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不思議な崖の国

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◆第一話 崖の国◆


「不思議な崖の国」と言われた国がありました。

人口は約5,000人ほどの、崖際に栄えたその国の名前は、「イース」。
小さいながらも、領土争いによる戦争が絶え間ないこの世界を戦い抜き、
300年という年数を重ねた、小さな国です。

北側から西側にかかる断崖絶壁は国民を守りました。
夏は比較的涼しく、冬は海から吹きこむ風により極寒の地となり
密閉性が高く、保温性に優れたレンガ造りの家が主の街です。

「不思議の崖の国」と言われる理由の一つに、
街並みがあみだくじのように入り組んでいることがあります。
旅行者等は決められたルートを通らなければ、
たとえ地図を持っていても迷子になってしまうほどでした。
さらに、城と街を囲む門の外に畑があり、じゃがいもやトウモロコシなどが栽培され、
秋になると小麦が金色のじゅうたんのように国を囲みました。

イースが不思議な国である理由のもう一つは、
その独自の「王政」でした。

王の下には「円卓」と呼ばれる、
非常に優れたものだけがなれる国を担う者たちがいました。
円卓の役職には、外交、博士、男騎士、女騎士、側近、王子の6つがあり、
それぞれが専門的な観点から助け合い、道徳的な観点から牽制し、そして常に見張っているのでした。
この円卓たちと王が絶妙なバランスで成り立ち、国と国民が守られてきました。

今のイース国王の名前は”ディルトレイ”。
ディルトレイが、若干18歳の青年”ゼル”を側近としたのは、8年前のことでした。



==========

「ああ~~っ!!!」

お城に大きく響き渡る、悔しそうな悲鳴。
ゼルは持っているティーポットをかちゃりとならしました。

「…王子も懲りないなあ。」

視線を天井から手元に戻し、日常茶飯事の出来事に小さくため息をつくと、作業を再開します。

太陽の光がたくさん差し込むキッチンでは、食器やお鍋がきれいに戸棚に片づけられ、
使用されたふきんも、ぴしっとハンガーにかけて乾かしてあります。
ランチとディナーの合間の、キッチンが静かな時間。
あと数時間もすれば、料理人たちが集まってくるでしょう。


若干18歳で円卓となった彼は、なんら特徴のないただの一般市民でした。
栗色の髪はたれ目が隠れるほど長く、細身で背も高くなく、
王宮で仕立てたジャストサイズのジャケットも、どこか頼りなく感じます。

彼が、ほかの人よりもすこし出来たことは、「傾聴」と「努力」でした。
国王が円卓に推奨したのは、その二つがあったからでした。
あとはほんの小さな奇跡が重なって、円卓の一人となったのです。


慣れた手つきでお盆の上にティーポットを置いて、
キャンディの茶葉を二杯入れたら熱湯を注ぎこみ、
小さな砂時計をひっくり返し、戸棚からティーカップを1セット取り出します。
ティーソーサーに乗せたスプーンの上には角砂糖を一つ。
ミルクポットの中身があることを見て、すべてお盆に乗せたことを確認し、
よいしょ、と丁寧に持ち上げました。

「あ、そうだ、クッキーも…」

小さくつぶやくと、もう一度お盆を置いて、
お鍋の並んでいる背の高い棚の奥のほう、背をぐっと伸ばさなければ見えない場所から、
アイスボックスクッキーの入った花柄の缶を取り出し、ティーソーサーに3枚乗せます。
これでよし、と元の場所に缶を戻すと再度お盆を持ち上げ、キッチンを出て右に曲がろうとします。

「あ、ゼル様…」
「はい?」

声がしたほうを振り返ると、メイド長のオルガが立っていました。
50代の、ロングスカートのメイド服のよく似合う、
上品ですこし恰幅のよい眼鏡をかけた女性です。
長年メイドをやっていることもあり、
ゼルもお城に入ったときは、いろいろなことを教わったものです。

「ああ、オルガ様。どうされましたか。」
「これからマージュ様とお茶をされるのでしょう?」
「ええ、はい…」
「マージュ様ったら、またキッチンにこっそり入って、
 朝にランチ用のシャーベットを8割ほど召し上がってしまったんです」
「ええ…?あ、もしかして今日口直しのシャーベットがなかった理由って…」

オルガは困った笑顔をします。

「はい…こっそり召し上がるくらいならお申し付けくださいと、お伝えください。」
「…わかりました、伝えます。」

また小さくため息をついて、歩き始めようとします。

「あ、ゼル様もう一つ…そのアイスボックスクッキー、私たちとゼル様しかありかを知りません。
絶対に!マージュ様に場所を教えてはいけませんよ。」
「…約束します。」

強い意志のこもった言葉に苦笑しながら、では、と二階へ向かいます。
この時間にはいつも、いくつかある談話室の一つで
円卓女騎士(パラディーナ)の”マージュ”とお茶をするのが日課でした。


