第一幕:司書のお姉様
代官山のとある図書ルーム。海老名寛幻(えびなかんげん)は、おしゃまな貌をきりりとさせて、真剣なまなざしで江戸川乱歩の少年探偵団シリーズを読み耽っております。名門青松学園初等部のグレーのブレザーと、黒の半ズボンがセレブタウンの読書ルームでもひときわ目立ちます。
「ふふふ、今日も随分熱心ね、寛幻ちゃんは…」
小声で背後から囁きかける美女は、小暮小夜子嬢、美人司書として密かに出版業会や図書業界では人気のある御方です。黒いシックなブレザーの制服姿からでも、そのスタイルの良さは隠しようもありません。黒目がちの大きな瞳もその端正な顔立ちをさらに引き立たせます。そんな美女目当てにこの場を訪れるものも少なくはありません。首にはクリスチャンらしく、小さなロザリオが光ります。
高名な学者令嬢でもある小夜子さんは、その明晰な頭脳でたいていの利用者は記憶しています。なかでも、この思春期を間近に控えた美少年が、世の流れに逆らい紙のメディアに興味をそそられていることが、嬉しいご様子で常々親し気に接してくれます。
「乱歩が好きなんだ? いっつも、真剣に読んでるもんね、なになに、今日は、『人間豹』かぁ」
小夜子さんは、寛幻の頭を軽く撫でます。子ども扱いするような素振りに鬱陶しさを感じつつ、小夜子嬢に声を掛けられれば、嬉しくないはずはありません。が、寛幻が一心不乱に活字を追う理由、それは憧れのお姉様に目を掛けられている照れ隠しだけではないのでした。
「今度お姉さんのおうちに来る? 私のお父さんね、児童文学にも詳しくって、ここには所蔵していない少年探偵団の御本もたくさん置いてあるわ。ぜひいらっしゃい」
そんな嬉しい気持ちも、なかなか耳に届きません。