忘れたい現実
目を覚ますと、あたたかい光の中だった。
真っ白なベッドは太陽の香りで、木造の部屋の中は牧草の香りがして
小さな窓から顔を出すと、洗濯ものを干している小太りの女の人が振り向いて、
青緑の瞳と目が合う。
「あら、目が覚めたの、ゼル。」
笑顔でこちらを見る、母さんだ。
うん、と返事をして、眠い目をこすりながら部屋から出て、
1階に降りると開け放した玄関のドアから初夏の涼しい風が入ってくる。
隣の部屋を見ると、ベッドに5歳下の弟がすやすやと寝ているのが見えた。
キッチンで顔を洗って、そばに掛けてあるいつものタオルで顔を拭いて、
歯を磨いたら棚からコップを取り出して、ミルクを注いで飲み干す。
鏡を見ると、まだ9歳の自分がうつって、ちょっと違和感を感じた。
とりあえず洗濯ものを干すのを手伝おうと、靴を履いて外に出て家の裏に回る。
母さんはいつも鼻歌を歌いながら洗濯物を干している。
まねして一緒に歌うと、嬉しそうに一緒に歌ってくれた。
「ゼル、今日は何の日かわかる?」
「…トールの誕生日?」
「そう!一緒にケーキとご馳走を用意しなきゃね。」
トールは、自分の弟の名前だ。
喜ぶ顔が見れるのが楽しみで笑いあう。
2人で手分けして、洗濯ものが全て干し終わると、ハグをしてほめてくれた。
「ありがとう、助かったわ。
ねえゼル、牛たちにご飯をあげてきてほしいの。
あげ方はわかるわね?」
「うん、わかる。」
「そう、じゃあ、ついでにミルクを絞って、
いつものおばあちゃんところにお届けしてほしいの。
それから森で、リンゴを5つ、取ってきて。」
「わかった。」
「気を付けてね。」
家に戻ると、コルクで蓋のされた空の大きな瓶を持って、
それから家の横に置いてある大きなバケツに、積まれた牧草を山盛りに入れ、
村から歩いて5分くらいの、小さな牛舎に向かう。
道の途中で2,3人の妖精たちが自分の顔の周りをくるくると飛び回る。
田舎だったから、よく妖精や精霊の姿を見ることができた。
髪を引っ張ったり、ズボンのポケットで休憩したり、
牧草でふかふかのバケツにダイブしてみたりと、一通り楽しむと笑いながら去っていった。
牛舎の中に入ると牛が5頭、柵から首を出しているので、
食べやすいよう顔の下に牧草を敷いていく。
牛たちが満足そうに食べている間に、乳を絞っていく。
5頭それぞれから絞ると、瓶が丁度いっぱいになるので、
しっかりと蓋をして、牛たちにお礼を言って、
空になったバケツに瓶を入れると、落とさないよう大事に抱えて村のほうへ戻る。
足が悪くてなかなか外に出られないおばあちゃんのために、いつもミルクを届けていた。
自分の家と同じように、開け放たれた家のドアから、ごめんください、と声をかけると、
奥から、深い濃い緑の目の白髪のおばあちゃんが杖をついて出てきた。
「まあ、ゼル、今日もミルクを届けてくれたのね。ありがとう」
「いつものようにキッチンのテーブルにミルクの瓶を置いてあげた。
「ああ、そうだわ、今日はトールのお誕生日でしょう?
これを渡してちょうだい。」
渡されたのは、おばあちゃんが手編みした、黄色の帽子だった。
てっぺんにはポンポンがついていて、冬もあったかいだろう。
「ありがとうおばあちゃん。冬用の帽子だね。」
「ええ、これから暑くなるし、色々考えたのだけれど…
この村は冬が長いから、いずれは使えるでしょう?」
「そうだね。この黄色、元気なトールにぴったりだよ。」
「良かった。じゃあ、よろしくねゼル。」
「うん、ありがとうおばあちゃん。」
家をでて、今度は近くの森に向かおうと、バケツを持ったまま牛舎と反対方向に向かう。
途中で少し黄緑掛かった緑の目の幼馴染のリンに会った。
「あ、ゼル、これからどこへ行くの?」
「森だよ。リンも行く?」
「行く!」
「おーいゼル!リン!俺も行く!」
話を聞いていたらしい、青っぽい緑の目の友達のライが、
家の二階から顔を出して呼び止める。
「ライ、はやくーっ」
「まって!」
とんとんとん、と階段を下りる音が聞こえて、
すぐに家からカゴをもって飛び出してきた。
「トールにいっぱい果物とってやるよ!」
「あはは、トールそんなに食べられるかな?」
「あ、やだわ、今日トールの誕生日だった!」
リンがすごく困った顔をした。
「…リン、お花とかどうかな。トール、お花も大好きだから。」
「そうね、そうだわ、花かんむりをつくりましょう!どうかしら?」
「うん、絶対に喜ぶよ。」
3人でワイワイしながら森へ向かう。
あまり奥へ行くと狼男やドレイショウニンが出るから、
本当に光の入る村の側で3人はそれぞれ目標を達成させた。
バケツにはヒメリンゴ5個、数えきれないくらいのキイチゴ、ブラックベリー、
レモン、それからシロツメクサとクローバーの花かんむりやラベンダーの花束。
トールによろしくね、と2人とハグをして分かれたころには、
すっかり夕方になっていた。
甘い香りを抱えて家に戻ると、ケーキのスポンジが焼きあがったところだった。
スポンジの湯気を見ていたトールが、俺をみつけてこっちに走ってくるから、
受け止めるようにハグをした。
「いつものようにキッチンのテーブルにミルクの瓶を置いてあげた。
「ああ、そうだわ、今日はトールのお誕生日でしょう?
