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平穏の帰還

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 暁光が雲間からゼルとマージュを照らします。
朝陽を浴びて、馬の身体が金色に光っているようにすら見えています。
 イースに近づくにつれて、くもり空になって、しっとりとした空気が感じられます。

 森を抜けると凄惨な戦いの跡が見えてきました。
両軍の兵士の死体はもちろん、飛び散った血や突き刺さる矢、剣は、
ゼルの脳裏に過去のことをフラッシュバックし、目をそむけさせるのには十分でした。
マージュはそれを感じ取ってか馬の足を速めて、さっさと通り過ぎていきます。

 畑に着くころには死体はみられず、白い城壁が光を放っているように見えます。
風でなびいている立てられたイースの国旗が近付いてきて、
やっと戻ってきたことを実感します。

 城門に着いて、マージュは兜を取り首を軽く振って
縛られていない白金の髪をさらりと解放させると、馬から降ります。

「パラディンマージュ、今戻った!門を開けろ!」

小窓から顔を出した泥だらけの兵士が、
2人の姿を見て嬉しそうに目を輝かせます。

「おかえりなさいませ!」
「ご苦労だった」
「はい!少々お待ちください。」

マージュが馬に乗ると、ぐぐ、ときしむ音を響かせて門が開き、
そのまま街に入ってお城へと向かいます。
 早朝であることもあいまって街には人々の姿はなく、遠慮なく馬を走らせます。

 お城に到着し、2人で馬を下りて門をくぐって庭園に入ると、
たくさんの軽症の兵士たちがけがの手当てを受けているようでした。
看護している兵士の一人がこちらへ駆け寄ってきて、馬を厩舎に連れて行ってくれました。

 負傷兵の中には、鎧を脱いで上半身裸でオレンジ頭の兵士に包帯を巻いている
イーギルの姿もあります。

「イーギル!」

 マージュが声を掛けると、嬉しそうにひょいと立ち上がって、
疲れている様子もなく怪我人を避けながら風のようにこちらに走ってきます。

「おかえり!」
「無事で何より。」
「あはは、兵士たちはボロボロだけどね。本当によくやってくれたよ。
 おかえり。ゼルも。」
「はい、イーギル様。ご無事でよかったです。」

 イーギルはゼルの顔を覗き込んできて、ニコッと白い歯を見せて笑顔になります。
その笑顔につられて、ゼルもぎこちなく笑顔になります。

「ゼル、うまくいったんだね。きりっとした顔に見えるよ。」
「そ、そうですか?」

 それを聞いて照れ笑いするゼルに、マージュも顔を覗き込んで、
にやにやしながら右手で両ほほをぐにぐにと挟んできます。

「んむ!」
「私にはそう見えないけどな。」
「それに対してマージュは随分傷だらけだけど、
 ゲオルギウス将軍とやりあったんでしょ?
 ちゃんと生きて帰ってきて安心したけど、勝てたの?」

 ぴしり、と岩のように固まって、油のさしていないロボットのように、
ぐぐぐぐ、と首を動かすと、苦々しい顔でイーギルのほうを見ます。

「うん、まあ。」
「その反応を見ると勝負に負けたね?
 …そうか、マージュでも対抗できないなら、僕ももっと頑張らなきゃなあ。」

 ちょっと大げさに抑揚をつけた言い方と扇動的な笑顔に、
マージュはどんどん険しい顔になって、
たまらなくなったのかイーギルの胸に小指のほうでパンチすると、大きな声を上げます。

「ああもう!思い出せば思い出すほど、く、く、くやしい!」
「あははは、帝国の将軍だね。」

 地団駄を踏むほど悔しがるマージュをみて嬉しそうに笑うイーギルは、
抜け目なく自分の胸を殴ってきた手を握っています。
 ゼルは子供のような姿がおかしくって、ついつい笑うと、
周りの負傷兵たちも、珍しく顔を真っ赤にしている姿に、クスクスと笑っています。
 手を握られていることに気が付いて振り払うマージュは、
少し落ち着いたのかゲンナリとした顔で肩を落としています。

「マージュ様、ほら、ディルトレイ様のところへ行かないと」
「はあ、情けない、報告したくない…」
「あはは、じゃあ、また後でね。」
「はい。」
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 颯爽とまた小走りで元の場所に戻るイーギルを見送って、
ゼルは嫌そうなマージュを引っ張って、
出発した時と比べてすっかり静かなお城の中へと歩いていきます。

