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2章おまけ:白金の騎士(イーギル番外編)

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 僕はイースから遠い砂漠の出身で、半遊牧民族、半狩猟民族のような感じだった。
兄弟は兄と6人の弟妹がいて、毎日大騒ぎだった。
 常にテント生活で、時には砂漠の小さな街を守って、その代わりに食料を分けてもらったり、
街と街の交易を手伝ったりもしていたし、
自分たちで動物や魔物を狩って、それらを食べたり売ったりして生活していた。
もちろん狩るのはそれだけじゃなく、人間が対象に入ることだってあった。
 そんな感じで他国の人と会話することが多かったから、自分の民族と他2つくらいは
日常会話ができるくらいの言語は理解できたし、母が読み書きを厳しく教えてくれたから、
それは今でも役立っている。

 交易の手伝いには、ボディガードのような役割もあった。
父さんと一緒に砂漠の国から早朝のイースに商人を無事に送り届けて、
ついでに観光していこうと複雑なつくりの街を、迷子になりながら歩き回った。

 砂だらけの国にいた僕にとって、寒いくらいに涼しくて、大きな海がそばにあって、
さわやかな気候で、道を聞いても優しく対応してくれるこの国を気に入るのに時間はかからなくて、
いつか、ここで過ごせることができたら幸せだと思った。

お昼ごろ、太陽が天上でギラギラと輝いている中で、
僕は街に出入りできる門の近くで父さんに買ってもらったシーソルトアイスを食べていたら、
たまたま魔物討伐から凱旋した軍が戻ってきた。
 パタパタと潮風に揺られる国旗がまずは目に入ってきたけれど、
特に目を惹いたのは、真っ黒な馬にまたがりキラキラする白銀の鎧をまとって、
内側スカイブルーのちらりと見える真っ白なマントをきらめかせる、
長い金の髪を風になびかせながら口に微笑みをたたえて城に向かう、女騎士だった。
 鋭い牙と爪をもち、素早くて手ごわいウェアウルフ相手に、軽傷を負った兵士は数人いたものの、
全員自分の足で歩いて帰ってきた上、本人は無傷どころか目立った汚れもなく帰ってきたという。
 日の光にきらきら輝く気高い女騎士が気高くて美しくて、
何とも言えない初めての気持ちがこみあげて、僕はこの時からイースで騎士になると決めた。
 騎士になって、彼女ごとこの美しい国を守ろうと思ったのだ。

 そうして、17歳の時に両親の反対も振り切って家を出て、イースの兵となった。
両親とはほとんど絶縁したような形になってしまったが、幸いイースには兵舎もあったし、
食事も支給されるし、衣食住に困ることはなかった。
 兵舎のベッドが体に合わなくて床で寝ていたら、同じ部屋の兵士たちに踏まれまくったけど、
なんだか実家で寝ぼけて起きた弟たちに踏まれたのを思い出してホームシックにはならなかった。

 はじめは毎日筋トレや剣術の練習ばかりで、少しつまらないと思うこともあった。
そして、肌の色が違うから、国を守る立ち位置に外国人がいることを良く思わない人も居て、
先輩や同期で入った兵士たちに嫌なことをされることもあったけれど、
気にせずに優しく接してくれた仲間が居たからなんの問題もなく過ごせた。
オレンジの髪の猫みたいな顔のレオと、柔らかい栗色の髪の犬みたいな顔のリッシュは
特に仲良くなったし、応援してくれた。

 小さなときから毎日馬に乗っていたから乗馬技術は問題なかったし、
狩猟で弓や銃、短剣や罠の扱いはわかっていたし、同世代よりは実践で身に着けたものは
たくさんあったから、兵士になっても少し余裕があるんじゃないかと思ってたけど、
実際は短剣も罠も、兵士の時は全く役に立たなかった。
そして僕にはどうしても、長い剣を扱うのが難しかった。
そんなの、実家にいる時使わなかったし。
当時の男騎士がデモンストレーションで見せてくれた対人戦は
信じられないくらいにスキがなくて、かっこよくて、このままでは騎士になんてなれないと、
現実を突きつけられた。

 悔しかったから、男騎士にしつこいくらい練習方法を聞いたり、
剣を習っていた仲間や良くしてくれる先輩にコツを聞いたり、
それを身に染み込ませるために深夜まで練習をしていた。
同じく剣が苦手な仲間が一緒に練習に付き合ってくれたりした。

