<サキ>
性質の悪い冗談だと思った。
あとで彼は、こう言っていた。私は、面白い冗談だと思った。錆の浮いた、何に使うのか想像も出来ない機械が並んだ工場で、寝転んでいると、この場所を教えてくれた旧友が来たのだから。
「………」
気が付けば、どこかで見たことあるような顔の、暗い雰囲気の青年が此方を見ていた。埃の舞う空気の中で、睨むような、かつ慈しむような奇妙な瞳で。
「何見てんのよ。アンタ」
「……人気の無いはずの場所に、先客がいたら、そりゃあ、見るだろ」
疲れと渋さが浮かび上がった低い声と、人を食ったような物言い。私の記憶とそれは酷似するどころか、完全に一致していた。
「アンタが教えてくれた場所でしょ、カジマくん」
「なっ……」
「あれ、カジマさんの知り合いですか?」
カジマの後ろからひょい、と出てきたのは、なんだか子犬のような印象を受ける男だった。川を流れて角が取れた小石、のようにも。とにかく無害な感じ。
「分からん。が……まさか、サキか?」
「そーだよ」
「……まだいたんだな、ここに」
「やめてよ。別に住んでるわけじゃないんだから、こんな薄汚いとこ」
「それもそうだ」
照れたような、拗ねたような、でも子供のように無邪気な笑顔で彼は笑った。ああ、その仕草は五年前と少しも、変わっていない。
「久しぶりだね。最近帰ってきたの?」
「ああ、今日、さっきな」
「真っ先にこんなとこ来るなんて、ソウタらしい。そこの若いのは?」
いかにも興味津々、といった様子でキョロキョロしながらうろつく男を指差して言った。可愛い顔で快活そう、ソウタとはまるで接点がなさそうだ。
「……今日出来た、連れだ」
「あ、樋口大志です。よろしく」
子犬が尻尾振って、舌を思い切り突き出して息をはぁはぁするようなヴィジョンを背景に連想しつつ、男、樋口が頭を下げるのを見ていた。
「はいヨロシク。別にヨロシクやることなんてないけどね」
私が皮肉げな微笑で、手を振ってそう言うと、突然水鉄砲でも食らったような顔をして樋口は苦笑いを浮かべた。そんなとこまで犬のイメージが付き添う。
「相変わらず可愛くないな、お前は」
「ウチの憎たらしさの半分は、アンタ譲りだよ。多分」
「はぁ……。この格好だと、また根無し草の生活だな?」
私の乱れた髪を撫でながら、カジマは複雑そうな顔を私に向けた。三分の一同情、三分の一愛情、残り呆れた感情の割合。
……ああ、懐かしくていい香り。私と同じ空しさを孕んだようで、見てる方に、思わず抱きしめたくなるような、焦燥感を沸き立たせる苦しい匂い。
「アンタになら、別に飼われてもいいよ。ウチ」
くっきりと浮き彫りなソウタの鎖骨に頭を預け、シャツ越しに胸に手を当ててアバラと薄い皮膚の感触をなぞって確かめた。そのまま少し爪を立てて、そこまですると我慢できず、今まで胸に溜まったやり場の無い怒りと憎しみを込めて。私は首に軽く噛み付いた。
視界の隅でぎょっとしている樋口の顔が入るが、構わず私は唾液を垂らして青く浮かびあってる血管を舐めた。とても愛おしく。
ソウタの両手が私の肩を掴んで、若干その手が震えていることが伝わってきた。名残惜しげに私は首から口を離すと、俯いて逡巡に耽っているらしい顔の、その頬に柔らかな口付けをした。
「誰かさんには、もう会った?」
彼が思い出しているであろう人物を想像して、囁くように私は言った。
「……誰かさんには、まだ会ってないね」
少しの間を空けてソウタはぼんやりと返事をした。私の、台詞に込めた僅かな嫉妬の念には気付かなかったようだ。あるいは、気付かないフリをしたのか。
私と彼の狭間に空しい喪失感が広がったが、どうやらそれが分からない樋口は雰囲気に入れないまま、明後日の方向を向いて気を紛らわせているようだった。
「……それで、これから何か予定でもあるのか? お前は」
「ない。もしあってもね、うん」
「……ありがとう。じゃあ樋口。こいつも入れたいんだが、いいか?」
「え? いや、カジマさんがいいなら、はい」
随分会話からのけ者にされていたからか、話を振られて樋口はパッと嬉しそうな顔をした。分かりやすい男だ。
「……それで、何かするの?」
鹿島壮太。私の愛しい男は、先ほどまでの無邪気な顔から一転して、昔の刹那的な面を連想させる剣呑な笑みで、自らの言葉を楽しむように言った。
「無差別テロ」