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その1

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 今週の日曜日、ポ○モンバトルの大会に出ることになった。大会といっても大それたものではない。大学のゲームサークルで、ポ○モンバトルの大会を開催することになったのだ。
 予選と決勝トーナメントの2つが行われることになっていて、予選で上位8位までのプレイヤーが決勝トーナメントに進出することになっていた。
 決勝トーナメントでは、大迫力のポ○モンバトルを繰り広げる予定になっていた。
 サークルのメンバーで知恵を出し合った結果、プロジェクターを使ったポ○モンバトルを行うのがいいのではという案が上がってきたのだ。伊東くんの提案だった。
 決勝トーナメント進出者のゲーム画面をパソコンに取り込み、大学のPCルームから借りてきたプロジェクターにゲーム画面を映し出し、大迫力のポ○モンバトルを繰り広げる。
 大画面に映し出されるポ○モン達、そして手に汗握る熱い真剣勝負……。想像してみるだけでわかった、これは盛り上がること間違いなしだ。面白いに決まっている。
 こうしてサークルの伊東くんの出した案は、満場一致で可決された。


 そして大会当日、機材チェックも兼ねて、プロジェクターを使った大画面のポ○モンバトルを大会開始直前に行うことになっていた。いわゆるエキシビションマッチというものである。このエキシビションマッチ終了後、主催者から予選開始を告げるアナウンスがなされることになっていた。
 そして俺は、なんとエキシビションマッチに出場することになっていたのだ。


 とはいえ、俺はあくまでポ○モンバトル初心者。対戦なんてほとんどしたことがない。エキシビションマッチの相手は、伊東くんだ。彼はバトルガチ勢で、聞くところによると1000匹の育成済みポ○モンを所有しているらしい。
 ……まあ、こんな感じなのだ。正直言って伊東くんに勝つのは無理だろう。でも勝つのは無理としても、何でもいいからみんなをあっと驚かせるようなことをしたい。伊東くんが呆気にとられるような驚きの戦術……を考えてみたものの、思いつかなかった。
 そして、何かネタがないかとボックスの中を探していると、一匹のポ○モンに目が止まった。
 色違いのゾロ○ークだった。
 親名は「しんじ」、ニックネームは「ナイトメア」、レベルは40、イッ○ュ地方から来たポ○モンだった。能力値は……あまり優秀ではなかった。


 色違いのゾロ○ークをプロジェクターを通した大きい画面に映せば、映えること間違いなし。会場は大盛り上がり……というのは少し盛りすぎだが、まあ少しは盛り上がるだろう。


 こうして俺はボックスの中にいた色違いのゾロ○ークを大会に向けて育ててみることにした。
 強いポ○モントレーナーを倒したり、アメをあげたりして経験値を溜めていくと、ゾロ○ークはみるみる育っていった。ちょうどレベル80になった頃、ふと、このゾロ○ークの持ち主について興味が湧いた。一体、このゾロ○ークの持ち主はどういう人物だったのだろう。
 確か、このゾ○アークは誰かからもらった気がする。
 おぼろげな記憶を頼りに、ゾロ○ークの持ち主に思いを馳せてみる。
 すると、ゾロ○ークを俺にくれた真司くんのことが頭に浮かんだ。


 あれは確か、小学五年生の頃だったと思う。
 当時俺は真司くんと仲が良かった。
 真司くんは運動が少し苦手だったけど、友達想いで良い奴だった。
 ある日、雨が降っていた。学校から帰ろうとしていたら、傘を家から持ってくるのを忘れたのに気付いた。うろたえている俺を見ると、真司くんは自分の傘を俺にくれた。真司くん、気持ちは嬉しいけど、俺に傘を貸すと真司くんはずぶ濡れで家に帰らなきゃいけないよ。それだとお母さんに叱られちゃうよ。俺はそう言ったのだが、真司くんはそれを気にも留める振りもせず、俺に傘を渡して雨の中の帰り道を駆けていった。これを見てもわかる通り、真司くんは、とても良い奴なのだ。
 学校から帰ると、近所の公園で毎日真司くんとポ○モンのゲームをした。楽しい毎日だった。


 そんな楽しい小学校生活に暗雲が立ち込めたのは、夏休み明けの一週間後のことだった。
 その日、俺と真司くんは、俺の家で遊ぶ約束をしていた。
 そして家に帰り、真司くんが来るのを待っていると、インターホンが鳴った。石崎くんからだった。石崎くんというのは同級生で、クラスの中でも高い発言力を持っている――要するに陽キャだった。
 俺は石崎くんと遊ぶつもりはなかったのだが、母は石崎くんと意気投合、たまには他の子と遊んでみたらどうか、という母の提案により、俺は家で石崎くんと遊ぶことになった。