 ただ、入隊して自己紹介の時に「騎士になりたい」といったせいもあってか
男騎士には全く良く思われていなかったようだった。
 さらに僕の民族には敬語という文化がなかったから、普通にしゃべる僕に
周りの仲間たちが大慌てで注意してきたこともあった。
 当時の男騎士には、”こちらの文化くらい学んでから来い”とものすごく怒られたけど、
隣で心底おかしそうに笑っているマージュを見て、怒られていることなんてどうでもよかった。
その時、本当に騎士になるのならそのままでいい、と言われたから、名前を呼び捨てしたら、
本当に先輩から文字通りボコボコにされた。結局ずっと呼び捨てたけど。

 そんな事があって、僕はすっかり男騎士に嫌われていた。
剣の実技で順番を飛ばされたり、なんとなくあたりが強かったり、
ほとんど負けてしまう僕に、スクワット100回とか、
腕立て伏せの後にお城の周り3周とか、みんなよりペナルティがきつかったりした。
 でもペナルティをやっているときに限ってマージュがたまたま見ていたりするから、
いいところを見せようとしてちょっとかっこつけてた。
普通にしんどかった。

 2年も死ぬ気で練習すると、努力の甲斐もあって剣の感覚も身について、
他の兵士に勝てるようになった。
 初めは僕を外国人だからと敬遠していた兵士たちとも、
すこしずつ打ち解けることができるようになった。

 マージュは17歳で入隊して、21歳には騎士になったという。
彼女は4年で、厳密にいうと4年3か月で、騎士になったのだ。
僕はそれよりも早く騎士にならなければならないと思った。
そうでなければ認めてもらえないと思ったから。
 
 夏のある日、念願の男騎士と手合わせが出来て、
3回やって全部5分もたたずに完敗だった。
悔しくて、何が悪かったか自分なりに分析して、
毎日深夜にやっている自主練の内容を変えた。
その日は風があって、半袖を巻くって剣を降り下ろす音と、
木々がざわめく音がよく聞こえる夜だった。
そんな中、突然後ろから声をかけられた。

「おまえ、いつも深夜まで練習をしているな。」

マージュだった。
 昼とは違ってその長い髪を下ろして、ゆったりとしたパンツスタイルで
こちらにゆっくり歩いてくる。
つい、固まる僕に、マージュはさらに鞘から剣を抜いて続ける。

「昼の手合いを見た。お前は剣を振り下ろした後に、すきがあるのと、
 相手のスピード、対格差を考えずに踏み込んでいる。
 それでは勝てない。」

 剣が鞘から抜き終わりそうなところで、そのままステップを踏んで切りかかってくる。
それから、僕は守備と回避で手一杯だったけど、マージュは全く手を緩めず、
それどころか本気で切りかかってくるから、
顔や腕、お腹にも肩にも切り傷があちこちにどんどんできて、服に転々と血がにじんでいく。
 相手が疲れるのを待とうかとも思ったけど、全く疲れる様子もなくて、
どうにかしてその動きを捕らえるので必死だった。
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反撃しようにも、体格が自分よりも小さい分自分の剣が大振りになってスキができて、
それをフォローするために無駄な動きが増えて、また守りに回ってしまう。
 反撃できなくて悔しかったけど、幸せでもあった。
白金色の騎士が自分に向けて本気で剣を向けてきているのだ!と思うと、
嬉しくてたまらなかった。
(今思うと全く本気じゃないけど)

 僕は最終的に間合いに入られて、剣の柄を握ったパンチを腹に食らって、
カエルがつぶれたみたいな情けない声と一緒に、尻もちをついて完敗した。

 お腹の痛みに悶える僕の視界に細い指が見えて、
右手を差し出しているのだとわかった。
仰ぎ見たときの、月光に照らされてほんのり輝いているマージュは、
まるで勝利の女神のようだった。
ぽかんとしている僕に、ほら、とさらに手を伸ばしてくれた。

 差し出された右手を左手で力強く握って立ち上がって、僕がついそのまま離さずにいると、
嫌がるように手を引かれた。
 それでも離さないで、自分の両手でその真っ白な手を包み込む。
眉間にしわを寄せて嫌悪感でいっぱいの顔で、僕の顔を見てきたときに、
自分より身長が小さいことにはじめて気づいた。

「マージュ、僕は騎士になりたい。」

 僕はどんな顔をしていたのだろうか。
言葉が滑るように口から出てくる。

「必ず1年以内に騎士になってみせるから」

 目をまん丸に見開いて驚いた表情になったマージュに、手を握ったまま少し詰め寄って、
思わずそのまま左手で腰を抱き寄せた。
騎士として軍をまとめている存在なのに、こんなに腰が細いのかと感じた。

「だから、僕から目を離さないでほしい。」

大きく風が吹いた。
マージュの長い髪が、僕の汗ばんだ腕にさらりとあたって、ぴたりと引っ付く。
満月のような瞳に僕が映る。

「そうか。」

 一言、静かなトーンの返事を聞いてから、そこから全く記憶がない。
気付いたら朝になっていて、切り傷だらけのボロボロの自分が兵舎の裏で倒れていて、
たまたま早朝通りかかった仲間に発見された。