マージュは非常に聡い女性で、
前女騎士から、その頭脳と武術で円卓の座を勝ち取りました。
白金色の長い髪をオールバックにして高い位置のポニーテールでまとめ、
はちみつ色の瞳は力強く、吸い込まれそうなほどに透き通っていました。
高い慎重に長い脚、革のブーツと真っ白なスキニーパンツがよく似合う、
甘いものが大好きな騎士でした。
日々、こっそりキッチンに忍び込んでは、目に付いたスイーツを盗み食いしているようです。

そして、若くして側近となった、なにかと苦労の絶えないゼルを
まるで弟のようにかわいがっているようでした。

談話室につくと、器用にお盆を左手で支え、右手でコンコンコン、とドアをたたきます。
中からの返事を待つでもなくそのままドアを開けると、
窓際の椅子に足を組んで座りながら、外の風景を楽しむマージュの姿がありました。

「マージュ様、またシャーベットつまみ食いして、メイド長が困っていましたよ。」

そう声をかけて、マージュの目の前にあるテーブルにお盆を置きます。
すると、金色の瞳で頼りなさげな若者をとらえ、
ふふんと鼻を鳴らし、悪びれた様子もなく身体を向けてきます。

「味見したらとまらなくなってしまった。」

そのまま、ティーカップに添えてあるクッキーに手を伸ばし、
まじまじと見つめ、不思議そうな顔をします。

「…こんなクッキー、どこにあった?」
「それは秘密ですよ、10分後には全部なくなっちゃうじゃないですか。」
「私はキッチンをよく把握している女だ。教えてもらえなくても15分後にはなくなるぞ。」
「やめてあげてくださいよ、本当に…。」

嬉しそうにクッキーをほおばる騎士をよそに、
ゼルは紅茶をティーカップに注ぐと、どうぞ、と身振りをします。
マージュはティーカップを見つめると、またまっすぐにゼルを見つめます。

「…お前の紅茶は?」
「はい、今日はこれから街に出るので自分のはなしです。」
「そうか、歩く目安箱は大変だな。どこの区域へ?」
「西区域です。…もうそろそろ区長に怒られそうなので…」
「区長はお前が若くして側近になったから嫉妬しているだけだ。
 西区域なんか崖側なんだから大抵問題ないだろう。」

マージュは注がれた紅茶に角砂糖をころりと入れ、苦笑する相手の顔を涼しい顔で見ます。

「そういえば今日もイグジクトの悔しそうな声がしていたな。」
「王子もめげませんね…」

イグジクトというのは、この国の王子です。
王子といっても王の実子ではなく、
国王ディルトレイが選んだ、時期国王となるであろう人物です。
もちろん、国王や円卓から非を唱えられれば
その地位をはく奪され、別の者が選出されます。
――それは王子だけではなく、円卓のどの地位もそうです。
  王も、例外ではありません。

「あいつは、ディルトレイ様ではこれ以上国の発展はないと思っているからね。
 自分で国を動かしたくてたまらないのさ…あちち」

紅茶をすする音が響いたかと思うと、勢いよく部屋のドアが開きました。

「ああ、くそ!」

噂をすれば、王子イグジクトでした。


イグジクトは、グレーのウェーブ掛かった長い髪を後ろで束ね、
美しく仕立てられた洋服をラフに着こなし、
その姿や自己中心的な言動から、城の中の評価が真っ二つに分かれる人物でした。
長い前髪からのぞく三白眼が非常に印象的で、
ディルトレイがゼルを城へ連れてきたとき、
ギラリとした目で円卓への参加を後押しした人物でもありました。


イグジクトは、マージュと対面の席に座ったかと思うと、
大きくため息をつき、流れるようにクッキーを一つ口に放り込みます

「あ!!」
「くそ、1時間半の軍議でも負け、屁理屈で軍略議論に持ち込んだのにそれすら…」

クッキーを咀嚼しながら背もたれにふんぞり返って、さらに大きなため息を一つ。
クッキーをとられた騎士は憎悪に満ちた目で王子を見つめ、ティーカップを自分に引き寄せます。
王子は目だけをゼルに向けてから、重たそうに首を持ち上げました。

「お前、今日は西区域行くんじゃないのか」
「…はい、今もう行こうと…」
「いやいや、私が来たんだからもう少しおしゃべりをしよう!」
「イグジクト、引き留めてやるな。西区長に文句を言われに行かなきゃならないらしいからな」
「この仕事のせいで胃に穴が開いたらお前を推薦した王を訴えるしかないな。」
「ええ…そんな」
「訴えられた王は円卓の一存により死刑!そして俺が王というわけだ。
 …といってもあのジジイ首切り離しても生きてそうだけどな。」

イグジクトは言い終わると、胸元のポケットから小さく折りたたまれた紙を取り出し広げると、
目の前で紅茶をすする騎士にそれを見せます。
騎士はその紙に目を落とすと、フン、と鼻を鳴らします。