 それからしばらくすると、またインターホンが鳴った。真司くんだった。
 真司くんは、家の中にいる石崎くんに驚いた様子だった。
 そして、三人でポ○モンバトルをした。
 その後、ポ○モン交換をした。問題はそこにあった。
 真司君の持っているミ○ウは、なんと色違いだったのだ。
「このミ○ウ、改造だろ。改造するなんて最低だな」
 石崎くんはそう言った。
 それに対して、真司くんは、「改造なんてしてないよ。そもそも僕は一度もポ○モンを改造したことはないよ」と反論した。
 この真司くんの反論を聞いた石崎くんは激怒、色違いのミ○ウなんか改造でしかゲットできないだろ、この嘘つき真司、と罵りながら、真司くんが手に持ったDSを奪い取り、DSを床に思いっきり叩きつけてしまった。幸いDSが壊れることはなかったが、石崎くんの怒りはまだ収まらず、明日、色違いのミ○ウを改造で出したのをクラスのみんなに言い振らしてやる、覚悟しとけよ、嘘つき真司、と罵倒の言葉を真司くんに吐きかけた。それを聞いた真司くんは、その場でうずくまり、泣いてしまった。
 それからしばらくして、真司くんが大声で泣き叫んでいたのを不審に思った母がリビングにやって来た。わんわんと泣いている真司くんと、床に叩きつけられたDS。母は真司くんと石崎くんに何があったのかを問うたが、二人とも口を閉ざしていた。見かねた母が、何が起こったのか俺に説明を求めてきたが、俺はあまりの出来事にショックを受けていたので、母には何も事情を言うことはできなかった。


 結局その日はポケモンバトルを2回ほどした後、各自家に帰ることになった。俺の家を後にして、各々帰路に向かう真司くんと石崎くん。とてももやもやしたものが胸の奥にあるような気がして、何だか落ち着かなかった。
 二人を見送った後、夕食を食べた。大好きなカレーライスだった。
 だけど、真司くんのことを思うと、食事が喉を通らなかった。カレーライスを半分食べたところで、俺は自室に戻った。母の顔は見ていなかったが、多分心配そうな顔で俺を見つめていたように思う。


 それから数日が経った。結局、真司くんに関する噂は何も出回らなかった。真司くんが改造野郎呼ばわりされることもなかった。
 石崎くんも、まるで何事もなかったかのように、いつも通りクラスの中で陽キャっぷりを発揮していた。
 その一方、真司くんは塞ぎ込みがちになった。真司くんは俺に一切ポ○モンの話をしてくれなくなった。


 ある日の放課後、公園のベンチに座って真司くんとポ○モンをしていると、真司くんがこんなことを話し始めた。
「俺、ポ○モンやめようと思うんだ。なんかもう、楽しくないし」
 真司くんは弱々しい声でそう言った。
「なんでだよ。石崎くんにいろいろ言われたから? 気にしなくてもいいんじゃないの」
「ううん、違うよ。まあ……それもあるけどね。俺、中学受験することになったんだ」
 そう言いながら真司くんは、受験しようとしている中学校のパンフレットを俺に渡してくれた。
「へぇー、なんかすごい賢そうな中学校だなー。真司くん、ここ受けるの?」
「うん。でも勉強しなくちゃいけないから……ポ○モンやめなきゃいけないんだ」
 真司くんは肩を落としながらそう言った。
 ポ○モンと勉強。どちらを取るかは、火を見るよりも明らかだった。勉強なんてしなくていいじゃん、一緒にポ○モンやろうよ。そう言いかけた時、真司くんがぽつりぽつりと話し始めた。
「俺、どうしてもこの中学校に行きたくってさ」
 中学校のパンフレットを握りしめながら、真司くんは言う。
「でもさ……、俺、多分ポ○モンが手元にあったら、ゲームしちゃうと思うんだ。だから……」
 真司くんはDSからゲームカードを抜き取り、俺の手に置いた。
「……持っておいて欲しい。受験が終わるまで」
 ゲームカードは薄くて軽いが、この時ばかりはとても重く感じた。ズシリ、という音がした気がした。
 俺は何も言わずにこくりと頷いた。
 すると真司くんは、何も言わずにニコりと微笑んだ。
 地元の中学校に進学する予定だったので、真司くんと中学で会えなくなるのはとても寂しかったが、それは言わないでおくことにした。そんなことを言うと、真司くんはきっとあの中学校を受験するのをやめてしまうだろう。これは真司くんが決めたことなのだ。ポ○モンを断つほどの苦渋の決断なのだ。何も言わないでおこう。そう思った。


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