 どうやら思いっきり殴られて気絶していたらしい。
何かに襲われたのかと心配されて、自分自身と戦っていたと答えたら、
なんだか妙に納得された気がする。

 その日から、倒れそうなくらい死ぬほどいろんなことを努力した。
これほど雑な言い方になるほどがむしゃらだった。
 最初の3日で、睡眠不足は恐ろしいほどにパフォーマンスを下げることに気が付いた。
 さらに自分の研究をした。調子いい時の食事は何だろうとか、
水分をどれくらいとっていただろうとか、自分の意識と身体の動きのミリ単位のずれを
矯正していった。
 今思うと、それに付き合ってくれていたレオとリッシュは
少しかわいそうだったかもしれない。
でも、みんなの動きも格段によくなったから、良いことをしたと思うことにしている。

 そうして日々研究と努力を重ねて、どんどん実技で僕に勝てる兵士はいなくなった。
次第に僕に剣術やトレーニングを聞いてくる兵士たちが増えて、丁寧に伝えた。
絶対に手は抜かなかった。
そうじゃないと良い指導者になれないと思ったから。
(あと、男騎士の教え方が下手だったからここでも絶対勝ってやろうと思った。)
 でも、リッシュは僕よりも教えるのが上手だったから、
年を取って兵士を引退しても指導者として残ってほしいと思っている。

 深夜の練習に、本当に時々だけどマージュが現れるようになって、
5か月後には、時間をかけて勝てるようになった。
それは同時に、男騎士と対等に渡り合えるだけの実力に上り詰めたということだった。
でも、それでも足りなかった。
圧倒的に勝てなければならないと思って何度も剣技の指導をお願いしたけど、
途中から軍事作戦について叩き込まれるようになった。苦手分野だから地獄だった。
 つい実家にいたときみたいに罠を張ろうとしたら、軍を動かしてどうにかしろって怒られた。
畑に穴を掘って、兵たちを潜ませて、って言ったら、畑を荒らすことは許さんぞって怒られた。
難しすぎない?

 だがしかし、1年以内に騎士になると豪語したからには成し遂げなければならない。
もうあと6か月しかなくなっていた。

 僕は、つい焦ってしまった。

またやっと手に入れた男騎士との手合いのチャンスを手に入れたのに、
スキを突かれて、レイピアで利き腕の前腕を思い切り刺されてしまった。
きっとわざとだったと思う。
 ものすごく頭に来てしまって、右手から落ちかけの自分のレイピアを
咄嗟に左手に持ち替えて、心臓を貫いてやろうと思いっきり踏み込んだら、
マージュのレイピアが僕と男騎士の間に真っ直ぐに貫いて、そうさせなかった。
 そこでようやっと、頭に上った血が下がるのを感じた。
レオが心配して駆け寄ってくれて、持っていたハンカチを当ててくれた。

「ありがとうレオ。」
「早く病棟へ行こうイーギル、化膿したら困るだろ。」

でも僕は男騎士のほうを見た。
何か言ってくるかと思ったけど、マージュとにらみ合っているようだったから、
レオと一緒にその場を離れた。

 手当をしてくれたのは、たまたま看護師の卵のカヨだった。
自分も他の国から来たと嬉しそうに話してくれて、
僕も病棟に知り合いが増えた気持ちになって嬉しかったのを覚えている。
 化膿止めと傷をボンドのようなもので止められて、右腕はしばらく動かすなといわれたけれど、
身体を色々触られて、色々な場所をぐいぐい押されて、くすぐったいけど痛くて痛くて、
右手に力を入れたら傷口が開いてまた処置してもらう羽目になった。
(だから動かしちゃダメって言ったのに!って言われた。)

 カヨは、僕にしたようにレオの身体もぐいぐい押している。
肩のあたりを親指で押して痛いかどうか問うけれど、
レオは僕みたいに悶絶するほど痛そうではなかった。
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「ねえ、兵士さん、見た目もそうですけど中身もボロボロよ。
 疲労がたまりすぎているから、ちょっと押されただけでそんなに痛いんです。
 身体をいたわることも大切ですよ。」