 真っ直ぐ紅の絨毯を進んでいって、豪華な金装飾の扉を力いっぱい開けると、
玉座でうつむきがちに座りながら真面目な顔をしているディルトレイと、
足元で胡坐をかいて自分の膝で頬杖をついているイグジクトが居ました。
 玉座の間に入ってきた姿を見たとたんに、ディルトレイはホッとしたように
笑顔になって背筋を伸ばし、イグジクトはゆっくり立ち上がって、
ニヤリとしながら王座の背もたれに肘をかけて寄りかかります。
 ゼルとマージュが足元に跪いたのをみて、嬉しそうに微笑んで2人の姿を見ました。

「おかえり。」
「ただいま戻りました」
「報告をしてもらいたいが先に負傷者の手当ての手伝いを…
 と言いたい所だが、マージュは負傷者側かな。」

 腕の傷を隠そうとしているのをディルトレイは見逃しませんでした。
イグジクトも同じく見逃さず、こちらに歩いてくると包帯の巻かれた腕を
グイっと掴んで血がにじんでいるのを確認します。

「いえ、問題ありません。」
「いや、腕の傷はさっさと診てもらえ。化膿しては厄介だ。」
「…わかった。」
「おまえ、負けたな?」
「うぐっ!」

 思わず喉から苦しそうな声を出し、苦虫をかみつぶしたような顔で
見上げたマージュの目には、イグジクトのあざ笑う顔が映ります。

「その様子だとやはり将軍にでも手当されたな?」
「ぐうっ!」

 ニヤニヤしているイグジクトに憤懣をぶつけそうになりながら、
しかし王の前でそんな姿を見せられないと歯を食いしばって耐えるマージュに、
必死になだめているゼルの姿がおかしくて、ディルトレイが破顔してしまいます。
 その笑い声に、3人で顔を見合わせると、戦いが終わりひとまずは円卓全員が
無事だったのだと実感して、お互いが穏やかな笑顔になっているのが見えました。

「ああ、うん、マージュはどういう経緯でそうなったか後で聞こう。
 ひとまずは病棟へ行ってキシェの診察を受けるといい。」
「…かしこまりました。」

 不満そうな顔ではありますが、跪いたまま頭を下げると髪がさらさらと流れて
騎士としての気高さと美しさが感じられます。

「ゼルは庭のイーギルや衛生兵たちの手伝いをしてやってくれ。」
「わかりました。」

 ゼルも一礼すると、ふと思いついたように
腰に着けていたきらめくダガーナイフを外して、イグジクトに差し出します。

「イグジクト様、とても心強かったです。ありがとうございました。」
「ああ、使わなかったんだな。」
「はい。…皇帝陛下が大切にしろとおっしゃっていました。」

 それを聞いたとたんに受け取ろうとした手を止めて、
目を見開いたかと思うと、少し嫌そうな顔をするので、
ゼルはまずい事を言ったのかと不安になります。

「皇帝が?」
「はい。」
「…言われなくてもそうする。」

 苦笑いしながら大事そうにダガーナイフを受け取り、自分の腰に差すのでもなく、
鞘を握ってくるりと玉座の横に戻ります。
ゼルは皇帝とイグジクトの間に縁のようなものを感じながら、
立ち上がって扉のほうへ歩き始めました。

 そこから、お城を出てマージュと分かれて庭のほうへ向かい、
衛生兵の話を聞きながら兵士たちの手当の手伝いをひたすらにしていって、
終わったころにはすっかりお昼近くになって、
街はほんの少しだけにぎやかになっていました。

 クタクタになりながら部屋に戻り、眠れるように準備をしたのに
変にアドレナリンが出ているのか眠る気にもなれず、
窓を開けて入ってくる風に海の匂いを感じながら、
デスクに座って大きなため息をつきます。

