いようのない一日を聞いてしまい、デブは言葉に詰まる。デブは胸の内に秘めているが、母親以外に、妹からもチョコをもらっていたのだ。妹属性を持つデブにとって、例えリアルシスターでもうれしいことに変わりはない。……この状況で、自分に言えることはないと一人納得するデブ。
 ガリは平凡な男子生徒の話を聞き、わなわなと震えていた。
「そうか、随分“充実した”一日じゃねえかよ……」
「なに……?」
 まさかの肯定発言に、平凡な男子生徒は伏せていた顔を上げてガリを見つめる。……ガリの目からは何も話していないというのに、既に涙が溢れていた。
「俺なんてなあ、前日に夜更かししすぎて、バレンタインと呼ばれる日の間、ずっと寝てたんだ……。その夜更かしの原因は、もえたんのアニメを全話ぶっ続けでみてたからなんだよお……!」
 ぶわわっ。ガリの目から滝涙。
 寝ているだけならまだフォローしようもあるというのに、その原因がロリコンアニメを全話ぶっ続けで見たときたら、もうどうしようもない。
 もはやフォローする言葉も無い。一言喋ってしまえば、ブロウクン寸前の少年達のマインドは持たないだろう。
 そして、気付けば少年達は三人で抱き合っていた。滝涙を流しながら、言葉を交わさず、ただただ言葉にならない悔しさを部室の中心で叫んでいた。


 この一節は日本にありふれた情景の、ほんの一つに過ぎない。彼等以上に悲惨な状況の真っ只中にいる男が、必ず何処かにいるのだ。忘れてはならない、糖分の塊如きに踊らされる男たちが居るのを。
 今日は僕達私達の見えないところで、数多の男共が慟哭する日。言葉にならない叫びが、今日に限り日本を包み込む――。
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