カヨは心配そうに僕の顔を覗き込んで、レオにしたように肩のあたりを親指でぐっと押す。
僕は思わず痛くて顔をゆがめて口から声が漏れる。

「…でも僕は、あと5か月ほどで騎士にならなければならないから。」
「は?」

カヨとレオはポカンとする。

「約束したから。」
「約束って、誰としたんだよ?」
「マージュと。」
「えっ…マージュって、パラディーナの?」
「そう。」

カヨは困ったような顔で確認してくる。
でも僕の顔をみて本気なんだとわかってくれたようで、そっか、と小さくつぶやいて頷いていた。
その時、ちょうど問診室のドアが勢いよく開いて、顔だけ見せたのはマージュだった。
レオは背中をぴんと伸ばして、敬礼する。

「オレンジ頭、付き添いご苦労、戻っていい。
 ナース、刺し傷は特段問題ないね?」
「…ええ、問題ありません。」
「そうか。じゃあついてこい。」

そういうと、部屋にも入らずに去っていく姿に、僕は慌てて立ち上がってついていく。

「あ!ねえ黒い人!」

カヨが問診室から小走りで出ていく僕に声をかける。

「今日、一日の業務が終わったら、必ずここに来てほしいの。」
「わかった」

マージュが何も言わずに歩いていくから、僕も特に問うことはしなった。
病棟からお城の中に向かって行く間で、
もしかして男騎士を刺し殺そうとしたことを問われるのではないかと不安がよぎった。

 そのまま1階の奥、円卓だけが入る事の出来るグレートホールについた。
噂には聞いていたが、城内警備の仕事をしたことがなかった自分は、
ここに近づくのは初めてだった。
 国旗と同じ柄に掘られた分厚い木のドアが開いて、部屋の中全体が見えるようになると、
自分はやっと中心の丸テーブルに錚々たる円卓の面々が座っていることを理解した。
王、王子、博士、外交。
当時はたまたま側近が空席で王子が担っていたし、
博士もキシェとカヨの前の、よぼよぼのおじいさんだった。

 部屋に入って、5歩程進んでやっとマージュが止まった。
目の前に並ぶ円卓の視線が自分に集まっていることに、
やっぱり緊張も混乱もしてしまっていたけれど、
マージュの少し後ろに立つ僕は、できるだけ虚勢を張って平気な振りをした。

「で?」

背もたれに寄りかかって、ワイシャツを開けた王子がだるそうに聞いてくる。

「次はこれを男騎士とします。実力は問題ありません。
 でもまだ軍を率いるような技量はない。」

言い切るマージュに、僕は驚きと喜びで心臓が跳ね上がる。

「では、何故次期騎士に推薦するのかな、マージュ。」
「努力できるし向上心もある。今のクズより数倍マシです。」

冷静で落ち着いたトーンそのままで、ひどいことをいう女騎士に、
王子は思わず笑っていた。

「まあ、立たせているのは可愛そうだわ。さあ、二人とも座って。」

優しい外交が僕に声をかける。
ずっと国外を飛び回っていらしくて、その姿を見るのは初めてだ。

「…ありがとう、ございます…」

僕らしくもなく声を絞りだして、いつもは男騎士が座っているであろう席にそっと座って、
隣のマージュを見る。

「…マージュ、僕はどうしてここにつれてこられたの…?」

 純粋に、小さな声で聞いてみたんだけど、周りは全員驚いた顔をしていた。
僕はどうして驚かれているのか一瞬わからなかったけど、
先輩にボコボコにされたことを思い出した。
そうだ、普通は敬語を使うんだったっけか。
王子がいじわるな笑みで少しだけ身を乗り出す。

「おいマージュ、おまえ、オトモダチでも連れてきたのか?」
「違う、こいつはもともとこんな感じなんだ。
 イグジクト、おまえのことも呼び捨てるぞ。
 イーギル、ディルトレイ様とシーシア様、テラ様にもその喋りだったら斬るぞ。」

 たいそうあきれた顔でこちらを見てから、フン、と愉快そうに笑われた。
でもここでちょっと和やかな雰囲気になったのを感じた。

そこから、色々と聞かれた。
出身がどこかとか、何故騎士になりたいのかとか、これから軍をどうしていきたいかとか。
 申し訳ないことに、僕は騎士になってどうしたいとか展望がなかった。
マージュの隣にいられたらいいというのが正直なところだったから。

でもそんなことを言っては騎士にはなれないと思って、
できるだけ正直に話しつつ、少しだけ嘘も言った。ここだけの話だけれど。
…いや、ディルトレイ様とイグジクトにはバレていたかな。
でも、心の準備無く投げ込まれた割には何とかなったと思う。

 質問がなくなったところで、追い出されるように部屋から出された。
グレートホールから出ると、僕の手は震えていた。
これで万が一、何かへまをしていたら、永遠に騎士にはなれない。
マージュと同じ景色は見られないのだという恐怖に襲われた。