「ただいまあ、ラエおばあさん…」
 
 写真を見て、自分の声が思ったよりも元気がなく声が裏返ったのに気が付いて、
思わず力なく笑ってしまいます。
 窓から入ってくる光をぼんやりと見つめていると、
数時間前の大聖堂の天上を見上げるラファエルの顔を思い出して、
後悔が襲い掛かってくるのと同時に、これでよかったのだと無理やり自分を納得させます。
 妖精たちが跳ねるように現れて、ベッドサイドテーブルの上のランプに嬉しそうに入っていって、
大きなあくびをして眠り始めました。
 あくびがうつって、なんだか眠たくなった気がします。
カーテンが風でふわりと舞うと、今度は別れ際のラファエルの歯を見せての笑顔と、
皇帝の言葉がぐるぐるします。

「教会へ、墓参りか。」

 胸が苦しくなるのを感じて、椅子の上から曇り気味の空をぼんやりと見上げます。
自分が村から連れ去られてから、一度も故郷に帰ったことはありません。
 何度も帰ってみようかと思ったのですが、恐ろしくて帰れなかったのです。
お墓もなく朽ち果てていっているであろう自分の家族と比べれば、
ラファエルはきちんと教会で弔ってもらえる、
少なくともリエルはきちんと弔ってくれるのだと思うと、
ほんの少しですが、救われた気もします。
 なんとなく、昔弟に歌っていた子守歌を口ずさんで、しばらくぼんやりしていると、
ふと時計が目に入ってきて、これ以上起きていては今日の円卓の集合に遅れてしまうと
重たい身体を無理やり動かして、どすんとベッドに横たわり、
窓から入る風を感じながら目を閉じます。
 ぐるぐると同じことを考えて、やがてやっと浅い眠りについたのでした。





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******


 数時間後、ちょっぴりくたくたな様子のキシェ以外の円卓は、
グレートホールでいつものように集まって、おとなしく座っています。
 王は紅茶に静かに口をつけると、
カップをソーサーに置く音と同時に話し始めます。

「さて諸君、昨晩についてそれぞれの動きと結論が聞きたい。
 キシェは重傷者の対応で手が離せないので不在だ。
 イーギル、まずは戦闘の結果の報告を。」 
「はい」

イーギルはいつも通りに白に青ラインの制服を着て、
朗らかな笑顔で一番元気そうな様子で、手元にある紙を見ながら報告を始めます。

「我が軍は畑への侵入を許さず戦闘し、数では負けていたものの、
 死亡者98名、負傷者は大小合わせて462人とかなり抑えられました。
 ただ、今回はゲオルギウス将軍が前線にいなかったことと、
 戦闘途中で帝国軍が薬切れ時の副作用で苦しみ始めたので、
 それで助かった部分もあると思います。
 なお、イグジクトの指示で帝国兵は我が国が開発した治療薬を飲ませて
 とりあえず牢屋に入れています。」
「うん、わかった。我が国の兵としても良いのだが、どうしようかね。」

 王は冗談なのか本気なのか、いたずらっぽい笑いを見せると、
くるりと顔を女騎士に向けます。

「さて、帝国へ向かった2人の話が聞きたい。まずはマージュだ。」

 女騎士はいつものように髪をポニーテールでピシッとまとめて、
嫌そうな顔をしながらを少し悩んだ様子で唸った後に、
背筋を伸ばして喋り始めます。

「帝国へ進入後、城へ向かうも大聖堂へ向かうよう指示されて、
 教会の敷地に入る門でゲオルギウス将軍に道を阻まれました。
 ゼルのみ通されたので、私はそのまま交戦しています。」

 少しの間が合って、苦々しい顔でため息をつくと、
なんだか心なしか少し小さくなって唇をかみながら、観念したように続けます。

「…初めは殺して進もうとしたのですが、それでは時間がかかりすぎて
 先に行かせたゼルが危ないと思い、怯ませて押し通ろうとした所、
 相手に捕まり…頸動脈圧迫で気絶し、ま、した。」

 王子はうすら笑い、外交は信じられないという風に驚いて、
男騎士は考え込んでいる様子と、それぞれ反応が分かれる中で、
それでも王は特別な反応もせず、うんうん、と頷いています。

「ゲオルギウス将軍は我々が想像しているより手ごわかったようだね。」
「…はい。交戦した時点では将軍は正気でした。」
「じゃあ、ゲオルギウス将軍は皇帝の指示でそこにいたというのか?」

 突然不愉快そうな顔でカットインしてきた王子に対して面白そうに目を輝かせる王は、
まるで皇帝の思惑の推理を楽しんでいるかのようでした。
そのままの表情で、女騎士の隣に座る側近に目を移します。

