先生。という声がして、襖が開いた。
「お待たせ」
振り返ってみると見違えるほど顔が大人らしくなった中学の時のクラスメイトが立っており、懐かしさのあまりに思わず彼らは各々表情を見せた。
「あ、イインチョーだぁ」
3年B組で委員長を担っていた山崎椿は集まった面々の顔を見て少し安堵を浮かべる。そして委員長席と云わんばかりに空いていた中央の席に腰を下ろした。
「イインチョー、おひさだねぇ。何飲むのぉ?」
陽気な声を挙げながら山崎椿に近づくのは稲垣ひよりだった。
彼女は中学生時代、周りと比べると一段と浮く童顔をずっと気にしていたが、あの頃異常なまでに気にしていた幼い顔はすっかり消え失せていた。最後に会ったのが大体十年ほど前という事もあるのかもしれない。
「同窓会ってこともあってさ、卒アル見返してたわけよ、復習みたいなもんでさ――。でも顔全然違ってて誰が誰だか分かんないや。……あ、全く違うってことはないけどなぁ、」と、白瀬義行は酒に呑まれたのか調子気味に話す。
彼は中学校を卒業してから同時に就職をした。元々素行が悪い事もあり、高校受験を教師たちから薦められなかったという。
最初は不満を申し出たが、それも受理される事もなく、中卒で働くこととなり、クラスで一番早く結婚をし、今となっては家族で仲良く暮らしている。
一番不幸せになるだろうなと皆が予想していた白瀬義行こそクラスで一番早く幸せを獲得したのだ。
SHR
「ま、そーかもねぇ……」
遠藤唯はほんのりと赤い顔を見せながら淡い色を濁したチューハイを薄い唇で啄んだ。
彼女はクラスで一番美人で博識であった。だからこそ彼女は地域で一番頭の良い高校に行き、地元を離れて皆名前を知っている有名な大学に通っていると聞いた。
誰もが望むエリート街道を歩んでいる彼女は白瀬義行のようには簡単には幸せになれなかったらしい。彼女の理想が高すぎるのが仇となってしまっているのだ。『条件はねー、いけめんで、おかねもちで、いけめんなひと!』とついさっき壁にもたれながら言っていた。
「あ、ヨシユキ、俺ってあの時から変わってる?」
「お前は変わんねーよ、その派手な髪色以外」
「え、そーなのか?」橋本雄吾は十年前と自分が変わってないことに少し安堵と驚きを見せる。
彼は地元の平均的な高校を卒業し、その後美容師になるため美容師の専門学校へと進路を進めた。
元々彼はなんでも簡単にこなせる人間だった。制服のボタンが外れると皆揃って雄吾のところへと並ぶ。その光景をやれやれと呆れながら嬉しそうに手早く直していく。面倒見がいいのか、はたまたクラスメイトが雄吾に甘えているのか。今となっては分からない光景だった。
「てか、全員揃ったね、よし」
「そーね」一人は山崎椿の声に相槌を打った。
「あ、俺、ウーロンハイ追加」
「ファジーネーブル!」
「ゆず酒、ソーダ割り」
「おっけー、おっけー」山崎椿は規則正しくスマホに搭載されているメモ帳でクラスメイトの注文を素直に聞き入れた。
「……注文は、まだいいじゃん」と山崎椿の向かい側に座っている千田翔馬は言った。
彼は利口で教師が左を向けと指図すれば必ず左を向く生徒であった。利口だったからこそクラスの皆は彼の言うことが正しいと信じていた。
彼は今、数学の教師を目指している。
クラスの皆は千田翔馬が数学の教師になるのは適職だと口を揃えて言うだろう。
だが、小柄な体に生ビールのジョッキは不敵で白瀬義行は吹き出していた。
「それじゃあ、さ」
千田翔馬の一声で、皆が黙り込む。
「はじめようか」と、言った。
とりあえず水を喉に通した。
喉は渇いていなくとも、これから目にする現実に受け入れられるように。
カラン、と軽く氷が鳴っても、水が尽きても、見開いた眼が渇こうとも、部屋の冷房が効きすぎても、ぼくらの興奮は収まる事はない。
今がようやく始まりに立てたのだから。
中学生の卒業式が終わって十年経った、今日から、だ。
静かな宴会場で大きく息を吸い上げる音が響く。