 そのままその日はみんなに怪我人だからと色々な仕事に制限がかかけられて、
力仕事ではなくて書類だとか武器庫整備だとか、今までやらなかったことを任された。
 でもこれはこれで役立った。
報告書を書いて提出したら、先輩からひどい出来だと修正され放題だったし、
武器庫なんて、どこに何があるか知らなかった上に掘り出し物もあったし。
 あと見たことない大きなクモがいた。僕の手の平をを大きく広げたくらいの大きさで、
黄緑と赤で綺麗だったから手に乗せてみんなに見せたら、
それは毒を持った魔物の子供だから殺せと怖がられた。
 …そっと国の外に返した。刺す様子なかったし。
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 次の日、マージュが剣の対戦を申し込んできた。
僕は持っているレイピアをはじいて、問題なく勝った。
よろしい、と一言言ってマージュは去って行った。
すごいすごいとほめてくれる数名の仲間たちの合間から、
鬼のような形相の男騎士がちらりと見えて目が合ったけど、
すぐにどこかに立ち去ってしまった。

 そしてすっかり約束の1年まで1か月となってしまった。
もう一度マージュに騎士になるためにはあとは何が足りないのか聞こうと思ったけど、
以前のようになかなか会えず、またすこし焦り始めた。

 そんな時だった。
マージュがまたぶっきらぼうに僕を呼んで、グレートホールに連れて行ったのだ。
 円卓は、王、王子、博士、男騎士がいた。
テーブルにはたくさんの書類が置いてある。
男騎士はまた僕をにらみつけていたけど、僕は気にせずに王を見た。
 また5歩ほど部屋に入って立ち止まる。ピリピリした空気が肌を刺す。

「ダリオ、私はおまえを男騎士から下ろす。このイーギルを男騎士とする。」

はっきりと通る声が空気をさらに鋭くする。
ポニーテールを揺らして、女騎士は王子を見る。

「イグジクト、軍事作戦及び思考力、応用力は如何ほどだったろうか。」
「問題ない。」

王子は背もたれに寄りかからずにテーブルで腕を組んで、
まっすぐ僕を見て断言した。
また、ポニーテールを揺らして、隣の王を見る。

「ディルトレイ様、テラ様と昨日の剣技、見ていただけましたか。」
「見ていたよ。素晴らしかったね。」

王は満足そうに微笑んで、大きくうなずいた。

「他、私が推薦する理由と根拠はお渡しした書類の通り。」

 男騎士は顔を真っ赤にして、両手で握りこぶしを作ってわなわなと震えていた。
それに対して女騎士は冷たい表情で鋭い視線を送っていた。

「私も、その男が騎士となることに賛成します。反対する理由がないので。」

 王子が口を開く。
その一言を聞いて、男騎士の目が落ちそうなくらいに見開かれる。

「イ、イ、イグジクト!」

 ガタリと席を立ちあがる男騎士をだれも止めようとしなかったけど、
隣の博士が小さく手を挙げた。

「ダリオ、落ち着いて落ち着いて。」

博士が見てきたから、僕も見つめ返した。

「イーギルといったかな、カヨは私の愛弟子でね。
 ここ数か月、カヨのメンテナンスを受けているだろう。
 彼女も必死に施術しているようだが、追いつかないほどに肉体がボロボロだと聞いたよ。
 じゃがその分鍛え抜かれたがっしりとした肉体は日々の鍛錬の賜物じゃな。」

ほっほっ、と笑って、僕に笑顔を向けてきたから、

「ありがとう。」

と笑顔で返したらマージュの裏拳が飛んできて、
「ありがとうございます」って急いで言い直した。
博士はさぞおかしそうに笑って、続ける。

「ダリオ、おまえさんは現状維持で満足しておらんかな。
 騎士は兵の教育、統括、状況全て把握せねばらんし、自己鍛錬も怠ってはならん。
 …もう40代だからというのもあるかもしれないが、動きが悪くなったように感じる。
 もし年齢のせいというのであれば、若いのに席を譲って、
 指導者側に回ってはどうじゃろうか。」

のほほんと笑顔を向ける仙人のような博士にも、男騎士はにらみつけるのをやめなかった。

「テラ様は長年騎士を努めてきた私よりもその無礼な男のほうが良いというのですか?」
「無礼は無礼じゃが、衰えに勝てぬというのなら、同等かそれ以上の能力があるものに
 その場を譲って隠居したほうが国のためだと言うておるのじゃ。」
「私も鍛錬は欠かしておりません!」
「ではイーギルと今ここで手合わせしようか?
 一昨日おまえが負けた私に、昨日イーギルは圧勝しているぞ。」
「俺をおまえと言うな!」