「これが今日の王との軍議か。」
「負けた。2-3と2-4がどうしても取られる。お前ならどうするパラディン。」
「ふぅん…そうだな。」

ここからはゼルには全く分かりません。
おそらく、王子が王に挑んで負けた軍議の解決策を、騎士に相談しているのでしょう。
二人が話し込み始めたことを確認すると、では、と小さく声をかけて、ゼルはドアへと向かいます。

「ゼル、オルガに私のティーカップもここに持ってくるよう伝えてくれ。レモン付きで。」
「…わかりました。」

こちらに見向きもせずに掛けられた声に返事をして、
ゼルは扉を開き、オルガのいるであろうキッチンへと向かいます。


ゼルの仕事は側近。
「国民の側にいること」です。
区域は4つに分かれ、それぞれ長がいます。
基本的には、その長が取りまとめた意見を整理し円卓の議題とするのが側近の主な仕事でしたが、
それだけではなく街を歩き回り、交流することも彼の仕事でした。
国民と混じり、会話することで、城に染まらないことを王が望みました。
城から当たり前のように出発するゼルに声をかける者がいても引き留める者はいません。
そしてゼルも、生まれた時からこの仕事に就くことが決まっているような、
不思議な感覚で日々を過ごしているのでした。


お城から出て、歩きながら小さな手帳を確認します。
「西区域 水場 石畳み:事故の防止/議題提出済み」の文字と、最終訪問日が書いてあります。

「…西区域にくるの、2週間ぶりか…」

手帳を閉じると、口から小さなため息がもれます。
石畳の道が軽やかな足音を立てます。
さわやかな青空が広がり、真っ白な長袖のシャツは、初夏の空気には少し暑く感じられます。
海から涼しい風が吹いてゼルのジャボを揺らし、半袖になるには少し早いと思わせました。
洗濯ものたちが街のあちこちで揺れて、まるで太陽にあたるのを喜んでいるようです。

「ねえゼルきいて、また旦那ったらね」
「ゼル!こないだ植えたお花が咲いたの!見に来て!」
「ゼル兄ちゃん、また騎士についておしえてくれよ。」

街を歩けば、人々はなにかとゼルに声をかけてきます。
区長の家まで歩いて20分の道のりも、ゼルにとっては30分も40分もかかるのです。
それを上手にかわしながら、足早に西区域へ向かいます。

 二階建てのレンガの家に着くと、ゼルは赤い大きなリボンのついたドアを三度たたきます。

「マイレクさん、ごめんください」

ぎい、と重たい音を立てて、40代の小太りの男性が顔を出しました。
少し驚いた表情をして、すぐにさも憎たらしそうな表情をします。

「おうおう、エスト様は西区域になかなか顔を出さねえなあ!」

鼻でフンと笑って、大きく扉を開き家の中に招き入れます。
家に入ると、すぐにダイニングキッチンがあり、流しには使用された様子のお鍋が一つ。
大きなダイニングテーブルに、椅子が5つ。奥の席には空のマグカップと開いた新聞が置いてあります。

「すみません、周るのが遅くなってしまって…」
「けっ!西区域は後回しってわけか。」

入口側の椅子に座るよう指をさし、自分はその向かいにどかっと座ります。
ゼルは静かに椅子を引いて、背筋をピンと伸ばして座ります。

「2週間前に言った水場への道も砂利があぶねえから石畳をひいてくれって頼んだのに
まだ手も付けられてないよなあ?」
「ええ、申し訳ありません。」
「おいおい、西区域で怪我人が出たらどうしてくれるっていうんだ?」
「はい…」

ぐいっと区長が前のめりになり、早口でまくしたてます。
ゼルは姿勢そのままに、相手から目をそらさずに神妙な面持ちで話を聞きます。

「じゃあ早く手つけてくれよ。2週間前、俺と一緒に水場の周りで子供たちが遊んでるの、見ただろ?
 これから暑くなってもっとたくさん遊びに来る。どういうことかわかるか?
 砂利に足を取られてケガをする子供が増えるかもしれないってことだよ。」
「おっしゃる通りです。」
「さらに俺がもう2週間も前に言ったことが実現できてないってことは
西区民からしたらエストに提言していないことと一緒だ。
そうなるとどういうことになるかわかるか?俺の信用もお前の信用も落ちちまうってわけだ。」
「ええ」
「いいことがひとっつもないんだよ、お互いにとって。なあ?」

ばん!とテーブルをたたく音が響きます。

「だからよ、早速今日明日には着手してくれよ。なあ?」

区長は、前のめった姿勢を後ろにふんぞり返らせ、顎を上げてゼルを見下ろします。
ゼルは眉一つ動かさず、相変わらず相手の目をまっすぐに見ています。

「おっしゃることはよくわかります。
マイレクさんの西区域民にけがをさせたくないという強いお気持ちも伝わりました。」
「おお、そうだろ?」
「なるべく人員をそちらに割けるように調整してみます。」
「おいおい、なるべくじゃ困るんだよ。」

