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とあるクリエイターの憂鬱

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 ――納得の行くモノが創れない――

 ここのところ、私は悩んでいる。
 アイデアが浮かばない。思ったカタチに仕上げられない。そもそも創ること自体に失敗する――。
 創り方は間違っていない筈だ。自慢ではないが技術も十分にある。思い付く改善策は全て試した。
 だが、やはり全く上手くいかない。気が付くと自分の存在意義について自問していることすらある。重症だ。
 パズルのピースを一つ失くしてしまったような喪失感。
 しかしそのピースが何なのか、よく解らない。根本的なところを勘違いしているのだろうか。
 以前は解っていたような気がするのだが……。



「ごめん下さい。どなたかいらっしゃいませんか」
 扉を叩く音に、辺りに拡散した意識が収束する。視界には白い壁と天井。忘れていた気だるさが襲い掛かってきた。
「やっぱり誰もいないんじゃない? こんだけノックしても誰も出てこないしさ」
「扉の向こうに確かに気配はあるんだけどな。仕方ない、諦めるか」
 どうやら旅人のようだ。私は部屋を確認し、扉を開けて旅人を出迎えた。

 旅人は巨大なリュックを背負った黒髪の女性だった。靴の土を落とし、褐色のジャケットの埃を掃ってから扉の内に入る。
 腰のベルトに揺れる銀の鍵は少し子供っぽく見えた。
 旅人はここで少し休憩させて欲しいとのことだった。もちろん快く承諾した。旅人が感謝の言葉を口にする。
 旅人がここを訪れるのは本当に久しぶりだ。以前は……いつだっただろうか。記憶に霧がかかっている。
 ただ、その頃の私は素晴らしいモノを創ることが出来たことだけは良く覚えている。かつての旅人にも賞賛された気もする。

 部屋に上がった旅人は、少しの間部屋の中を眺め回していた。特に何も無い筈だが、何も無さ過ぎるのもヒトの興味を引くのかもしれない。
 それなりに疲れた様子の旅人を食事に誘ってみた。
 旅人はあっさりと頷いた。銀の鍵が「相変わらずタダ飯なら見境無しだねぇ」と旅人をからかう。
 少しお待ちを、と言って、大き目のテーブルと椅子を出す。座るよう促すと、ジャケットと荷物を置いた旅人は素直に従った。

 しかしよく考えたら最近は食事など……。何を出そうか……。
 少し考え、思い付いたモノを出した。

 旅人の前のテーブルの上には、真紅の軟らかい球体が三つと、輝くゼラチン質の塊、星型のふんわりとしたスポンジ状の物体、それと群青色のどろりとした液体が、それぞれ別々の皿に盛り付けてある。
 もちろん私の前にも同じものが並んでいる。
 旅人がナイフとフォークを持ったまま、形容のし難い表情で、
「これは、何ですか?」
 訊かれて、それらの名前が無かったことに気付く。旅人に、必要なら名前を付けると言った。
「いえ、そうではなく……食べ物、ですよね?」
 何故か念を押された。
 とりあえず、そうだと答えて、旅人の様子を見た。相変わらずナイフとフォークを持って逡巡している。
 適当に切り分けて食べるよう促した。
 旅人はまだ何事かを考えていたが、銀の鍵に何かを言われると、球体を切ってゆっくりと口へ運んだ。
 一口目を口に含んですぐ、旅人は呆けたような面持ちで硬直した。そして無言でゼラチンに手を伸ばす。
 どうやら気に入って貰えたようだ。満足げな表情を確認して、私も食事に手を付ける。
 食べながら、旅人の旅の話を聞いた。流石に色々な体験をしているらしく、面白いエピソードがいくつも聞けた。この話からアイデアが湧けば嬉しいのだが、とちらりと思う。
 途中で飲み物を出し忘れていたことに気付いたので、昔の旅人が置いていってくれたお茶を出した。私自身味を忘れかけていたのだが、これも好評だった。
「なんか、こういう時はホントに損だと思う」
 銀の鍵がひとりごちた。

 旅人は、ゆっくりと、満足そうに食事を平らげた。頃合いを見計らって、滑らかな冷たい木の実をデザートに出す。
「それで、あなたはここで何を?」
 木の実をスプーンですくいながら旅人が訊ねてきた。
 私はここで長い間色々なモノを創っていることを伝えた。この頃の不調も。少々愚痴も混じってしまった。
「ふーん。それで、どんなのを創ったのさ」
 今まで退屈そうにしていた銀の鍵が興味を持ったらしく割り込んできた。旅人も聞きたそうにしている。
 私は彼らに昔創ったモノ、我が子同然のモノたちのことを話した。語っている内に当時の記憶が蘇り、つい夢中になって喋り続けてしまった。
 実のところ、私はただ誰かに話を聞いて欲しかっただけなのかもしれない。
 創る過程の苦労話。馬鹿馬鹿しい失敗談。我ながら驚く程の傑作の話。
 旅人は興味深そうに、所々相槌を打ちながら聞いていた。

 どのくらいの時間が経ったのか、私が一通り話し終えた後、旅人は出発の準備を始めた。楽しい時間を過ごせたことに感謝する。
 適当なところまで送りますよと申し出たが、丁重に断られた。もうしばらくうろついてみたいと言う。旅人らしいといえばそうか。
「それはボクの役目だからねぇ」
 銀の鍵がおどけた調子で言った。

 旅の無事を祈って、旅人を扉の内側から見送る。彼らは去り際に、
「あなたの創るモノ、楽しみに待ってます」「またね、面白かったよ」

 気付いた。
 実に簡単なことだった。
 歩き去る旅人の背に軽く手を振る。

 ピースは揃った。きっと今なら出来る筈だ。
 テーブルを混沌へと還す。既に形を失った部屋。揺らめく極彩色の闇の中で、そこに生きる筈の誰かのために、



 ――――光、あれ
3

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