我慢ならない、という風に立ち上がる男騎士に、隣に座っている博士は目をまん丸にしますが、
他の人たちは冷ややかな視線を送るばかりだった。

「これこれ、ダリオおちつきなさい。」
「第一マージュ、おまえはこの黒人の深夜の練習に付き合ったり、呼び捨てを許したり、
 気持ち悪いのだ!」
「騎士になるのならそれくらい対等にしゃべられなければ困る。
 それに純粋に人より倍以上の努力と研究をしていたから手助けしただけだ。」
「じゃあ何故ほかの兵士にはやらなかった!
 恋心で鼻の下を伸ばして近づきたかったからじゃないのか?
 こいつ、若くて顔は悪くないし体つきもいいからな!」
「私がくだらない恋心で国を守る騎士を推薦すると思うな!
 本気で努力している者は誰だって応援する!
 朝でも夜でも男女区別せず誰であろうと自主練習をしている兵士の相手はしている!」

ぐいぐい騎士の2人が目の前で声を荒げて喧嘩し始める。
マージュも大声をあげることがあるんだなあと思ってた。
 ここだけの話、深夜の特訓は僕だけじゃなかったのかとちょっとがっかりした。
でも多分、何十回も付き合ってくれたのは僕だけだと思うけど。

「はっ!女騎士が深夜に男子兵舎の周りをうろうろしていたら
 たまたまそいつが頑張っていたと?そんなことがあるか!
 無い色気でもだして誘惑していたんじゃないのか!
 品のない女め!」
「では逆に言うが貴様もよく深夜に女子兵舎の中をうろついているようだな!
 舎内まで入ってくると女性兵士たちが怖がっていた!
 品をなくして獣になり下がったのは貴様だ!」
「貴様とはなんだ!」
「静かになさい。」

 王の冷たい一言で波を打ったように静かになった。
2人とも唸る犬のように不愉快そうな顔でお互いを見ている。
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嫌な空気だけが部屋にいっぱいだった。
フン、とマージュがそっぽを向く。

「ダリオ、ここ最近、あまり調子が良くないようだね。」

 王が低いトーンで口を開く。

「そんなことはありません!」

噛みつくような返事に男騎士は自分でもしまった、と思ったようだった。

「し、失礼しました。
 …ここ数か月、自分に割ける時間がなく…
 いえ、少々鍛錬を怠っていたと思います…」

マージュは相変わらず仏頂面で男騎士のほうを見もしない。

「では、1週間、きちんと自分の時間を取りなさい。
 私やテラ様と話し込んでしまう時間が多かったようだからね。」
「なんだ、自分より年上に媚売るので忙しかっただけか。」
「イグジクト」
「はい王様。」

 冷ややかな笑顔と見事な嫌味のセットは王子の得意分野だなって思った。
男騎士は口をひくひくさせて、何か言いたそうだったけど、我慢してるみたいだった。

「イーギルといったかな。
 是非、ダリオとの対戦を見たいのだが、良いだろうか。」
「はい、もちろんです国王様。」
「ダリオも問題ないね?」
「…ええ。」
「では、1週間後にまた集まってもらおう。
 私としては、どちらも騎士としてふさわしいと思っているから、
 純粋に勝負で勝ったほうにしようと思っているよ。」

 微笑む王とはずっと目が合っているのを感じていた。
そういいながら、期待されているのだと思った。

「マージュとイグジクトの手助けなしで勝てるかな?」
「はい。」

 僕は思わず即答した。
真面目な顔をして答えたつもりだったけど、
あとから聞いたイグジクトの話だと、余裕そうな笑顔だったらしい。
どうりで、男騎士から心底腹立たしげだったわけだなあ。

 そうしてまた追い出されるようにしてホールを出された。
扉を閉めるマージュが、小さく、
「特別なことはせずに、いつも通り過ごすように」
と言っていたから、僕はいつも通り1週間過ごした。
 兵としての業務をこなして、鍛錬に励んで、変わらない食生活で、
仲間達と談笑して、夜自分用のトレーニングメニューをして、
ときどき仲間と一緒に競い合ったりして。
 
 そうして、1週間はあっという間にすぎて、
僕にとって運命の日が来た。
そして、僕がマージュにさらに心酔する日になった。

 当日朝、オルガに呼ばれて、真っ白で青のラインの騎士の制服を着せられ、
新品の銀のレイピアを渡された。
 そのままグレートホールに向かう途中、レオとリッシュが廊下で待っていた。
いつも僕が使っている鞘がボロボロのレイピアを持ってきてくれたようだった。
僕の制服姿を見て、リッシュがちょっと泣きそうな顔でハグをしてきた。
がんばれよ、っていう言葉が嬉しくてたまらなくて、ハグをし返した。
レオが僕の背中をビシリと叩いたから、レオにもハグをしたら嫌がられた。
恥ずかしがりやだなあ。

