モンスターハンター外伝:闇の料理人・第一話
「御待たせ致しました。ドッカンスープ、ランランサラダ、コロコロッケ、ガッツチャーハンで御座います」
レストランのボーイが次々と料理が盛ってある皿をテーブルの上に広げてゆく。素朴な感じの料理名とは裏腹に、皿に盛ってある料理は見るからに食欲を誘うような、煌びやかな物だ。
ここはレストラン“くしゃるだおら”。首都、ミナガルデの中でも群を抜いて評判が良い店だ。……評判とは、それを根底から支える事実があってこそ成立するもの。言わずとも、その味や接客、外装・内装は評判に比例している。
――カチャリ。マカライト製のフォークが置かれる。
「うむ、今日も美味しかったよ」
席を立ったのは男。若くはないが老人というわけでもない、しかしながらその風格は只者ではないオーラを放っている。……が、そんなことはどうでもいい。何故って、その男が席を立ったテーブルの上には、半分も食していない料理が残されていたのだから――!
食器を片付けるボーイの半ば諦めたような表情を見る限り、この店ではよくあることのように見える…………見ている限り、“味”だけは評判と比例していないらしい。
「――何故ッ! 何故、またしても料理が残っているんですか!!」
おっと、厨房からだな。相当ご立腹なご様子で。
――料理人において、自分が作った料理を残されるというのは最大の屈辱だ。料理人は自信を持って、自らの経験の塊という料理を客に出す。……つまり、料理を残されるということは、自身を否定されたことにつながってしまう。
料理人の道は決して楽な道ではない。何年もの修行を重ねて、初めて、自分の作った料理を客の前に並べれるのだ。それらの苦労と経験の結晶、それが料理――“料理人”が出す料理なのだ!
「客は、なんと言っていました?」
「今日も美味しかった、と……」
遠慮がちに、ボーイが答える。見るからにシェフの横暴にうんざりしています、ってな雰囲気だな。
「……くッ! 馬鹿にするのもいい加減にして欲しいものですね! 残すのなら、素直に不味いと言えばいいものじゃないですか!!」
なんとも救いがたい。性質の悪い利己主義の塊のような奴だ。……はぁ。
「――そこのエゴ野郎、そんなに自分の料理を残されたことがショックだったかい?」
「だ、誰ですか貴方は!」
おうおう、噛ませ犬オーラがひしひしと伝わってくるくらいに酷い台詞だぜ。
「聞かれてしまっては応えねばあるまい。――ある者は俺をハンターと呼び、またある者は俺を料理人と呼ぶ。そしてまたある者は、この俺を“闇の料理人”と呼ぶッ!」
「闇の料理人……ま、まさか、あの、料理人でありながら古龍さえも倒してしまうほどの実力を持つという……!」
周りがどよめく。無理もないさ、なんたって俺の評判はこのレストランの比じゃないからな。……評判よりもこの俺がここにいるという事実が衝撃を与えているようだが。
「そこまで分かっているのなら話は早い。――――この俺と、料理対決をしろッ!!」
ここまでくれば察している者もいるだろう……くっくっく。
「この店を貴方のような人に渡せというのですか!? 馬鹿馬鹿しい! 結果が分かっている勝負をやるのは、馬鹿だけですよ!」
お気付きの通り、この俺との勝負に負けてしまうと自分の店を俺に明け渡さなくてはいけないのだ。俺が決めたわけではないのだが。
無論、この俺に勝てばその様なことにはならない。単純な勝者と敗者の図式だ。
「貴様ぁ!! 勝負をしないということは、自らの負けを認めるのだな!!」
「な、何故そのようになるんです! 勝負はしていない、勝ちも負けもないですよ!」
「そのような台詞が、既に貧弱ッ! 矮小ッ! 料理人の風上にも置けんわ! ……勝負をしないということはな、自らの経験に自信が無いということだ。そんな輩が一つの店を任されているとは、世も末だな!!」