これを渡してちょうだい。」
渡されたのは、おばあちゃんが手編みした、黄色の帽子だった。
てっぺんにはポンポンがついていて、冬もあったかいだろう。
「ありがとうおばあちゃん。冬用の帽子だね。」
「ええ、これから暑くなるし、色々考えたのだけれど…
この村は冬が長いから、いずれは使えるでしょう?」
「そうだね。この黄色、元気なトールにぴったりだよ。」
「良かった。じゃあ、よろしくねゼル。」
「うん、ありがとうおばあちゃん。」
家をでて、今度は近くの森に向かおうと、バケツを持ったまま牛舎と反対方向に向かう。
途中で少し黄緑掛かった緑の目の幼馴染のリンに会った。
「あ、ゼル、これからどこへ行くの?」
「森だよ。リンも行く?」
「行く!」
「おーいゼル!リン!俺も行く!」
話を聞いていたらしい、青っぽい緑の目の友達のライが、
家の二階から顔を出して呼び止める。
「ライ、はやくーっ」
「まって!」
とんとんとん、と階段を下りる音が聞こえて、
すぐに家からカゴをもって飛び出してきた。
「トールにいっぱい果物とってやるよ!」
「あはは、トールそんなに食べられるかな?」
「あ、やだわ、今日トールの誕生日だった!」
リンがすごく困った顔をした。
「…リン、お花とかどうかな。トール、お花も大好きだから。」
「そうね、そうだわ、花かんむりをつくりましょう!どうかしら?」
「うん、絶対に喜ぶよ。」
3人でワイワイしながら森へ向かう。
あまり奥へ行くと狼男やドレイショウニンが出るから、
本当に光の入る村の側で3人はそれぞれ目標を達成させた。
バケツにはヒメリンゴ5個、数えきれないくらいのキイチゴ、ブラックベリー、
レモン、それからシロツメクサとクローバーの花かんむりやラベンダーの花束。
トールによろしくね、と2人とハグをして分かれたころには、
すっかり夕方になっていた。
甘い香りを抱えて家に戻ると、ケーキのスポンジが焼きあがったところだった。
スポンジの湯気を見ていたトールが、俺をみつけてこっちに走ってくるから、
受け止めるようにハグをした。
「兄ちゃん、おかえり!」
「ただいま、トール。
ほらこれ、帽子は村入り口近くのおばあちゃんから、
果物はライから、お花はリンからだよ、誕生日おめでとうって。」
「わあ!」
トールはニットの帽子の上に花かんむりをかぶって、
青緑の瞳をキラキラさせて大喜びしている。
「まあ、ライったらこんなに取ってきてくれたの?」
「うん、母さん、果物の神様怒るかな?」
「ふふ、今日はお祝いの日だから、きっと許してくださるわ。」
「よかった…ねえ、ケーキの飾りつけに使える?」
「ええそうね、こんなにたくさんあったら、ジャムも作れるわ。
…あら?レモンまである!今日のケーキのお供はレモンティーね!」
「ただいまあ」
青緑の瞳の、父さんが袋を背負って帰ってきた。
「あら!今日は早かったのね!」
「今日はトールの誕生日だからね。
お、良い色の帽子と立派な花かんむりじゃないか!」
「入り口のおばあちゃんと、リンが作ってくれたって!」
「そうかそうか!明日みんなにお礼を伝えにいこうね。」
トールを抱きかかえて、嬉しそうに笑う2人をみて、
自然と自分も笑顔になる。
「じゃあお料理、早く作ってしまいましょうね!」
「手伝うよ。」
母さんがキッチンに向かうから、自分も手伝おうと隣に並んだら、
何をしてもらおうかしら、と嬉しそうに悩んでいた。
「おおそうだ、ほら、隣のおじさんがチキンをくれてな。これも使おう。」
抱っこをしていたトールを下ろすと、
背負っていたバッグから立派な鶏肉を取り出して、
家族みんなでわあっと声を上げた。
トールが丸焼きがいい!といったから、そうすることにした。