そうして、2人と別れて、言われていた時間通りにグレートホールのドアを開けた。

 円卓が勢ぞろいだった。
ものすごい威圧感を感じた。
マージュは王の隣に立っている。
男騎士は眉間にしわを寄せて仁王立ちで部屋の真ん中に立っていた。
 真ん中に立っている男騎士の目の前に足を肩幅に開いて立つ。
制服姿の相手を見て、僕のほうが似合っている気がした。

「時間通りに来てくれてありがとう、調子はどうかな。」
「いつも通り、絶好調です。」
「構えろ」

 穏やかな王と僕の喋りに対してマージュが冷たく言い放つ。
僕と男騎士は位置を変えて構えると、はじめ、の声で2人の剣がきらめいた。

…結果はというと、僕が危なげなく圧勝した。
2年前、完敗したのが嘘のように3度すべてに勝利した。
シーシア様だけが、ものすごく驚いた様子で拍手をしていた。

「…ダリオ、何か言うことはあるかな。」

 四つん這いでゼェゼェと息をする男騎士は、汗を滝のようにかきながら目をかっぴらいて、
ものすごいスピードで這って外交のドレスの裾にしがみつく。

「シーシア様!あいつはこの国のために騎士になりたいわけではないのです!
 マージュに惚れたから騎士になりたいと、邪な男です!
 あいつの周りの兵が言っていたのです、間違いありません!」

 円卓全員が冷たい顔でそれを見ていた。
正直間違っていないから僕は黙ってた。

「私は国を想っています!国のために命を捨てる覚悟です!
 それに対してあいつにはそんな覚悟などありましょうか?」
「は、離してください、ダリオ…」

 怯えて声も出せず縮みあがる外交に、大声をあげながらドレスにしがみつく男騎士を、
マージュが軽蔑した顔で蹴り上げる。
ゴロゴロと転がって今度は隣の席の博士ひざにしがみつく。

「テラ様!貴方はずっと私を支持してくれていたではありませんか!」
「おお、ダリオ、私は昔の気高いダリオじゃったら、
 今も変わらず応援するんだがなあ…」
「私の何が変わったというのです!」
「テラ様に触るな!」

 マージュが一喝すると、男騎士はレイピアでマージュに斬りかかった。
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もちろんそんなへなちょこの軌道はすんなりと避けられて、バランスを崩すと、
そのまま這って王のところへ向かおうとする。

「王よ!私を見捨てるのですか!」
「ダリオ、私は十分にチャンスを与えたと思う。
 貴方はそれを生かそうとしただろうか?
 虚勢をはって、自尊心ばかりが増大したとき、マージュの忠告は聞いただろうか。
 兵一人ひとりに目を向けて、自分を慕う者が居なくなったことは気付いただろうか。
 イーギルへの嫉妬に狂って理不尽を働いたとき、私やテラ様の言葉は響いただろうか。」

 王はどんな顔で、目で、見ていたんだろう。
僕にはわからなかったけど、男騎士が王の言葉が並べられるたびに
男騎士の顔が絶望的になっていくのは見えた。
 やがて情けないくらいに泣きそうな顔になったかと思うと、
奇声をあげて、持っていたレイピアで王に切りかかろうとした。
 僕は、まずいと思ってテーブルをスライディングして男騎士を蹴り飛ばしにかかったけど、
同時に銀色の一閃がきらめいて、男騎士が目をかっぴらいてぐらりと揺れた。

 マージュが突きに特化しているはずのレイピアで、
男騎士の首を一発で斬り飛ばしていた。
 僕は首の取れたその身体を蹴り飛ばしたというわけだった。
(もう少し態勢を起こしていたら僕まで首が飛ぶところだった)

 かわいそうに、シーシア様は悲鳴をあげて椅子から転げ落ちてるし、
僕がスライディングしたせいでテーブルにあったティーカップは
テーブルクロスごとぐしゃぐしゃで割れ放題。
飛んだ首と身体からすごい血が噴き出て、王も僕もマージュだって血だらけ。
地獄みたいな絵面になってた。

 シーシア様の悲鳴を聞いて、兵士たちが何名か駆けつけてそれはもう大騒ぎだった。

 でも僕は、血だらけのマージュが、愁いを帯びた瞳で銀色の装飾の入ったレイピアを
鞘に収めている姿が、なんだか儚くて美しくて、ぞくぞくした。
彼女は一瞬の判断で仲間すらも斬り捨てられるのだと思うと、
たまらなく愛おしかった。