「ぐ、ぬ、ぬぬぬうううぅ」
俺の、この“趣味”は先ず、料理勝負を相手に承認させる必要がある。俺だけの独りよがりじゃ、成立しない。……そして、その勝負を成立させるまでが一番の難関と言えるのだ。
最初の頃は俺も無名で、風のように現れては風のように勝利して去ってゆく、そんな気楽なものだった。まさか無名の、それも店も持たない奴に負けるなんて、この腐りきった料理界の高慢なクズ共が思うわけがない。……しかし、やはり勝負なんて持ちかける料理人なんてのは嫌でも目立ってしまい、現状の通り勝負をしたくても出来ないという、本末転倒な事で苦労をする羽目に。
まぁ、今回の相手は言うまでもなく、文句なしにやりやすい。挑発したら反応し、煽れば怒り……ここまで単純な相手は初めてだ
「返答はどうした。……まぁ、勝負しないならしないで、無条件に俺がこのレストランをお前よりも繁盛させるだけなんだがな! くっくっく!」
「く、くそう!! わかりました、やってやりますよ! その憎まれ口、勝負してからでもきけるか楽しみです!!」
――はい、一丁上がり。ここまでくれば既にコイツはまな板の上の鯉、どう料理するかはこの俺の腕にかかっているというわけだ。
「本人の了承を得たことだし……相応しい場所へ移動するぞ」
「相応しい、場所ですか?」
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「さァー! やぁって参りました、第318回料理対決ゥ! 司会はこの私、ボブソンがやらせていただきまーす!」
まるで地震のような歓声が闘技場から放たれる。見る者によってはこの歓声も怒声に聞こえてくるだろう、この熱気。
ミナガルデを凌ぐほどまでに発展した街、ドンドルマにあるこの大闘技場。普段はハンター達が捕まえた飛竜同士で戦わせている場所……なのだが、それだけではなく多目的ホールのような役割も果たしている。つまり戦いはもちろんだが、他にもフリーマーケットのようなイベント等もこの場所で催しているのだ。
「最近の料理対決は物足りない、そう思っている諸兄! 今日の試合は一味違う、何故なら、あの“闇の料理人”だからだーッ!」
「「「ウオォオォォオオ!!!」」」
凄まじい歓声、いや、怒声! 観客のボルテージをここまでみなぎらせるほど、闇の料理人は知られていた。そして、今夜も期待されるほどまでの何かがある……っ!
「諸兄もそろそろ痺れが切れそうだとは思う。だけど待って、今夜の特別審査員を紹介させてくれ! おいでますは正面入り口ィー! んんっぅぅぅうアンヘルさんだァーッ!!」
これまたはちきれんばかりの歓声と共に、ボブソンの指差す正面入り口から一人の人間、女性が姿を現した。髪、目と共に赤。身に纏うは紅の防具。その姿、真紅の化身。
「や、私はおいしいものが食べられるって聞いたから来ただけよ。……ドンドルマくんだりまで呼び寄せてくれたのだから、不味い物でも食わせたらどうなるかは分かっているんでしょうねぇ?」
どうやら長旅で疲れているのか、気が立っているようだ。……長旅の所為であって、普段はこんなじゃないと思いたい。
「は、HAHAHA! 今日の特別ゲストは、現在売り出し中の現役ハンターさ! その実力はお墨付き、ギルドでも一目置かれているそうだ! ……ちょっと恐いことが玉に瑕という話もあるけどね」
ここは料理対決の場でもあるが、それだけではない。それは、ハンターの知名度を上げることだ。現役のハンターを審査員と称すことで大勢の観客の前で紹介する……これほどまでに適した広告は無い。そして、その広告料でこの料理対決は運営されているのだ。
しかし、今回は“特別”審査員と称している辺り、審査員が見つからなかった様子。これも“闇の料理人”の影響だと思うと、一体どんな料理をするのか嫌でも気になるというものだ。