「わかった。言いづらい報告をさせたね。
 では、ゼル、何があったか聞かせてもらえるかな。」
「はい。自分は、マージュ様のおっしゃる通り先に大聖堂へついて、
 ラファエルと対峙しました。
 …対峙というか、対話した、が正しいのですが…」
「ふむ、黒幕は確かに彼だったのかな。」
「…はい。黒幕は彼で、原因が自分で…」

 うつむいてどんどん声が小さくなっていくと、すこしだけ沈黙が流れます。
我慢ならないというようにいらだった顔の王子が何か言おうと口を開いたところ、
緑の目に強い光を湛えて、決心したように顔を上げるのが見えます。

「彼は奴隷として売られていた時に支えあっていた大切な友人、
 ジルベールで間違いありませんでした。
 自分と一緒にいた時間が幸せだったからとそれにとりつかれて、
 自身の身を削り、他人を犠牲にしながら自分を探していたのです。
 本当に、ただそれだけでした。」

 全員が、こちらを見て何も言わずに聞いています。
ゼルは自分の感情が高ぶって声が大きくなり、呼吸も荒いことに気が付きます。

「説得したところ、自分の言葉を受け入れて裁きを受けると言っていました。
 それから、皇帝陛下とゲオルギウス将軍、マージュ様が合流したので、
 身柄を受け渡しています。」

 声が震えるのを感じながら、膝の上に乗せた手が無意識に力強く握られて、
だんだんとまたうつむいていきます。
また、去り際の笑顔を思い出して、胸が締め付けられるような感覚が戻ってきます。

「ラファエルは、貴族の悪事をすべて吐くとも言っていました。」
「そうか。では近々粛清が始まるかもしれないね。」
「…全く目立たずに行動し、貴族の裏を把握している人物だなんて、
 よっぽどやり手だったのね。」

 王と外交は顔を見合わせると、真剣な顔で頷きます。
きっとこれから帝国は大きく動くでしょう。
その時の出方を考えておかねば、やられてしまうのはこちらです。

「果たして皇帝はそんな頭のいいやつを簡単に処刑するのか?」
「皇帝陛下は、ラファエルは死ぬと言い切っていました。」

 1人難しい顔で腕を組み、宙を見て考え込む様子の王子が
ぽつりとつぶやくと、悲しい顔を隠しきれなくなったゼルが小さな声で返答します。

「墓参りにでも来いとも言われました。」
「…そうか。」
「…はい。」

 涙が流れそうなのを我慢しながら、絞りだすように返事をして、
歯を食いしばって耐えます。
しばしの沈黙の後、その様子を見ながら王は想いを組むかのように寂しく微笑んで、

「では」

と切り出します。
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「状況は把握できたよ。
 ラファエルを使って、皇帝がうまいこと陥れようとしてきたようだが、
 マージュが負けたこと、ゼルも相手も無傷だったことが幸いして
 皇帝の思惑通りにはいかなかったようだ。
 そして帝国軍は強大だ。我が国の兵にはさらに精進してもらわなければならない。」

 女騎士は少し不満そうでしたが、男騎士と一緒に鍛錬に励むことを約束します。
側近は深呼吸をして、自分の感情を落ち着かせるとやっとうつむくのをやめて、
王の顔を見ることができました。

「ゼル、ここ数日ヴェルジの君には負担が大きい出来事が多かっただろう。
 だがこれを糧としてもっと強くなるといい。
 そして、ほとぼりが冷めたら、教会まで君の友人に会いに行きなさい。」
「…はい。ありがとうございます。」
「では、帝国のこれからの動きも見えたし、今回の事件というのは解決したとみていいだろう。
 疲れているとは思うが、今日一日も油断せずに業務にあたり、
 いいところで切り上げてうまく身体を休めるように。」

 円卓たちは王に一礼して、各々席を立って自分の仕事に向かう中、
ゼルは、自分の作業部屋に行く前に、一度お城の屋上へと登っていきます。

 雲が多く、眠る前に比べてすっかり雨が降りそうな天気です。
風が強めに吹いて、水分をたくさん含んでいるのを感じます。
あみだくじのような街並み、畑、青くかすんでみえる山脈。
この山脈の奥には帝国があります。
今日もきっと、暗い雰囲気をまといながらイースとは違う活気で溢れているのでしょう。