 そうして地獄のような一日から数日すると、任命式があって、僕は正式に騎士となった。
パレードみたいに国民にお披露目されるのは、なんだかくすぐったかったけれど、
やっと騎士になれたのだという安心感が強かった。
 レオとリッシュに”イーギル様”なんて呼ばれて、慣れないし距離ができたみたいで悲しかったから
やめてほしいと伝えたら、2人とも嬉しそうにいつも通りに喋ってくれた。
”俺たち、友達がパラディンなんて誇らしいよ!”なんて言いながら。
 王からは金色の装飾の入った両手剣を賜ったから、
その日からいつも使っているレイピアと一緒に帯剣している。

 任命式の後、はじめて円卓として食事をすることになっていたのだけれど、
悲しいことにグレートホールの血がなかなか取れず、壁紙とじゅうたんの張替えで
別室での食事だった。
でも、その時初めて、普段の円卓が思っていたよりも和やかなのだと知った。

「まずはイーギル、男騎士への昇格、おめでとう。
 我々は歓迎するよ。」
「ありがとうございますディルトレイ様。」
「…ご両親へは報告するのかな?」
「そう…ですね、いずれは報告しようと思います。」
「そうか。君が偉業を成し遂げたことを、喜んでもらえるといいね。」

うんうん、と笑顔で頷く王をみて、確かに報告だけはしておこうと思った。
ここ数年必死過ぎて、家族への連絡など忘れていたから。
まあ、絶縁状態だったから両親も気にしていないかもしれないけれど。

「それにしても数日前のシーシア様のあんな悲鳴、はじめて聞きましたよ。」
「やめて、イグジクト思い出させないで…
 そして私もあんなに悲鳴を上げたのは3年前に南国に言った時に
 3メートルの大ムカデの魔物を見た時以来よ。」

嫌なことを思い出したと言わんばかりに眉間にしわを寄せて首を振るシーシア様をみて、
イグジクトはちょっといじわるに笑ってた。
 マージュは、特に何も言わずに黙々とシャーベットをおいしそうに食べていた。

「マージュ」
「ん?」
「騎士になれたのはマージュのおかげだよ」
「うん」

本当にどうでも良いように返事を返される。

「おい、私も忘れるな」
「あはは、もちろんイグジクトのおかげもあるよ!」
「おまえ、すっかり私を呼び捨てるようになったよな…」

 あきれたようなイグジクトの顔を見てから、マージュの顔を覗き込むように見る。
ちょっと近かったようで、嫌な顔をして避けられた。
しかも、シャーベットを横取りされると思ったのか遠ざけられた。

「マージュ」
「なんだ」
「僕と結婚してくれる?」
「ごぶぁ!」

 イグジクトはワインを噴き出して鼻からも出していた。
マージュは固まってたし、ディルトレイ様とシーシア様は目をパチクリさせて、
テラ様は大笑いしていた。

「…は?」
「結婚してくれない?僕と」

聞こえなかったのかと思ってもう一度言ったら、絶句された。
イグジクトはついに笑いながらむせ込んでいた。
この世の終わりが来たような顔で

「…断る」

ってはっきり断られた上に睨まれた。残念だなあ。あきらめないけど。
84, 83

  


 僕が騎士になってから3年後に、やっと2日休みをもらって、
実家へ顔を出すことにした。
無理やり家を出てから6年が経っても、この時期はこのあたりにテントがあるはずって
なんとなく覚えているものだった。
 母さんは驚いていたけど、ボロボロ泣きながら家に入れてくれた。
弟たちはすっかり大きくなっていたけど、自分のことを覚えていて、
帰ってきたことをとても喜んでくれた。
 父さんは夜に帰ってきた。
本当は出ていけ、って言われるかと思ったけど、
僕の姿を見て本当に騎士になったのか、とつぶやいて、自慢の息子だとハグをしてくれた。
 兄さんは、仕事中に死んだという。
写真での再開は悲しかったけれど、その分、弟たちがたくましくなったように思う。

 元からイースになんか行っていなかったように家族と過ごした。
やっぱり仲間たちと過ごす時間とは違うあたたかさに、
もっともっと長く居たいと思うほどだった。
 朝陽のまだ出ていない薄明かりの中、見送ってくれた両親に
是非イースにも遊びに来てほしいと伝えて、馬を走らせた。
 これで僕には砂漠に優しい家族がいるのだと自慢できるし、
両親も、遠い崖の国に自慢の息子がいるのだと言える。


余談だけれど、イグジクトに一度、
マージュが万が一他の男と結婚したり、戦死したらどうするのか問われたことがある。
もちろん、僕は彼女を育てた美しいこの国を守っていくという意思は揺るがないと答えたよ。



でももし、万が一マージュが、イースを裏切るようなことがあったら?
さて、その時はどうしようか。




そうして、僕がイースの騎士になってから、
9年の時が経った。
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