「HEY YO! みんな、ノッてきたかーい! それじゃ、対戦する二人を呼んじゃうぜェーッ! チェケラゥ!!」
どうやら『チェケラゥ』が合図だったらしく、青コーナー・赤コーナーと書かれた登場口に霧のようなものが立ち込める。
「…………青コーナァー、ミナガルデ“くしゃるだおら”店長、マイケェル・アンダァーソーン!」
ドンドルマの方ではそこまで知られていないのに、先ほどまでと変わらない歓声が沸く。そう、ここではどんなに無名だろうと歓声を送るのが礼儀、一種の暗黙の了解となっている。
「…………赤コーナァー……ふっ、説明は不要ですねェ……闇の料理人だァーッ!!」
「「「オオオォォォォオォオオォオオォオオ!!」」」
今までの歓声が通例だというのがよく分かる。それほどまでに、この“怒声”は凄まじい。
「さァ、役者も揃ったところで、皆知っていると思うけどルールを説明させてもらうYO! ルールと言っても到ってシンプル、時間制限内に料理を作り、相手よりも美味しければ勝ちさ!」
「――――あの、お腹が空いたので料理対決とやらをとっとと始めやがってくれませんでしょうか?」
アンヘルが笑顔で、それでいて拳を震わせている。……ボブソンは思った。このアンヘルという女は怒らせたらいけない類の生き物だと。長年司会者をやり多くの人間を見ていた所為か、これは直感した。
「チェ、チェケラッ! チェケラッチョ! それではお待たせしました料理対決ゥー! ……準備はいいかな? それでは、ファイッ!」
どこからともなくゴングの音がしたかと思うと、二人の料理人は動き始めた。
「とうとう始まりました料理対決! 今回、久しぶりに登場した闇の料理人がどんな動きをするのか、これが一番の目玉でしょう! ……と、闇の料理人が食材の方へ歩いてゆくぞォー!」
隅のほうに山の如く積まれた食材食材、これだけの食材を集めるだけで運営費は馬鹿にならないだろう。……どう見ても食材には見えないものは用意しないほうが経費削減になるだろうに。
「くっくっく、この闘技場に来るのも久しぶりだからなぁ、今回は腕を振るうぜぇ!」
「闇の料理人が手に取った食材は、な、あれは――!」
「……へぇ、リオレウスを調理できる奴が居たんだ。これは楽しみね」
リオレウス、赤い甲殻に身を包んだ火竜。その炎は数多のハンターを焼き尽くし、その爪は初心者ハンターの防具を紙のように切り裂く。
「馬鹿な、リオレウスを調理するなんて無理に決まっている! 食べる者を殺す気ですか!!」
マイケルが言うのも無理はない。なんせ、リオレウスの全身には炎管と呼ばれる発火性の神経があるのだ。調理しようと無闇に触れようものなら、火傷じゃ済まないだろう。
「おいおい、人の心配をしている暇があったら自分の心配をしたらどうだ? 口を動かすのは食う奴だけでいいんだぜぇ、くっくっく」
言われなくても分かっていると、悪態をつきながらもマイケルは自身の調理を再開する。
「さァーて、次はマイケルのほうを見てみようかァー! おっと、材料を集めているが……内容は普通。だけど、普通なだけにその味は保証済み! 侮れない!」
「リオレウスを手に取るような奴がいたんだもの、まさかゲテモノ試食会に呼ばれたかと思ったけど……その心配はなさそうね。それよりも早く出来ないの?」
「HAHAHA! 料理は気の長いものさァー! 待てば待つほどその味は昇華され……わ、わ、わわわぁーっ!! なんと、闇の料理人サイドに火が、火柱が立っているーッ!!」
人ならば数分で灰に帰してしまえるほどの豪炎、その火柱の中になんと、闇の料理人が手を入れている。
「ど、どうしたことでしょうかー! 火傷じゃ済まないこの火柱の中に手を入れているというのに、平気な顔をしているぞォー!」
「これは……テオ・テスカトル。アイツ、ただの料理人だと思ったらとんでもない、結構な実力を持ったハンターでもあるのね」