また、威圧的に前のめりになってきます。その形相はまるで威嚇するライオンのようでした。
それでも、ゼルの表情も姿勢も変わりません。

「恐れ入りますが、我々円卓は北区域の作業が大優先と判断し、工事に着手していません。」
「なにぃ!?」
「1週間前に起こった北区域の崖の崩落に伴う5番風車の故障で、
ほとんどの土木要員を取られているからです。」
「おいおいおい、風車なんかすぐ直せるだろう!」
「いえ、今回は崖の崩落に伴っています。これ以上崩落しないように擁壁するのと、
風車の地下から水を吸い上げる機械部分の修理と、この大規模な工事が2点発生しています。」
「…。」

ゼルの静かでまっすぐな語り口に、区長は少し姿勢をひきます。
自分に口答えをしてくる若者に腹が立つのか、顔が赤くなってきます。
それでも目線は全く外しません。
そのまま、話は続けられます。

「このままでは、北区域の1~3番街の人々は水をくむために往復20分~30分もかけて
3番風車の水場まで行かなければならず…」
「…う、うるさい…!」

区長が勢い良く立ち上がり、手に持ったマグカップをつかむと、投げつけようと振りかざします。
ゼルがグッと身体に力を入れると、ガチャリと家のドアが大きく開きます。

「ただいま!あら、ゼル来ていたの!」
「うっ、マリー!」

区長の妻でした。
たくさんのパンが入った紙袋を抱えて、さっそうと家の中に入ってきます。
区長はサッとマグカップをテーブルに置いて、ちょこんと座りなおします。

「ああ、マリーさん…お邪魔しています。」
「いいのいいの!でも来るのならもっと掃除しておけばよかったわ!
 …やだわ、あなたったらゼルにお茶も出していないなんて!」
「あ…うん…」

お察しのとおり、この区長は自分よりも一回り以上年下で、
美人で明るくて気立てのよいこの妻を口説き落とすのに、大変苦労したためか、全く頭が上がりません。
あわただしく家に入ってくると、たくさんのパンをキッチンにどさりを置き小さな窓を開けます。
ポットに水を入れてお湯を沸かし始め、戸棚からティーカップを3つと四角い缶を取り出し、並べます。
四角い缶から、ティーパックを3つ取り出すと、持ち手の白い紙をハンドルに引っ掛けて、
軽やかに区長の隣の椅子に座ります。

「あら、今日は何のお話をしていたの?あなた、あれは言った?こないだの水場の…」

突然区長は少し誇らしげな顔をして、少しだけ胸を張ります。

「もちろんだ。早急にとりかかってほしいと言っていたところでね」
「やだ、道の整備、アルバのおじいさんが勝手にやってるから問題ないって伝えて、
って言ったじゃない!」
「えっ?」

ゼルも区長も、声をそろえます。

「あら?私言ってなかったかしら…2番街のアルバのおじいさん、昔土木やっていたでしょ?
“これくらいなら自分たちでも直せる”、って、近所の若い人たちと勝手に作業してるのよ。」
「そ、そうですか…」

怒られ損と怒り損です。
区長はバツの悪そうな顔をしていますが、全くゼルのほうを見ません。
区長の妻は悪びれた様子もなく、あ、そうそう、と話を続けます。

「そうそう、ちょっと前から、このあたりで野犬か何かがうろついているみたいなのよ」
「野犬?」
「そう。私は見ていないんだけど、イニエスの奥さんも、イシトおじさんも夜に黒い影を見たって。
 はじめはね、ジョンおじさんが見たって言って、でもあの人っていつも夜酔っぱらっているでしょう?
 だからみんな信じなかったんだけど…あ、ジェシカも見たって」
「なるほど…」

マシンガンのように人の名前が出てくるな、と思いつつ、手帳を取り出して、今の話を箇条書きします。
お湯が沸き、ポットの蓋がこつこつと音を立て始めました。
区長の妻は立ち上がってフックにかけてあった赤チェックのミトンを手にはめ、
ポットから熱湯をティーカップに注ぎます。

「ごみとか漁られている所もあるみたいだから、みんな気を付けているんだけど…」
「駐在の兵士にはつたえていますか?」
「ええ、もちろんよ。兵士さんも見回り増やしてくれたけど、まだ見つけられてないみたい。
 人員を増やすにはパラディン様に伝える必要があるから、ゼルに言ってほしいって。」

ティーカップをそれぞれの目の前において、元の場所に座ります。
開けた窓から、少しだけ入ってくる風が心地よく感じます。

「ゴミ以外に何か具体的に被害があった様子はありますか?」
「私が聞いたのは特にないわね…でもやっぱり怖いじゃない?結構大きいサイズみたいだし…」
「…わかりました、提言します。」

