<サキ>
隣で寝る男の、かすかな整髪量の匂いで目が覚めた。
薄暗い室内は、どことなく甘ったるい匂いで満たされている。薄く、でも確実に。
寝汗で湿った体からシーツを剥がして寝台から起きると、私は頭を振ってショートボブの髪を掻いた。昨日のことが、霧のようにかすんで思い出せない。その霧はきっと、昨晩しこたま飲んだアルコールが蒸発してできたものだろう。もっとも、はじめから一日一日を真面目に記憶するような生活はしていないのだけど。
一糸まとわぬ姿のまま洗面所に向かうと、蛇口をひねって温い水を、私が唯一誇りに思うガラス細工のような手ですくって顔にあてる。
染みのついた鏡に映っているのは、人形のような、均整のとれた顔だった。綺麗、かもしれない。どことなく不機嫌そうな顔は、男の嗜虐心とやらをくすぐるのかもしれない。
でも私は容姿が優れていることに感謝などしない。恨みこそすれ。
寝室に戻って、床に散らかった衣服を拾い上げ、乱雑でなければ丁寧でもない、男が暴虐の心を抑えて愛撫するような手つきで一枚ずつ着ていく。
着終わると、ベッドで静かに寝息をたてている男を見て、漠然と思う。男なんて見下している私が、いまだに男に依存している理由とは、なんなのだろう。愛なんて期待していない。快楽に溺れたいわけでもない。
隙間。きっと隙間を埋めたいだけだ。埋めるものが見つからないから、寄ってくるもので埋めようとしてるだけで。きっとそう。
男を起こすこともなく、私は男の部屋を出た。ビルの谷間から見える朝日が私の顔を、こそこそ隠れる泥棒を照明がライトアップするように、照らし出した。
不意打ちのようなその光に、私は一瞬怒りすら覚えて、舌打ちして俯きながら階段を下りてアパートを離れる。
太陽が嫌いだった。雲一つない空も嫌いだった。きっとこれから、真っ青な美しい空が広がっていくのかと思うと、体中の血管をおぞましい痒みが走る。怒りのあまり。
どこへ行けば、この光から開放されるのだろう。私は太陽のもとに、いや、この世界に生まれるべき人間ではなかった。
私は神様を憎む。神は私のことを愛しているに違いない。それが更に憎い。
とにかく、私は日光を避ける場所を記憶の中から探った。
一箇所だけ、あった。昔友達だった男の子が、連れていってくれた場所。夜まで、今日はあそこで仮眠をとろう。
私は廃工場へ、ハイヒールの踵を鳴らしながら向かった。