「テオ・テスカトル? ま、まさか、古龍!?」
「よくわかったな、アンヘルさんよぉ。コイツは確かにカイザーアーム、テオ・テスカトルから成る防具さ。……火に対抗するならば、さらに強い火を持つ奴を使えばいいってわけよ!」
「んんんー、火柱の中で作業をしているようだけど、ここからじゃ見えないね! 見たいけど私は近づきたくないYO!」
闇の料理人が火を起こす材料としている物は、骨髄。リオレウスの素材の中でも特に発火神経が多い部分だ。それを刺激することで、天にまで届くほどの火柱を上げている。
「さーて、火が消えないうちに別の料理もおっぱじめるぜぇ!」
そう言いながら取り出したのはそこが深い鍋。大きいわりに、薄い。瞬時に食材に火を通すには、この形状が一番適しているのだ。
「うらぁー!」
「おおっ!! 闇の料理人が火柱の中に鍋を突っ込んで……そのまま鍋の中身を炒め始めたァ! 先ほど入れていた食材は、黄金米……チャーハンだーッ!!」
「そうっ、チャーハンに於いて火力は必要不可欠ッ! それにこの鍋もだ! この火力によって米の水分を瞬時に蒸発させ、最高のパラパラ感を醸し出すッ! ――それに」
闇の料理人が鍋を激しく動かす。それに伴い米が宙を舞い……。
「これは黄金米だ。あまり鍋に触れないよう、上手く巻き上げるッ!」
「す、すごい、米が宙で踊っているゥ! それにこの動き、そう、正に竜! 火の中で飛竜が踊っているぞォーッ!!」
「食べる前から見ている人間を楽しませるとはね。中々場慣れしているじゃないのよ」
「……っと、こんなもんか。火を通しすぎたら、今度は逆に米が硬くなりすぎちまうからな、これを見極めれるようになるまでは苦労したぜぇ……くっくっく」
慣れた手つきで鍋から皿に盛られるチャーハン。その米、黄金米というだけあり光り輝いている。
「先ずは闇の料理人特製、火炎乱舞炒飯、完成だ」
「おーっとォ、早くも闇の料理人が一品完成させたぞォ! しかもこのチャーハン、光り輝いている! 長年司会をやってきたけど、輝いているチャーハンなんてのは初めてだYO!」
「黄金米……調理する前は輝いているが、大体は調理中に輝きを失ってしまう。何故か? そりゃあ調理している奴がへタレだからさ! 黄金米というのは焦げやすく、下手に炒めすぎるとすぐに焦げてしまい、その輝きが霞んでしまうのさ!」
「――一品、完成しました」
と、闇の料理人に注目が集まっている中、マイケルのほうも料理を完成させていた。
「な、なんと! マイケルも料理を完成させていたァー! なんて速さ、これは驚きだーッ!」
まるで予想外と言わんばかりのこの反応。それもそのはず、闇の料理人の速さはこの会場にいる皆が一番よく知っていたのだから。
「司会者さん、あんたの目は節穴なの? このマイケルって人、とてもじゃないけど早いとはいえない速度で調理していたわよ」
「ふ、私の目がFUSHIANA……」
「それも、とても丁寧に作っていたわ。多分、そっちの闇の料理人とは違って変にパフォーマンスするわけでもなく、飾り気のないものを作っていたからでしょうね」
「よく見ていますね、アンヘルさん。……私の出す料理はこの、玉子焼きだけです」
「これは前代未聞! なんと玉子焼き一つで勝負を挑むそうだァー! これは勝負を捨てたかー!?」
「…………」
マイケルが出した品は火竜の卵を溶いて専用の鍋に移し、焼いただけの物。特に珍しいというわけでもなく、普通の家庭で食卓に並ぶ物だ。
「闇の料理人! 私はこの玉子焼きだけで勝負する! ……これだけで、勝つ自信があるッ!!」
「……そうか。ならば、俺も全力を以って対峙してくれるわ」
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――――カンカンカンカンッ!