「騎士(パラディン)」とは、「女騎士」と「男騎士」の二人をさします。
騎士の二人は司法や軍事、国防を司り、普段は兵士たちと警察のような働きもしています。
――街を囲う城壁側の南区域だと城門から入られることが稀にあるが崖側の西区域で野犬?
――いやでも、運よく西区域までたどり着いたのか…?
考えながら、熱い紅茶を口にします。
舌の先を、少しだけやけどしました。

その間にも、区長の妻は、「目が黄色く光っていたらしい」だとか、「見たこともない怪物かもしれない」だとか、さも面白いことのように話を続けます。
 区長はそれに相槌を打ちながら、あの怒鳴り散らかしていた男性とは別の人間のように静かです。
 手帳を閉じ、紅茶が飲み終わったら帰ろうと思ったゼルでしたが、家を出られたのは紅茶を2杯追加で飲み終わった後でした。

「胃が…ちゃぷちゃぷだ…」

おなかを抑えながら、とぼとぼと城へもどります。
お昼はあんなに賑やかだった街も、夕方に差し掛かったせいかだいぶ静かになっていました。
あちこちで洗濯ものを取り込む姿も見られます。
 そのまま城へ向かうつもりでしたが、少し周辺を散策することにしました。
若干人数の人々と会話を交わし、自身でも変わったことがないか確認します。

 街自体の変化は特に見当たりませんが、黒い影についての話は誰からも聞くことができました。
姿についての情報は人によってまちまちでしたが、5日くらい前から見かけるようになったことや、
少なくとも大型犬くらいの大きさがあることがわかりました。

 じわじわと、家の明かりが目立ち始める時間になりました。
ゼルは、手帳を閉じると、人通りのほとんどなくなった道を足早に進みます。
お城へ戻ったら、すぐに夕食の時間となるでしょう。
 夕食の場は、円卓と王が集まります。
基本的には他愛ない話しかしませんが、会議以外で円卓が集まる場は夕食のみで、
全員と会議の日程を調整するにはこのタイミングしかありません。

 城門は閉まっていましたが、門番は慣れたように隣の小さな出入り口からゼルを中へと入れます。
ゼルはそのままグレートホールへと向かうのでした。


2, 1

  



ゼルがグレートホールに着くと、すでに王子、騎士二人の姿がありました。
真っ白な壁にシャンデリアがキラキラと輝き、磨かれたグラスに反射して、星が入っているようです。
シルバーやアンダープレートは整然と並べられ、全部で5セット並んでいます。
ゼルは、イグジクトとマージュの間に座ります。
マージュは小説を読んで暇をつぶしているようです。
イグジクトは、背もたれに寄りかかって、だらしなく座っています。
まるで首が座っていないようにごろんとゼルのほうを向くと、
口の端を釣り上げて、いじわるそうに笑います。

「ゼル、胃に穴は空いたか?」
「…まだ空きそうにないです。」
「そうか、そりゃ残念だがよかったな。」

だらしなく座っているのが疲れたのか、座りなおします。
開いた胸元で、金のネックレスがきらりと光ります。

「ゼル、今日は区域聴取に出ていたのかい?」

マージュの隣の男騎士が問います。
彼の名前は「イーギル」。
褐色の肌に短い赤い髪、左目の下の泣きぼくろが印象的な、さわやかな男です。
心優しく、輝く笑顔は女性を魅了し、剣術の腕は天下一品。
まるでおとぎ話の王子様のようです。

マージュが軍略や戦略等、裏方の仕事に長けているため、城にいることが多いのに対して、
イーギルは前線に赴き、戦闘や任務の遂行といったことに長け、城外で活動することが多くありました。

「はい、西区域に行っていました」
「そうか、お疲れさま。」
「ありがとうございます。」

まぶしいほどの笑顔です。
1日中街を見回ったり、兵士たちの面倒を見たり、訓練に参加したりと、疲れているのは
イーギルのはずですが、それを感じさせない背筋を伸ばして座る姿、やさしい口調。
イグジクトはそのまぶしさに、今にも病気になりそうな表情です。

「…シーシア様はともかく、キシェ様はいらっしゃらないんですか?」
「キシェは王からの宿題が終わらないから一緒に食べないって。」
「あ…そうですか…」

シーシアは円卓の「外交」、キシェは「博士」のことです。
シーシアがいないことは予想していましたが、キシェがいないことは予想外でした。

「何か用があったの?」
「ええ…ちょっと会議を開きたくて、一気に円卓の予定を聞けるかなと…」
「会議を?西区域で何か?」

イーギルが眉をひそめると、部屋の外が少し騒がしくなります。
マージュは小さくため息をつき、本を読むのをやめてしおりを挟むと、
背もたれと自分の背中に本を挟みます。
全員が背筋を伸ばし、椅子に座りなおします。
ぎい、と扉が開いて、コツコツと革靴の音が響きます。

赤茶の髪、しっかりとした眉、品のある初老に近い男性が王子の後ろを通ります。
豪華な装飾の入ったベストに真っ白なワイシャツ、
ループタイをきっちりと留めているアグレットがちらちらと光ります。
国王 ディルトレイの登場です。
空いている席にゆっくりと座り、色の違う左右の瞳で、4人を見ます。