どんどん家に、おいしい香りがいっぱいになる。
みんなで家を飾り付けて、食事をして、食事が終わったら
ケーキの飾りつけをして、ハッピーバースデーを歌って、
お腹いっぱいで歯を磨いた。
ああ、しあわせ。
ずっとみていたい夢だ。
いつも、自分だけは2階の部屋で、両親とトールは1階の同じ部屋で寝ていたから、
おやすみ、と声をかけて階段を上って、楽しくてうれしい気持ちでいっぱいのままベッドに入る。
眠ってからどれくらい経ったろうか、なんだか外がざわついている気がした。
馬が走る音が聞こえて、何かあったのかと窓から外を見てみたら、
裏庭を赤と緑の旗を立たせた真っ黒な馬が通っていくのが見えた。
やがて、村中から悲鳴が上がった。
何が起こっているのかわからなくって部屋を出ようとドアを開けたら、
母さんが真っ青な顔で部屋に入ってきて、自分をクローゼットの中に押し込んだ。
「ゼル、ゼル、夜が明けるまで、絶対に出てはいけません。
音を立ててもいけませんよ。」
「母さん、何があったの」
「絶対に、出てはいけません…」
自分の言葉に返事もせずにクローゼットが閉まると、
完全に、真っ暗闇の中に閉じ込められた。
開けようとしても開かなくて、母さんがクローゼットを力いっぱいふさいでいるようだった。
遠くで、悲鳴と怒号と、馬のいななく声が聞こえる。
母さんが精霊に祈る声が聞こえる。
暗闇の中、耳を澄ませてガタガタと震えていたら、
1階にバタバタとたくさんの人が入ってくる音と、父さんが叫ぶ声、
そして最後にトールの絶叫が聞こえた。
ほどなくして、すぐに自分の部屋にも大勢の足音が入ってきて、
母さんの、「ああ」という悲痛な声が聞こえて、びしゃり、とクローゼットに液体が掛かる音が聞こえた。
自分は、恐ろしくて、耳をふさいで、暗闇の中、ガタガタと震えていた。
足音はなかなか消えなかったけど、やがて外に出て行ったようだった。
どれくらい、そのまま震えていたのかわからない。
扉の隙間から、光が入るまで、耳をふさいで待っていた。
そっとクローゼットをあけると、部屋の中にはたくさんの黒い足跡と、
血だらけでうつ伏せに倒れている母さんがいた。
「かあさん」
かすれた声で、身体をひっくり返すと、目がまぶたごと、なくなっていた。
声にならない悲鳴を上げて後ずさる。
いつも優しい母さんの体であることは変わりないのに、怖くて泣きながら急いで部屋を出て1回に降りると、
父さんが入り口近くで倒れていて、またかすれた声で父さんを呼んで近寄った。
また、目があるはずの場所が、血だらけの空洞になっていた。
今度は、金切り声のような悲鳴が出た。
家の外に出たら、村の人たちのほとんどが倒れていて、
朝日がそれを照らし、自分を絶望に追いやった。
「トール!リン!ライ!
だれか、だれか!」
泣きながら大声で呼んだけど、返事はなかった。
妖精たちも見当たらない。
気配なく、声もしない。
見渡す限り、血だらけで、
みんなみんな、死んでいた。
みんなみんな、目がくり抜かれて、
空洞になった眼で、自分を見ているような気がした。
泣きながら逃げるように村の入り口について、
死体につまずいて顔を上げた自分の目に映ったのは、
黄色い帽子と萎れた花かんむりを付けたトールが、
目から血を流して村の看板に、貫かれている姿だった。
ああ、これが
夢だったらどんなに良かっただろうか。
自分が一人ぼっちになったことを知った。
死体につまずいて顔を上げた自分の目に映ったのは、
黄色い帽子と萎れた花かんむりを付けたトールが、
目から血を流して村の看板に、貫かれている姿だった。
ああ、これが
夢だったらどんなに良かっただろうか。
自分が一人ぼっちになったことを知った。