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第三話

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 それから三十分後。星野光はようやく目を覚ました。
 辺りを見回した後、毛布に気付き、何だか申し訳なさそうな顔でこちらを見つめている。
「ご、ごめんなさい……。何だか具合が悪くなっちゃって」
「ううん、気にしなくていいから」
「そう……」


まさかこんなことになるとは思っていなかった。
自分が適当に追加した設定のために、星野光がこんなことになるとは思いもしなかった。
俺の思いつきでこうなってしまったのだとは、とてもじゃないが星野光に面と向かって言えなかった。


 それからしばらくすると星野光はぽつりぽつりと声を発し始めた。
「あ、ありがとね」
「ど、どうも」
 気まずい沈黙が流れた。
「な、なんかしゃべりなさいよ」
「い、いやぁ……」
 星野光はこちらの目を見ようとしてきたが、意図的に目を逸らす。
 自分が作ったキャラと目を合わせられないとは何だか情けない気もするが、仕方ない。
「な、何か飲むか?」
「……ポカ○リがいい」
 星野光はポカ○リをご所望のようだ。冷蔵庫を開け、500mリットルのペットボトルに入ったポカ○リをガラスのコップに移し替える。
 グラスの表面には桜が描かれており、グラス自体もよくみればどことなくピンク色に染まっている。
「……ありがと。それにしても……」
 星野光は勢いよくコップに注がれているポカ○リを飲み干した。空になったコップを不思議そうに見つめている。
「ど、どうかしたのか?」
「ううん、何でもないの。でも何というかこのコップ、あなたの趣味じゃなさそうだなと思ってさ」
 それもそのはず、星野光が見つめているピンクがかったこのコップは、高校生の頃に、当時好きだった女の子への誕生日プレゼントとして買った物なのだ。
 しかし、そうであるならば何故贈り物として買ったコップが自宅にあるのだろうか――答えは簡単、プレゼントを渡せなかったからである。
 誕生日の前日、偶然にもその女の子と彼氏であろう男子生徒が仲睦まじく下校しているのを遠くから見てしまったのだ。
 あの娘にはきっと彼氏がいる。その事実に耐えきれなかった俺は、誕生日になってもプレゼントを渡せなかったのだ。
「ふーん、なるほど。あなたにもかわいいところがあったのね」
 かわいい、か。まあ星野光のように顔が良くてモテる女子からすれば、彼氏の存在にショックを受けてプレゼントを渡せなかった男子生徒の話なんて、かわいいと一蹴できる程度のことなのかもしれない。
「……渡してみればよかったのに、このコップ。彼氏いたかもしれないけどさ、そんなの聞いてみなきゃわかんないじゃん」
「それは……そう……かもしれない……けどさぁ」
「けどさ?」
「……は、恥ずかしいじゃん。そういうのって」
 大笑いされるかと思った。しかし星野光は表情一つ変えずコップを見続けている。
「わ、笑わないのかい? こんな俺を情けない男だと思わないのかい?」
「確かにちょっと情けないとは思うけれど」
 でも、と星野光はせりふを続けた。
「でも、私はそういう人って嫌いじゃないわ。わ、私だってどちらかといえばあなた側の人間なの。いつまで経っても好きな人に告白できないし……。なんていうのかなぁ。シナリオの都合で告白できないように仕込まれていると感じる時もあるけど、それよりもまず単純にすっごく恥ずかしいっていうか……」
 こう見えて星野光は奥手なのだ。そういう設定にしているのをすっかり忘れていた。
「だ、だからその……! あなたみたいな人を見ると、私を見ているようで、その気持ちもすっごくわかるっていうか……! 応援したくなるっていうか……! って、もう! 私にそんなことを説明させないでー! は、恥ずかしいもの……!」
 両手で顔を覆い隠し、体を激しく左右に動かしながら寝転がっている。これは、恥ずかしさというものを表すための古典的な表現だ。


「いやー、まあでもそういうエピソードを聞いちゃうとやっぱり親近感わいちゃうますなー。登場人物は創造主様を憎めない、ってやつー? 
 にんまりとした顔で見つめられている。こいつの中で俺の好感度が高まったことには間違いないのだろうが、この笑いには明らかに俺を蔑むニュアンスも含まれている。直観的にそう感じた。
 でもまあ別に、悪い気はしないけれど……。


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