「試合、終っ了ォーッ!! 今を以って、調理時間が終了したァー! 両者、自分を出し切ったかい? 渾身を込めて作ったかい? ぃよーっし! それではお待ちかね、審査タァーイムッ!!」
「やっと出来たのね。正直なところ、ここのテンションには付いて行けなくなってきたところなのよ……」
「それでは規定により、まずは赤コーナー、闇の料理人から料理を出してくれェ!」
「俺の料理は火炎乱舞炒飯、火竜のスープ、火竜のテールソテーだ」
机に並べられたのは輝く炒飯、中身が見えないくらいに湯気を出しているスープ、今も燃えているソテー。……一般的に見て、自ら手を伸ばすような料理とは言えない。
「さて、炒飯は良いとして残り二つ……ハンターの私はこの二つの部位は非常に危険だと理解しているわ。その私に、これを食べろと言うのね?」
「あぁ。否応悩む暇があったら、食え。万が一にも、危険だと思う料理を出すつもりはない」
「そ。……なら、先ずは炒飯から」
「待て! 料理を食す場合、汁物を最初に口に運ぶというのはマナー以前の問題だ! スープが先だ!」
「な、何よ、礼儀作法なんてハンターの私には関係な、は、はいはい分かったわよ! スープからでしょ!」
口では強気だが、なんと言おうとあまり飲みたくないことには変わりないらしい。恐る恐る、スープを口に運ぶ。
「さてアンヘルさん、お味のほうはどうでしょう! 私も食べたいのはYAMAYAMAなんですけど、司会は食べちゃいけないんですYO!」
「……おいしい」
「そ、そうですかァー! 美味しいですかァー!(美味しいのかYO……私も食べたいYO……)」
「そうか。じゃあ、他の料理も食してもらおうか」
最初の一口で吹っ切れたのか、次々と料理を口に運ぶアンヘル。見ていた分かったことだが、食べる速度が尋常じゃない。口に運んだと思ったら、もう既に口に運んでいる。その速さ、超スピードなんてちゃちなもんじゃない。
「このチャーハンが美味しすぎるー! 初めてよこれ、口の中でパァって、パァって! スープも初めて! こんな味、今まで味わったことない。かと言って変な味というわけでもなくて、なんていうの、美味しい!」
「こ、これは、HAHAHA! 料理もさることながら、それを食べるアンヘルさんも凄まじいものがあるねェ!」
「ソテーも、燃えているものをどうやって食うのよなんて思いながら切り取ったら火は消えて、あぁん! ダメ、言葉じゃ伝えきれないっ!」
このアンヘルの絶賛ぶりに、観客のテンションもうなぎ上りだ。今じゃどんな味がするのか、そんな話ばかりが飛び交っている。
「……ふう、ご馳走様。おかわりが欲しいところだけど、次もあるし遠慮しておくわ」
「え、は、アンヘルさん食べるの早いYO! 私解説してないです!」
この時、次が無かったら延々と食べ続けるのだろうと一瞬で皆が悟ったのは言うまでもない。
「品評なんてする暇もなく食べ終えてしまったアンヘルさん! しかし、その速さがこの料理を語っているゥー! ……続いては青コーナー、マイケル・アンダーソン!」
「はい。先ほども言っていた通り、私の出す料理はこの玉子焼き一品です」
カチャン、と玉子焼きが盛られた皿を一枚、机の上に置く。
ついさっきまで上がっていた観客のテンションも、ストップ安というものである。
「えーっと、これは食べちゃってもいいのかしら?」
「どうぞ」
アンヘルは警戒していた。それというのも、さっきまでトンデモ料理を普通に食べていたせいなのか、このひとつの玉子焼きがどうにも怪しく思えてきたからである。珍品珍品また珍品、その次は普通の玉子焼き……人間とは不思議なもの、どうしても疑わずにはいられない。