「お待たせしたね。さあ、食事をはじめよう。」

給仕たちによって、グラスにワインが注がれます。
ゼルだけ、ぶどうジュースが注がれます。
王は、全員のグラスに飲み物が入ったことを確認し、グラスを持ち上げます。

「イースを守りし崖よ、風よ、土よ、恵みに感謝いたします。」

全員が少しグラスを掲げると、一口飲み、グラスを置きます。
王は、もう一度円卓をぐるりと見ます。

「シーシアとキシェはいないのだったね。席が二つも空いていると少し寂しい。
 さてイーギル、今日は兵の訓練を主に行っていたようだが、
北区域の崖と風車の様子は見に行ったかな。」
「はい、崖の擁壁作業は1か月程度かかるとのことでした。崩落の範囲が広いようです。
 風車の修理は問題なく進んでいますが、水の汲み上げ部分の損傷が激しいようで、
完了まであと5日ほどかかるとのことでした。」
「なるほど、順調で進んでいるようで何より。
イグジクトは今日、私に軍議と屁理屈で負けた後、マージュに泣きついて軍議のおさらいをしてから、
私に任されていた北区域と機械開発の予算とにらめっこしていたとか、まあそんなところだろう。」
「嫌味のとおりです王様。」

イグジクトはそれはもう嫌な顔をして返事をし、マージュがクククと笑います。
さも愉快そうにディルトレイは口の端を吊り上げます。

「マージュはイグジクトの相談のあと、キッチンを物色して女兵士たちの訓練に参加したな。」
「おっしゃる通りです。」
「クッキーがなくなっていると、オルガが肩を落としていたぞ。ほどほどにするように。」

マージュはふふ、と笑ってワインを一口、返事はありません。
返事をしない、ということは、やめる気がないのです。
ゼルは心の中猛省し、今後は彼女に甘いものを出すまいと心に決めました。

「ゼル、お前は今日どこに行っていた?」
「はい、西区域の、マイレク区長のところへ区域聴取に行っていました。」
「しばらく行っていなかっただろう。何か変化はあったか?」
「はい…数日前から夜に野犬か何かが出ているようだと。」

そのとき、ゆっくりと料理が運ばれてきました。
それぞれのアンダープレートに芸術のようなトマトのオードブルが置かれます。
他愛ない、一日の様子をうかがう会話。
ゼルは、“これは人狼ゲームのようなものだ”と昔イグジクトが言っていたことを思い出しました。
一人ひとりの何気ない報告から、それぞれの言葉に違和感がないかを探し出していると。
…といってもゼルには絶対気づけない自信があったので、毎日気にせずに会話に参加していました。

「西区域に野犬…?」

イーギルが低い声で言葉を繰り返します。
王は一口ワインを飲みます。
ほんのりと、唇に微笑みをたたえて、ブルーグレーとブラックの瞳でまっすぐにイーギルを見ます。

「西区域の野犬に何か、違和感でもあったかね、イーギル。」
「…はい、城壁に近い南区域ならば時々見ますが、
西区域で、しかも数日間捕らえられていないとなると、野犬かどうか疑問です。」
「確かに。ゼルはどう思う。」

今度は、ゼルをまっすぐと見ます。
心を見透かされそうな、鋭い瞳です。
ゼルもまっすぐに見つめ返します。

「はい、私もちょっと…変だと思います。なので…円卓と会議がしたいと考えていました。」
「では、食事後1時間ほど話を聞こう。全員会議室へ。」
「ですが、シーシア様とキシェ様が…」
「問題ないよ。街のことだ、騎士と側近、王子がいれば事足りる。」

王は食事を促すように手を差し出します。

「今はゆっくり食事を楽しもう。私は昼から3時間弱も無駄に脳を使わされて糖分が足りないものでね。」
「ははぁ、お年を召されると燃費が悪くておかわいそうですねえ」

王と王子の嫌味合戦に、女騎士はまたくく、と笑います。
男騎士は、「仲がいいなあ」と言わんばかりに笑顔です。
側近は、困った顔をして、オードブルを一口、口に入れるのでした。


食事のあと、皆一度部屋に戻り、10分後には2階の会議室に集まっていました。
象嵌の入った天然木の角丸テーブルには、部屋の窓側にイーギル、イグジクトが座り、
入口側にはゼルとマージュが座ります。
イーギルとゼルの間のテーブルの短辺にあたる部分にはディルトレイが座ります。
ゼルは昼にメモを取った手帳とペンを手元にきちっと座っています。
メイドが金で装飾されたティーカップに入ったラベンダーティーを5人に配り終わると、
ディルトレイが静かに口を開きました。