部屋は嫌になるほど、一気に静まり返っていた。
テーブルの上で息を荒げて泣きじゃくるクラス担任を担った女の姿がクラスメイトの目に焼き付いていく。ずっと視線で何かを訴えているが何も知らない。
恐らく彼らのことを祝ってくれているのだ。これは勝手な憶測でしかないが。
しかし、目は口ほど……というが何も伝わらなければ意味は無い。担任が何を思っていても彼らは何も分からない。
いつものように指示棒を振り回せればいいのに。教卓の上で楽しそうに振り回す姿は滑稽だったけども。
「ゴホン」委員長は大きく咳払いをした。
「3年B組、出席を取りまーぁす」
「はい」
クラスメイトは大きく返事をした。あの時の卒業式の点呼の時のように。
遠藤唯はほんのりと赤い顔を見せながら淡い色を濁したチューハイを薄い唇で啄んだ。
彼女はクラスで一番美人で博識であった。だからこそ彼女は地域で一番頭の良い高校に行き、地元を離れて皆名前を知っている有名な大学に通っていると聞いた。
誰もが望むエリート街道を歩んでいる彼女は白瀬義行のようには簡単には幸せになれなかったらしい。彼女の理想が高すぎるのが仇となってしまっているのだ。『条件はねー、いけめんで、おかねもちで、いけめんなひと!』とついさっき壁にもたれながら言っていた。
「あ、ヨシユキ、俺ってあの時から変わってる?」
「お前は変わんねーよ、その派手な髪色以外」
「え、そーなのか?」橋本雄吾は十年前と自分が変わってないことに少し安堵と驚きを見せる。
彼は地元の平均的な高校を卒業し、その後美容師になるため美容師の専門学校へと進路を進めた。
元々彼はなんでも簡単にこなせる人間だった。制服のボタンが外れると皆揃って雄吾のところへと並ぶ。その光景をやれやれと呆れながら嬉しそうに手早く直していく。面倒見がいいのか、はたまたクラスメイトが雄吾に甘えているのか。今となっては分からない光景だった。
「てか、全員揃ったね、よし」
「そーね」一人は山崎椿の声に相槌を打った。
「あ、俺、ウーロンハイ追加」
「ファジーネーブル!」
「ゆず酒、ソーダ割り」
「おっけー、おっけー」山崎椿は規則正しくスマホに搭載されているメモ帳でクラスメイトの注文を素直に聞き入れた。
「……注文は、まだいいじゃん」と山崎椿の向かい側に座っている千田翔馬は言った。
彼は利口で教師が左を向けと指図すれば必ず左を向く生徒であった。利口だったからこそクラスの皆は彼の言うことが正しいと信じていた。
彼は今、数学の教師を目指している。
クラスの皆は千田翔馬が数学の教師になるのは適職だと口を揃えて言うだろう。
だが、小柄な体に生ビールのジョッキは不敵で白瀬義行は吹き出していた。
「それじゃあ、さ」
千田翔馬の一声で、皆が黙り込む。
「はじめようか」と、言った。
とりあえず水を喉に通した。
喉は渇いていなくとも、これから目にする現実に受け入れられるように。
カラン、と軽く氷が鳴っても、水が尽きても、見開いた眼が渇こうとも、部屋の冷房が効きすぎても、ぼくらの興奮は収まる事はない。
今がようやく始まりに立てたのだから。
中学生の卒業式が終わって十年経った、今日から、だ。
静かな宴会場で大きく息を吸い上げる音が響く。
部屋は嫌になるほど、一気に静まり返っていた。
テーブルの上で息を荒げて泣きじゃくるクラス担任を担った女の姿がクラスメイトの目に焼き付いていく。ずっと視線で何かを訴えているが何も知らない。
恐らく彼らのことを祝ってくれているのだ。これは勝手な憶測でしかないが。
しかし、目は口ほど……というが何も伝わらなければ意味は無い。担任が何を思っていても彼らは何も分からない。
いつものように指示棒を振り回せればいいのに。教卓の上で楽しそうに振り回す姿は滑稽だったけども。
「ゴホン」委員長は大きく咳払いをした。
「3年B組、出席を取りまーぁす」
「はい」
クラスメイトは大きく返事をした。あの時の卒業式の点呼の時のように。