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第三話

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扉の向こうに入った瞬間、とてつもない爆音が響き渡る。
今時の若者が好んで聞きそうな音楽だが、俺には無縁である。
アニソンや特定のバンドぐらいしか聞かない俺にとって、とてつもなく不快感のあるミュージックだ。

「こっちこっち!」

男に促され、店の奥へ向かう。
店内は薄暗いが、LEDだろうか?鮮やかなライトが所々に設置され、見たことの無い景色が広がる。
廊下の壁には、TVでしか見た事のない、額縁に入った"No写真"が掛けられている。
床はカーペットのような生地が敷かれており、フカフカで歩きやすい。
エアコンの風に乗って、何とも言えないが、甘くて、でも爽やかな良い香りが漂っている。

「これが、ホストクラブ・・・」

恐怖とも感動とも言えない、かつて人生で感じた事の無い気持ちになりながら、長い廊下を歩く。
廊下の突き当りはT字路になっており、どうやら右手が実際に接客をする場所のようだ。
右奥からは、女性の笑い声と、男性が一生懸命盛り上げているような声が聞こえる。

「代表さん、体験の方お連れしました~!」

俺を連れてきた男は、T字路を左に曲がった先のドアを開けて、そう言った。
なるほど、ここが控室とでも言うべきところなのだろうか?
すると、控室と思われるドアの向こうから、この世の者とは思えないイケメンが現れた。

「こんばんは、いらっしゃいませ。こっち入って下さいね」

代表と呼ばれた男は、とても優しい声で俺に向かってほほ笑んだ。
モデルのような高身長に、小さい顔。
ホストには、長髪金髪のイメージがあったが、爽やかな茶色のミディアムヘアに緩いパーマ。
有名ブランドのロゴが入った、やや大きめサイズのピンク色のパーカーに、デニムパンツ。
靴は白のスニーカーだが、今日降ろしたてかと思う程ピカピカだ。
うぅむ、思っていたホストとは全然違う、ジャニーズやジュノンボーイのような雰囲気だ。
金髪長髪にキラキラした黒スーツ、無駄に尖った革靴じゃないのか!?

「とりあえず、ここに座って下さい」

控室の入り口付近にある応接コーナーのような場所。
しっかりと上座に座るように促される。

「し、失礼します・・・」
「はは!そんなに堅くならずに、フランクな感じで大丈夫ですよ」
「は、はぁ」

代表は吸い込まれるような笑顔で話しながら、俺の正面に座る。
すると、奥から新人ホストだろうか?
まだあどけない顔にスーツを着た青年が、綺麗なグラスに入れられたお茶を出してくれた。

「あ、ど、どうも」
「緊張しますよね?喉乾いちゃうだろうし、それ飲んで一息ついて下さい」

確かに、もう緊張で喉がカラカラである。
今、俺は絶対に口臭いだろうな。

「代表さん、じゃあ、後はよろしくお願いしますね」
「おう!いつもサンキューな」

俺を連れてきた男は、任務完了とばかりにその場を退散する。

「え?え?」

え?帰っちゃうの?マジで?
いや、さっき会ったばっかりだけどさ、道中話した仲じゃん。
それなのに、俺を人質?にして、自分は帰っちゃうの?

「大丈夫ですよ。ここからは、俺がエスコートしますから」

不安そうにしている俺の表情を読み取ったのか、代表がそう言った。

「えっと、じゃあ幾つか質問があるんですけど、どうしてホストやろうと思ったんですか?」
「え!?いや、やろうと思った訳じゃないんですよ!さっきの彼に、連れられて・・・」
「そっかそっか。でも、全く興味が無かったら来ないでしょ?どうして来たんですか?」
「あ・・・いや、数時間で1万円貰えるって聞きまして・・・」
「おぉ、なるほど!お金が欲しいんですね」

にっこり笑顔で、そう言う代表。
まぁ、確かにそうだ。
お金が欲しくて堪らないのは正しい。

「はぁ、まぁ、そうなります・・・かね」
「良いと思いますよ。ホストの世界に入ってくる人は、それこそ殆どの人がお金目的ですから」
「殆どってことは、それ以外の目的で入ってくる人も居るんですか?」
「少数ですけどね。女性が苦手で克服したいとか、モテたいとか、色々居ますよ」

なるほど、と納得してしまった。
大多数はお金が目的だろうが、確かに女性相手の商売だ。
そういった考えで働く人が居たって、何も不思議ではない。
だが、俺からしたら"女性を克服したい"、"モテたい"なんて理由でホストにチャレンジできるメンタルがあれば、何とでもなりそうだが・・・。