「ではゼル、西区域の影について、詳細を聞こうか。」

ゼルは手帳を少し持ち上げて、内容を確認し、小さく咳ばらいをして口を開きます。

「…はい。5日ほど前から黒い影が西区域を徘徊しており、国民の目撃情報は夜。
 サイズ感は大型犬くらいだと…
2日前ほどから区域兵の見回りの回数を増やしたようですが、兵はまだ見ていないようです。
直接な人的被害はありませんが、ゴミを漁られたようなようすがあるそうです。」
「影について、ゼルはどう思っている?」
「…ええと…野犬とは限らない、夜行性の動物とかかもしれませんが…
 大型犬ほどの大きさのものを、兵士が見ていないのは違和感があるかと…」

自信なさげに語尾を濁します。
王は問題ない、とでもいうように微笑み、頷くと、
今度は足を組んで背もたれに背中を預けて座っているマージュに問います。

「マージュはどう思うかね?」
「ただの犬や動物ではないでしょう。夜、国民の目撃情報はあるのに兵が見ていない。
 となると意図的に兵に見つかるのを避けていると思います。」

王は頷きます。

「そうだね、私もそう思う。最近不審なものが入国したような様子は?」
「ありません。」
「では、城壁を乗り越えた可能性は?」
「絶対ありえません。」

あまりにも潔い否定に、王は思わずふふ、と笑います。
少し間をおいて、今度はさもけだるそうに頬杖をついている王子を見ます。
王子は目が合うと、少し考えるふうにそらしました。

「イグジクト、お前は何を思った?」
「…。」
「今、おまえの予想できている内容をすべて詳しく聞きたい。」

3秒ほど、沈黙が流れ、全員イグジクトを見ます。
イグジクトは、深い紫色の瞳で、まっすぐとディルトレイを見上げます。

「私は人間か、もしくは同等の知能を持った侵入者だと考えています。
だからマージュのいう通り、意図的に兵士に気づかれるのを避けている。
我が国の崖は、複数個所から地下水が噴き出ている。
我々はそこを整備して地下水道にしている。
普段は鉄格子がはめられて入れないようになっているのに、
数日前の崖崩れで外れて崖側から侵入ができるようになった。」

イグジクトは、頬杖をやめて顎に手を当てて黙り、1,2秒思考を巡らせます。

「…地下水道に入れたとしても、街からの出入口はすべて内側からは開かないようになっている。
協力者が外側からあけた、という線も考えられるが、多分その線は薄いと思う。
地下水道を開けるにも城にある鍵が必要だ。市民を装って勝手に持ち出すことはできない。
厳重に管理もしているから、城内の者といえど勝手に持ち出すのは難しい。
…少なくとも勝手に持ち出すようなやつがいたらパラディンに切り殺されているだろうし」

確認をするようにマージュとイーギルと目を合わせると、
二人ともうなずいて、確かに城の中には怪しい様子のものがいなかったことを証明します。
また、考えるように目を伏せて続けます。

「地下水道の入り口から出られないという問題は、風車によって解決することができる。
侵入者が無理やりに地上と地下をつなぐパイプ部分をよじ登ればいいからだ。
水を組み上げるロープと器をつかんで登ったから汲み上げ部分が激しく壊れていた。」
 
ゼルは、怒涛の回答に途中からついていけず目を白黒させます。
イーギルはなるほど、と小さくつぶやいた後、ラベンダーティーを飲んで考え込んでいる様子です。
マージュはぐっと身体を前のめりにして、イグジクトと目を合わせます。

「…崖はどうやって登った?崩落して足場となる箇所があったとはいえ、
人間の体力で地下水道まで登れるとは思えない。イーギルをもってしても無理だ。」
「確かにそうだ。私もそう思う。」
「たとえなんとか崖を登れたとしても、僕のような男性の体重で汲み上げのロープをつかんで登ったら、
重くて上の滑車や歯車が壊れてしまうと思う。
もちろん強度はしっかりしているからちょっとやそっとじゃ壊れないと思うけど…」
「…そう、まだ解決できない箇所が多い。だがそこの謎が解ければ、全体的に筋が通る。
 人間じゃないとすれば、可能だが…まだ私にはわからない。」

イグジクトは、椅子の背もたれに寄りかかって、だらしなく斜めに座り天井をみつめ、
ふうっと大きくため息をつきます。
その体勢のまま紫の瞳だけでじっと王を見ると、

「…今のところの情報で私が推理できたのはここまでです。
どうせあなたのことだからもう一歩進んだ何かがわかっているのでしょう?」

王は、唇に微笑みを含んだまま首を振り、ラベンダーティーを一口飲みます。

「いや、私も同じ範囲までだよ、確信をもっているのは。」
「…そうですか。」

イグジクトは、そのまま顔を伏せて黙り込んでしまいました。
しばし、沈黙が流れます。

「でも、どうして侵入者はごみをあさるような真似をしているんだろう?
 風車が壊れてから目撃され始めたのが5日も前なのに、攻撃的な動きが見えない。」

イーギルがぽつりと疑問を口にします。
侵入しておいて、何故攻撃を仕掛けないのか。
攻撃が目的ではないとしたらなぜ侵入してきたのか。
しん、とその場が静まります。

「ううん…お腹がすいているのかな…」
「…ゼル、そこじゃない。」

ゼルのとんでもない一言に、マージュがあきれて思わず突っ込みます。
イーギルは思わず吹き出し声をあげて笑い、イグジクトも顔を隠して肩を震わせています。
はっ!としたゼルは、冷や汗を流しながら、
油の入っていないロボットのようにぎこちなく首を少し動かして、
腕を組んで破顔しているディルトレイのほうを見ます。