「おい、何を迷っていやがる。まさかその玉子焼きが怪しいなどと考えてはいないだろうなぁ?」
「ぎくぅ!」
擬音を口に出してしまうほどまでに、アンヘルは迷っていた。
「最初からコイツの調理を見ていたが、怪しい素振りは見せなかったぞ。それに、お前もそれを見ていただろうが。今更迷うな、阿呆!」
「……あ、カチーンときた。そこまで言うわけ、玉子焼き一つ食べるのに渋っただけで、そこまで言われなきゃいけないわけ。たかが料理でなんでそこま」
ガスッ。音だけ聞いていれば小気味いいが、見れば恐怖。机に包丁が刺さっている。投げたのはお察しの通り、闇の料理人。
「お前は今、口にしてはいけないことを口にしてしまった。たかが料理、たかが料理だとッ! その料理はな、料理人が自らの全てを出し切って作り上げた物なんだぞ! 言うなれば魂、その料理人全てと言ってもいい! ……その料理を疑うだけでなく、たかが、たかがだと言うのかぁッ!!」
「チェ、チェケラ! 落ち着いて闇の料理人ンンン!」
「――――ごめん。軽はずみな発言だった。……マイケルさん、ごめんなさいね」
二人に対して頭を下げるアンヘル。闇の料理人はまだ言い足りない様だが、マイケルのほうは先ほどから何かを思い出しているようで、ボーっとしている。
「……あ、あぁ、いいんですよ、どうぞ食べてください」
と、アンヘルが玉子焼きを口にする。先程のようにがっつくような食べ方ではなく、しっかりと味わっているようだ。
「……うん、美味しい」
その顔は玉子焼きを噛み締める度に、自然と笑顔になっていた。
「うむむ、これはどういうことでしょうかァー、私には玉子焼きのほうが美味しそうに感じられますYO……」
「ふっ、この勝負、俺の負けだな」
会場がざわめく。なんて言ったって、闇の料理人が自ら負けを認めたのだ。観客は玉子焼き一品にも驚かされたが、闇の料理人が負けたことが前代未聞、一番驚かされている。
「な、なんでですか! 確かにこれ一つで勝つ自信があると言いましたが、見るからに闇の料理人、貴方の料理のほうが」
「反応を見れば一目瞭然さ。お前、何を思って料理を作った」
「それは……そう、私の店、最初は小さい定食屋だったんですよ。その頃の懸命な自分や客さんとのコミュニケーション、そんなことを思い出していたら自然と」
「ま、それが分かれば十分だな。俺は手前の店なんぞこれっぽっちも興味がない。しかしながら、その店の味を美味く出来るのならば美味くしたい。料理人は、食ってくれる人が命だからな」
「じゃ、じゃあ貴方は……」
「おっと勘違いするなよ。手前がその玉子焼きにまで到らなければ、容赦なく店を頂いたまでさ」
「闇の料理人……」
「……な、なんか複雑な事情がありそうだし、私ゃ帰らせてもらうわよ。ご馳走様」
そのアンヘルの言葉すら届いていないだろう二人のバックには、夕陽が輝いていた……。
「なーんだかよく分からない結果になっちゃったけど、これにて料理対決は閉幕さァー! 会場の皆さん、今回も付き合ってくれてARIGATOさァーん!」
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ふっ、結局今回も収穫なしか。未だ食べたことのないものを求め続けて数年、最早飛竜種すら食い尽くしたといってもいいだろう。
しかしながら、道中俺の噂を聞くたびにその内容が極悪になっていくのは気のせいだろうか。……まぁいい、これからも旅を続けるだけさ、趣味をやりつつ、な。