 ここ数日で思い出した過去のことを振り返りながら、
陰鬱な空気だけを深呼吸で吐き出していきます。
 ぺしぺしと気合を入れるように顔を叩いて、

「よし!」

と声をだすと、振り返って屋上を下りて、自分の作業部屋へと向かいます。
精悍な顔つきになったゼルは、きっとこれからは今までのように
ちょっとやそっとのことで気持ちを乱されたりしないでしょう。


******

 事件があってから1か月ほどした頃、昼食後に談話室でゼルの淹れた紅茶を飲みながら
イグジクトとマージュといつものように談笑しているとき、
帝国のシスター・ガブリエルから手紙が届きました。
 内容は、無事にラファエルの埋葬がおわり、落ち着いたので教会まで会いに
来てほしいということでした。

「…お墓参りか。」

 ゼルがアイスティーを飲むと、氷がカラリと涼しい音を立ててグラスの中を回ります。
グラスから雫がコースターに滴り落ちて小さな水たまりを作っています。

「帝国に行くのか?」

 マージュがクッキーを食べながらはちみつ色の瞳が手紙を見つめます。
開け放たれた窓から風が入ってきて、ポニーテールでまとめられた金色の髪をなびかせて、
絹のように光を返します。

「そうですね…お休みいただいて行こうかな。」
「余裕があったら、帝国のバターサンドを買ってきてほしい。」
「こないだ、ゲオルギウス将軍から届いていたやつですか?」
「そうそう。あいつも律儀な男だ。」
「わかりました、行った時探してみます。」
「うん。お店の名前、後で確認しておく。」

 マージュは嬉しそうに頷いて、アイスティーを持ってストローに口をつけると、
クッキーを流し込むようにコクリコクリと飲む音が聞こえます。
 イグジクトがゼルの持つ封筒を人差し指と中指で挟んで横取りすると
突然眉をひそめ、中の手紙を読み、さっさと封筒に戻して返してきます。

「皇帝の検閲済みのシスターの手紙か。」
「え?」

 指さしたのは真っ赤な封蝋で、流れるような字体の”L”が浮き上がっています。
ゼルとマージュで封筒を覗き込みますが、
何の変哲もないようにしか見えず、首をかしげます。

「…これが皇帝の許可なのか?」
「手紙をよこしたガブリエルというシスターなのだから
 封は”G”か”R”だろ、GABRIELだからな。
 これはロストールのLだ。」
「まあ、たしかに…」

納得のいっていなさそうな2人にうんざりとした顔をしながら、
自分のアイスティーを持って飲もうとしたところで、
紫色の瞳を宙に浮かせて考えを巡らせます。

「私やディルトレイ様が気付かないわけがないし…
 もしかしたら、ラファエルは」

そこまで言って、イグジクトは考えるのをやめたように鼻で笑います。

「…まあいっか。」
「ええっ」
「なんだイグジクト、もったいぶる。」

 期待を裏切られたような2人は、口をとんがらせてその先を言わせようとしてきます。
イグジクトはべつにどうでもいいことだ、と不敵な笑みでアイスティーに口をつけて、
さらに勝手にクッキーをつまむので、マージュが、ああ!と心から嫌そうな声を上げ
腕をつかんで抗議しています。 

 ゼルはなんだか、この光景がたまらなく幸せだと思って、
思わず声を上げて笑います。
突然のことに、イグジクトとマージュは驚いて顔を見合わせますが、
あまりにも嬉しそうに笑っているので、つられて笑って、
くしゃくしゃと頭をなでてきます。

 いつもの癖で開いた窓から空を見上げると、
突き抜けるような真夏の青空が広がっていました。
今までの人生で、一番澄んで見える青です。

 太陽は天上高く上がっていて、風は生ぬるくて爽やかとは言えませんが、
海の匂いをまとった風がびゅん、と入ってきてカーテンを揺らし、
笑う3人の全員の髪をなびかせて去っていきます。
ゼルの瞳は光を反射して、キラキラきらめいています。

 
 側近-エスト-はこれから、自国の人々だけでなく、
国外の人々の側にも寄り添って、幸せにしていくことでしょう。

 不思議な崖の国はこれからも栄えます。
このお話は、その歴史の中でも、国を揺るがした出来事のなかの1つです。
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