「あ、ええっと…」
「ふふ、そうだな、きっとお腹はすいているだろう。
 この国は早朝と昼に生ごみの回収があるから、
あさったところでそんなに食べられるものもないだろうし。」
「も、もうしわけ、ありません…」
「一理あるよ、ゼル。」

ゼルはラベンダーティーをふうふうと冷ましてから飲んで心を落ち着かせます。
――ぬるくなったラベンダーティーを冷ましているゼルを見て、
思わずマージュは失笑してしまうのでした。

「ふふ、そうだね。そうかもしれない。
 ディルトレイ様、どうしますか、これから西区域へ行って僕が様子を見てきましょうか?」

笑いの落ち着いたイーギルが、今すぐにでも出られるとでも言わんばかりに進言します。

「いや、今日はやめておこう。相手が弱っている様子といえど準備をしてから挑もう。
 明日、また朝食後10時ごろここに集合、私から指示を出す。それから各自行動に移ってほしい。」

イグジクト以外は全員頷き、それを見てディルトレイも頷きます。

「では、解散とする。
…みな、ゆっくりおやすみ。」

王が立ち上がり、イグジクト以外は座ったまま最敬礼すると、そのまま見送ります。
ドアが閉まると、みんなが文字通り一息ついたところで、
それぞれが立ち上がりきちんと椅子をテーブルに差し込むと、特に会話もなく会議室から出ていきます。

ドアを出たらマージュとイーギルは右に、イグジクトとゼルは左に向かいます。
騎士たちは「おやすみ」と二人に声をかけて、颯爽と去っていきました。

無言のまま、一緒にゼルとイグジクトは廊下を歩きます。

「…イグジクト様、お部屋こちらじゃないですよね?」
「なんだ、私と一緒の方向は嫌か?」
「いえ。…どちらへいくつもりですか?」
「天文塔へいって風にあたってくる。」
「天文塔ですか」

天文塔とは、お城の端にある塔で星がよく見える場所です。
昔はここで、天文学者たちが星の観測をしたようですが、
今はきちんと天文台ができたため、すっかり中は物置のような扱いになっていました。

「…もしかして、また眠れないんですか?」

ゼルは、もともとイグジクトの睡眠時間が短いことを知っていました。
そして時々、全く眠れずに苦しんでいるのも知っています。
…マージュやイグジクトは、ときどきゼルにほんの少しだけ弱音を吐くことがありました。
常に腹の探り合いのようなこの円卓という鎖の中で、
城に染まり切らずに純粋であったゼルは、心を開ける相手だったのでしょう。
心配そうに顔を覗き込むゼルに目もくれず、まっすぐ前を向いて答えます。

「寝れないのなんて昔からだよ。」
「そうでしたね…今日はたくさん思考を巡らせていましたし、
 あんまり考えすぎも良くないですよ。」
「…そうだな。」

二人は黙って歩きます。
廊下に、二人の足音が響きます。

「…王は、何かわかっていたな。」
「え?」

ゼルに届くぎりぎりの、低く、小さな声です。

「でも王は、推理できているのはイグジクト様と同じ範囲だって。」
「“確信を持っているのは”と言っていた。
 今回の黒い影について、目途がついている箇所はもっと広いだろう。」
「…なるほど…自分には全然…わかりませんでした。」
「頭を使うのが私やマージュや王の仕事だ。わからなくたっていい。」

そこまで話したところで、天文塔へつながる通路の前まで来ました。
イグジクトは、長い髪を揺らして振り向きもせずに手をひらひらと振って、
塔のほうへと歩いていきます。

「おやすみ、ゼル。」
「…はい、イグジクト様。また明日。」

ゼルは背中が見えなくなるまで見送って、自分の部屋へ向かいます。

部屋に戻ってからは、ベッドで目を閉じながら、今日のことを思い返します。
自分が円卓になってから、侵入者なんて初めてのことです。
…このまま、戦争なんかになってしまったらどうしようか。
不安な気持ちがよぎります。
考えているうちに、とっぷりと睡魔に沈みます。


夢に、この国に来た時のことを見ました。
金色に輝く小麦畑から見える、ライトグレーの城壁。
まぶしいくらいの晴天。

懐かしい気持ちと嬉しい気持ち、
同時にほんのすこしの寂しさを思い出しました。


4, 3

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