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4月29日

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小学4年生の時だったかな。
阪神の甲子園球場に行ったんだよ。
無数の砂の石みたいな人間の数。
不気味だった。全然知らない人が、全然知らない選手を応援しているんだ。

「みんな赤の他人を見て、何が楽しいんだろう」

首を傾げた。
選手の一挙一動に、阿鼻叫喚、感動したり、怒ったりしていた。みんな、他人に酔っ払っているんだ。
その熱狂、とても不気味だったよ。怖かった。
「赤の他人なのに」

そんな、邪険。
そのうちに、身の程を知り、人混みに揉まれていった。
お前の代わりなんて腐るほどいる、と無言で告げられる様な毎日を送った。

往復300円程度の電車に乗り、あれは奴隷の列車だな。
死んだ顔で、夕焼けを眺めていた。
廃人みたいな目で。その頃に、
「みんなが特別なオンリーワン」
なんて歌が流行ったんだ。くっだらない。自分で自分を慰める、キツい歌だ。

ナンバーワンになりたいに、決まってるだろうが。
妥協点を選んで、頭を蹴られながら、生きていくなんて、惨めな話はない。動物以下だ。

他人の熱狂に酔うくらい、自分に諦めてしまったら、なんて、辛い人生だろうか。

雪が溶けるように、誰にも見られず、誰かに何かを教わることもなく、ただ、溶けて、川に流れていく。

自分の意思ではなく、他人の意思でもなく、ただ、流されるままに、流されていく、死んだ顔をしながら。
動物以下だ。

人間なら、自分が舞台に上がればいい。

息が詰まるのは、あなたは悪くない。
息が詰まるのは、世界は悪くない。
息が詰まるのは、あなたが人間を、諦めていないから。
人は、音楽を聴く時に、実際に音を聴いているわけではなく、その当時の景色、体験、記憶を思い出して、感動しているらしい。

彼女は、宇多田ヒカルを聴いて、泣いていた。平井堅を聴いて、泣いていた。
シティポップを聴いても、泣いていた。サイケも、ヒップホップも、ニューウェーブを聴いても、泣いていた。

そのうち、彼女は物音に泣き出した。
「怖いの」
鳥の声に泣いた。扉の閉まる音に泣いた。車のエンジン音に泣いた。隣人の咳払いに、泣いた。

「頭の中に監視カメラが仕込まれてる」

そうなるともう、居場所は病院しかなかった。白い防音の壁、音のない世界。誰もいない、牢屋のような個室。

一人になった彼女は、心臓の音に泣いた。
「動いている音が、怖いの」
136, 135

  

お呼びじゃない季節に咲いた花が

お呼びじゃないと思っているのは

あんたらの物欲しげな目線だよ
その漫画は君しか覚えていない。
崩壊の日に、逃げ道を書いた漫画。
秘密の話だけしか、載っていない。

下品や、欲求ばかりで、
こんなのは娯楽だ。芸術じゃない。
と、賢い子は、言うだろう。
その逃げ道の漫画には、こうあった。

「憂鬱も、娯楽。
 私は、つまらない世界から逃げる為に、
 嘘の憂鬱を書いた。
 あなたは、つまらない世界から逃げる為に、    
 私の憂鬱に隠れた。
 私があなたを、生かしたんだろうか。
 あなたが私を、生かしたんだろうか。
 メビウスの輪の様だった。」

 崩壊の日に、もう、君しか覚えていない漫画。
 太陽は割れて消えた。
 それでも、繋がる手の体温は、
 目を失っても、感じ取れている。

「私は、時間の短さを知っている。
 生き急いでいる。けれど、破滅はしない。
 あなたも、時間の短さを知っている。
 限られた時間を、全力で走っている。」

 その漫画は君しか覚えていない。
 けれど、夢でまた逢おう。
138, 137

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