午前零時、多くの人々が寝静まるこの時間に、ある住宅地にて事件が発生していた。一軒家の周りには、赤々とした光を放つパトカーが何台か止まっており、開け放たれた家の玄関には、既に黄色いビニールテープが“立ち入り禁止”の意を主張している。
――家の中にて。一人の警視が顎に手を当て、“現場”を凝視しながら立ち尽くす。……彼の名はルスナ。今まで何度も難事件を解決してきた敏腕警視だ。部下からは一定以上の信頼を置かれており、上層部が投げやり気味に押し付けてくる難事件をことごとく解決してきた。そんな彼が、極々平凡な家のリビングにて首をかしげてる。被害者が横たわる床に視線を向けながら、彼は今まさに推理を始めていたのだ。
被害者の名は犬野郎。極々平凡な家に住み、極々平凡な会社に勤めており、独身で、現在は家族と暮らしている。家族に話を聞いたところ、最後まで起きていたのは犬野郎氏であり、夜中に電話が鳴る音で目を覚ました弟が見つけたとのこと。家族仲は良いらしく、犬野郎氏本人も潔白だということが確認されている。……なんとも厄介な話だ。
ルスナが頭を抱えていると、犬野郎の部屋を調べていた空気警部補が戻ってきた。彼の話によればパソコンの電源が付けたままになっており、新都社というサイトが表示されていたとのこと。そこまでは別段頭に入れておく必要もない情報だったのだが、後に続く空気警部補の言葉に、ルスナは表情を変える。
「表示されていたサイトは漫画や小説を投稿する、ごく普通のサイトです。ですが、そこの掲示板に書き込もうとしたらしい形跡がありまして、投稿フォームには“おいまさか本当に来t”と、こんなことが書かれておりました。……突然なんですがね、その、ここだけの話、実は自分もこのサイトによく訪問しているんです。それでですね、最近三題噺コンテストという祭りを催していたんですよ」
「興味深いな。それで?」
「犬野郎氏は文藝新都で連載しており、ネットラジオで人気を博している作者です。弄りやすいキャラなのか歯に衣着せない物言いが人気なのか、なんにせよ知名度の高い彼にだけ異様に票が集まったんですよ。投票期間は一週間後までありますが、この分だと犬野郎氏がトップだと。それを良しとしない人たちが出てきまして、非難され続けた犬野郎氏は掲示板に“ねとらじで有名だろうとなんだろうと、一票は一票。俺がいなくならない限り俺がトップなのは変わらない”といったことを書き込みまして」
「つまり、そのいなくなるを本当に実行した結果がこれだと言いたいのかね」
「そういうことです」
玄関のほうへ向かっていった空気警部補を尻目に、ルスナはまたも首をかしげる。現実的に考えれば、そんなことくらいで人をぶっ転がすなんてことは出来ない。ここ、大漫画帝国においてそれは重罪だ。今も床に頭を打って気を失っている犬野郎氏も、まさか本当に自宅まで押しかけられるとは思わなかっただろう。……凶器はバナナの皮かワックスか。なんにせよ、文藝共和国からの帰国生徒であったルスナは頭を抱え続ける。何故こんなことを真面目に事件として考えなければいけないのかと。この国は大丈夫なのかと。それでも仕事は仕事だと割り切り、考える。空気警部補の言っていたことが確かならば、犯人はその三題噺コンテストに参加している作者ということになる。だが、絞り込むのは至難の業だろう。それよりも、投票結果を見て、トップになった者が犯人だと考えるほうが楽だ。この一週間で犬野郎氏よりも票数を上げられる者だからこそ、こんな大胆なことをしでかすことが出来ると。
下ろしていた視線を上げて、なにやら妙にそわそわしている空気警部補にルスナが声をかける。
「空気警部補、犬野郎氏を見る限り、全治二週間の軽症だ。しばらくはお国の命令で入院することになるだろう。それよりも、犯人の目星が付いた。……三題噺コンテストのトップに踊り出る者、そいつが犯人だ。今からでも絞り込めるだろうが、明確な状況証拠すら無い以上、今はこれ以上動けないだろう」
最後まで言い切ったルスナは、目の前で“さすがルスナ警視だ”と言わんばかりの目で見つめてくる空気警部補から視線を逸らし、溜め息を一つ。そのまま何も言わず外に出て、煙草を咥える。
――ああ、ばからしい。そんな一言を漏らし、パトカーに戻るのだった。