「歳はいくつですか?あと、夜の仕事の経験はありますか?」
「今年で30歳になりました。夜の仕事は、経験ありません」
「えぇ!30歳!?見えないですね!25歳ぐらいだと思ってました」
「あ、はは・・・。代表はお幾つなんですか?」
「俺は今年で27歳ですよ。年齢近いですね、嬉しいです」

おぉ、27歳なのか・・・。
ルックスは若く見えるので、20代前半のようだった。
だが、数々の修羅場を潜り抜けて来たのだろうか?
年上かと感じるような落ち着いたオーラを放っている。
なるほど、並みの女性なら、きっと彼にイチコロなのだろう。

「源氏名どうします?」
「えっ!?体験でも必要なんですか!?」
「まぁ、そうですね。別に難しく考えなくっても、何でも良いですよ」

まさか、体験入店で源氏名をつけることになるとは。
何の準備もしていなかったぞ、ネトゲのキャラ名ぐらいしか思いつかん。

「あの、すみません。思いつきません・・・」
「急に難しいですもんね。本名は何て言うんですか?」
「新斗です。令和新斗」
「おぉ!新斗!良い名前じゃないですか!うちの店と同じ読み方もできるし、そのまま新斗でどうですか?」
「あ、はい・・・。じゃあ、よくわかんないんで、それで・・・」
「OKです。じゃあ、新斗さん。今日は短い時間ですけど、よろしくお願いしますね」
「こ、こちらこそ・・・」

代表は軽く会釈をしながら立ち上がると、さらに控室の奥へ向かう。

「じゃあ、こっち着て着替えて下さい」
「あ、着替えるんですか?」

今日の俺は、ユニクロのTシャツにノーブランドのハーフパンツ。
確かに、いくら体験入店とはいえ、この場に相応しくないのは理解できる。

「はい。ウチは基本イケてる感じなら私服も許可してるんですけど、今日は体験ですし、バシっとスーツ着ましょうか!」
「は、はい・・・」
「スーツに靴、ネクタイにベルト、必要な物は一通り揃っているので、サイズ合う物を着て下さい」
「おぉ・・・ブランドのスーツだらけ」
「あ、よく聞かれるんですけど、別に汚したから罰金とか言わないので、安心して下さいね。故意に何かしたら流石に考えますが・・・」
「だ、大丈夫です。そんな悪質なことはしません・・・。怖いですし」
「はは、新斗さんは真面そうだから、心配してないですよ。大丈夫です」

そそくさと高級ブランドスーツで身を固める。
鏡の前に立ってみた。
顔はいつものイケてない俺だが、いつもより2割増しぐらいで良い男に見える。
これが、高級ブランドスーツの効果なのか・・・。
ファッションは重要なんだな・・・。

「おー!似合ってますね!良いじゃないですか!」
「あ、そうですか?ありがとうございます・・・」
「うんうん。きっと売れますよ、新斗さん」
「はは・・・どうも」
「じゃあ、これからホールに出ます」
「えぇ!?もう!?」
「お客様の席に着かないと、体験できませんからね」

確かにそうだ。
確かにそうだが、心の準備ができていない!
初対面の女性と話すなんて、考えただけで脇汗が吹き出しそうだ。

「あ、あの、どうしたら良いんでしょうか?」
「緊張しなくて大丈夫です。俺が一緒に着きますし、会話はこちらでリードします。」
「は、はぁ」
「新斗さんは、無理の無い範囲で自然に会話してくれるだけで大丈夫です。さっき、俺と話してたみたいな感じで大丈夫ですよ」

うぅむ、言われるのは簡単だが、そんなに上手くいくのだろうか?
不安に圧し潰されそうである。

「あぁ、そうだ。少しだけ、接客時の注意点を伝えますね」
「は、はい!」
「まず、お客様に"仕事"、"年齢"、は聞いちゃダメです」
「へ?そうなんですか?どうしてですか?」
「仕事はね、人に言いたくないお仕事の方が多いです。風俗嬢の方とか多いので」
「な、なるほど・・・!」
「あと、女性に年齢はホストクラブじゃなくっても、聞かない方が良いですよね」
「確かに、おっしゃる通りです・・・」
「今日は体験ですし、その2点だけ注意してくれたら大丈夫ですよ」

そう言うと、代表は控室を後にする。
そのまま後を追い、先ほどのT字路に戻る。
今度は、右側に進んでいく。
爆音で響くパリピ的なミュージックが、さらに大きくなる。
廊下の先では、ミラーボールでも作動しているのだろうか?
スポットライトのように動きのある光が、チラチラと見え始める。

ホールが近づくにつれ、俺の鼓動がドンドン早くなる。

「やばい、こえぇ・・・」

俺はそう呟きながら、果てしなく長く感じた廊下の先に辿り着いた。
男、新斗。
ついに、ホストデビューの時である!
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